第拾九話 陰陽師 2





 学生がうろつくにはあまり健康的とは言えない、夜の帳の下りた歌舞伎町。しかしこの辺りでは既に知れ渡ってしまっている龍麻たちは一向に気にせず、雑踏の中を歩いていた。先頭を切っている男は相変わらず半袖の夏服だが、夏でもコートを着ている指揮官殿はまったく気にしていないようだ。

 昼と夜とで、歌舞伎町はその様相を変貌させる。地元民である龍麻たちにしても存在をほとんど知らないようないかがわしい店の連なりに、日ごと夜毎に顔ぶれが変わる呼び込み。足元に散らばるピンクチラシの数々。ある意味もっとも雑多で人間らしい生活が営まれている街であった。

 目的地まであと少しという所で、龍麻は雑踏の中に見知った者の姿を見かけた。正確には、龍麻ですら探知できないレベルで気配を断っていた者が、彼にだけ判るように気配を開放したのである。

「学生の身でこのような店に出入りしてはいかんぞ」

「出会い頭にボケ倒すのはやめてくれ、龍麻」

 研ぎ澄まされた剃刀のようにクールな雰囲気が付きまとう顔に、今は苦笑が漏れている。彼は壬生紅葉であった。龍麻が話し掛ける瞬間まで彼の存在に気付かなかった京一たちは目を丸くしている。

「…お前の事だから、遊びに来たって訳ではないよな。ひょっとして…仕事とか?」

 別に言わなくてもいい事だろうに、醍醐が口を滑らせる。お陰で葵と小蒔はちょっと複雑そうな顔になった。彼――壬生紅葉に命を狙われてから、まだ数週間とたっていないのだ。ついでに、今自分たちがしているマフラーと手袋は、この男の手作りなのである。このギャップの凄まじさには、龍麻で慣れているはずの彼女達でも慣れるまで時間が必要であった。

「醍醐。不用意な発言をするな」

 龍麻が釘を挿すと、紅葉はまた薄く笑った。

「確かにそうだが、以前にも話した通り、暗殺は最後の手段だよ。それよりは社会的抹殺の方が効果を期待できる。例えば、そこの高級クラブで国民の血税を湯水のように使い、私腹を肥やし、女を囲い、真に必要な時のために用意してある機密費さえも私用で使う強欲な政治家が、公衆の面前で裸踊りを始めたら、人はどう思うだろう?」

 【あの】クールな暗殺者の口から出るとんでもない台詞に、龍麻以外の目が点になる。

「うむ。モノによってはおひねりをいくらか出さねばならんな」

「ところが多くの場合、そういう人間は根性と同じく粗末なものだよ。おひねりを出すよりも鼻先で笑われるだろうね」

 なにやら不穏にしてリアルな会話を交わし、腕組みしつつ頷きあう龍麻と紅葉。さすがは対を為す陰陽の龍。脳の構造が同じだ。

「そんな場面を楽しむならここにいるといいが、どうやら用事があるようだね」

「肯定だ。それにこちらの二人には刺激が強いかも知れん」

 こちらの二人とは、当然、葵と小蒔である。つまり紅葉は、今度の標的を本当にそんな目に遭わせる気なのか? 

(拳武館って、意外とお茶目なのかな?)

 そんな怖い事を考えてしまう京一以下、一同であった。

「ところで龍麻。あの骨董屋の彼――如月君には伝えたんだが、都内の高校生が襲われている事件にはどうやら蘆屋道満系の陰陽道で使役される式神が使用されているらしい」

「うむ。先程、その情報を入手したところだ」

「それなら話が早い。――現在の【シグマ】はほぼ壊滅状態なのだけど、トップが暗殺された際、早々に離脱したセクションの中には陰陽道を始めとする呪術に秀でた者が何人かいたらしい。陰陽師の派閥を考え合わせるに、この一件はそいつらの仕業かも知れないね」

「ほほう…」

 これは信憑性の高い情報である。【シグマ】の実行部隊は拳武館との抗争で失われた訳だが、組織としての枠組みが出来上がっていた【シグマ】ならば他のセクションも存在する筈である。都内の転校生だけを襲うという手口も、右手のやっていることを左手は知らないという組織の常で、龍麻の情報が断片でしか伝わっていないから、という仮説も成り立つ。

 だが、と龍麻は思う。確かに【シグマ】実行部隊が全滅する場面には立ち会ったが、手を下したのは龍麻でも拳武館でもない。正体不明のナイフ使いとスナイパーだ。決して知らぬではない【あの二人】が、もし龍麻の想像通りの人間だとしたら、もはや【シグマ】に明日はない。

「まあ、君の事だから滅多な事はないと思うけど、必要な時は僕を呼んでもらっても構わない。さすがに今すぐは無理だけどね」

「うむ。――では我々は行くとしよう。お前の事だから万が一にも油断はないだろうが、充分気をつけるように」

「君たちもね。――特に蓬莱寺君。夜の路上を下着一枚で走り回るのはやめておいた方がいい」

「なっ――!」

 にこりともせずに言い置き、コートを翻しながら雑踏に消える壬生。京一は壬生にまであの光景を見られていたのかと、やりきれない思いで身悶えした。

「京一。愉快なパントマイムはそこまでにして早く案内しろ」

 実も蓋もない、我らが指揮官殿であった。









 裏通りに入ると、この街の特性は一気に倍加する。ただでさえ狭い道幅をせき止めるかのような看板の列、より強引さを増す呼び込みの掛け声。この街の活気の源、いかがわしさ満点の店が連なるそこに、京一の求める人影がいた。

 雑居ビルの間…その暗がりにぼうっと浮かび上がるように、白い学ランの男がだらしなく座っていた。周囲には、取り巻きらしいゴロツキ風の男たちが立っている。ここ新宿ではよくある光景だが、龍麻の姿を見て逃げ出さないところがいつもと違う。

「――やれやれ。随分とまた大人数でのお越しだな。花札で負けたら、今度は腕ずくって魂胆かい? まあ、俺は別にどっちでも構わないぜ」

 ほう、と一言呟く龍麻の手がコートの内側に伸びるのを、京一が慌てて押しとどめる。悪党の即時殲滅には京一も賛成だが、それでは制服が戻ってこない。

「冗談じゃねェ! きっちり花札で勝負してやらァ! このイカサマ野郎ッ!」

 木刀の入った袋を突き付けて怒鳴る京一に、男は少し不満そうに鼻を鳴らした。

「オイオイ、テメエの運のなさを棚に上げて、事もあろうにイカサマ呼ばわりかい? そいつは聞き捨てならねェぜ」

 男の手の中で、一枚の花札がパチン! と鳴った。

「この千代田皇神すめらぎ村雨祇孔むらさめしこう――生まれてこの方、勝負で手加減とイカサマだけはしたことねェぜッ」

「ケッ、言ってろ。――あいにく今日は下手な小細工なんかじゃどうにもならねェぜ。今夜はテメェに裸踊りをさせてやる!」

 京一はまるで我が事のように勝ち誇って言う。今朝、夏服のまま三階からバンジージャンプさせられ、寒風に晒されて風邪を引きかけたことは、既に忘却の彼方に消え去っているらしい。

「随分でかく出るじゃねェの。――へッ、望むところだぜ。その代わり、今日は一発勝負と洒落込もうじゃねェか。俺が負けたら、身包み一式と昨日の掛け金を倍返ししてやるぜ」

「いいぜッ! で、俺が負けたら?」

 龍麻の腕前は知っていても、やはり若干の不安はあるのだろう。京一は自分でそれを口にした。

「そんときゃあ…そうだな、そっちの姉さん二人を寄越してもらおうか」

「なッ――!」

 絶句する京一を無視して、村雨は龍麻の背後にいる葵と小蒔に(いやらしそうな)視線を向けた。

「バッ、バカにすんなッ! ボク達はモノじゃないんだぞッ!」

 小蒔が激発し、醍醐も刃物をそろりと引き抜くような殺気を放ったが、村雨はからからと笑った。

「勝負って奴ァ、ヤバイほど面白ェ。そのくらいのスリルがなくちゃ燃えねェだろ、? なァ、蓬莱寺京一」

 恐らく本日始めて、真面目な顔つきになる京一。

「テメエ…なぜその名を…」

 まだ誰一人として名乗ってはいない。いくら龍麻たちのネームバリューが並ではないとは言え、世間に広まっている数々の(異常な)噂から、龍麻たちを正確に探り当てるのはなかなか難しい。今日のようにサングラスをかけ、気配を一般人レベルまで落とせば、まず見分ける事は不可能だ。

「そんなに驚くほどのモンじゃねェだろ? この界隈じゃあんたらを知らねェ奴を探す方が大変なくらいじゃねェのか? でかいのが醍醐雄矢。黒髪ロングの姉さんが美里葵。ショートカットが桜井小蒔。で、黒コートにサングラスが緋勇龍麻少尉殿――間違いねェだろ?」

 どこか値踏みするような視線を一人一人に這わせ、最後に龍麻に向けて止める。明らかに龍麻をリーダーと知った上での行為だ。

「それで、お前は何者だ?」

 応える代わりに詰問する龍麻。――例の口調である。

「…皇神の村雨祇孔。もう名乗った筈だぜ?」

「――言い方が悪かったな。どこの使いっ走りだ?」

「――ッッ!」

 元本職軍人の威厳ある口調に、挑発的な響きも混じる。龍麻は喧嘩の売り方、買わせ方までプロであった。村雨はともかく、彼の取り巻きがこの堂々たる暴言を聞き流せる筈もない。

 しかし、龍麻は更に言葉を継いだ。

「まあ良い。貴様が何者であろうと知った事ではない。――スリルのある勝負を望んでいるならば、俺が相手になってやろう」

 エエッ!? と驚きを露にする一同。同時に【やっぱりギャンブラーなのかな?】とか考えてしまう。

「…さすがは緋勇龍麻。唯我独尊なところもどこから来るのか判らねェ自信も噂通りだぜ。で、随分自信ありげだが、今の俺は花札しか持ってねェ。アンタ、花札できるのかい?」

「知らん」

 即答である。この返事には真神の一同、当の村雨、そして彼の取り巻きに至るまで腰砕けになった。

「へェ…すると、こっちの方かい?」

 ぐっと固めた拳を突き出す村雨。しかし、龍麻は首を横に振った。

「チンピラを一〇〇や二〇〇集めただけでは暇潰しにもならん。――面白い勝負を望んでいるならば、コイツがある」

「お、おい、ひーちゃん…」

 龍麻がコートの中から取り出した物を見て、京一の声が固くなる。村雨も緊張を露に、彼の取り巻きは露骨に青褪めた。ネオンサインを跳ね返すブルースチールの輝き。コルト・コンバット・パイソン・三五七マグナム。

 龍麻はパイソンのシリンダーを振り出し、弾丸を抜き出した。そして一発だけ弾丸を込め、シリンダーを回転。シリンダーの回転が激しい内に本体に振り戻す。――普段の龍麻ならば、絶対にやらない事だ。

「オイオイ、ロシアン・ルーレットかい? さすがにそいつは、洒落にならねェンじゃねェか?」

「ほう、怖いか?」

 この口調の時、龍麻の声にはあまり抑揚がない。それだけに挑発は一層効果的になる。

「この二人をモノ扱いしても、自分の命を賭ける度胸はないか。――下らぬ時を過ごした。帰るぞ」

「お、おい! ひーちゃん! 俺の制服〜ッ!」

「知るか」

 途端に京一はくしゃみを連発する。龍麻の一言で一気に気温が下がったのだ。村雨はおろか醍醐たちも、これほどまでにあっさりと背を見せた龍麻を呆然と見送ることしかできない。

「オイオイ、待ちなよ緋勇。――そいつァ俺に、アンタと勝負するほどの価値がねェって事か?」

「そうだ」

 実も蓋もないほどの即答。村雨の取り巻きがいきり立ったが、彼自身は頬に一筋の汗を垂らしながらもニヤリと笑った。

「言ってくれるぜ。この村雨祇孔――勝負と名の付くもので逃げた事は一度もねェ。受けて立ってやるぜ」

「――構わんのか? お前は、【命】を賭けた勝負を受けるタイプには見えん」

「勝負はヤバイ程面白ェ。アンタは俺を満足させてくれるのかい?」

「…良かろう」

 龍麻の口元に凶暴な笑みが浮かぶ。だが今日の戦いは、拳を使ってのものではない。それでなお勝算ありだと言うのか!? 

(コイツァちっと早まったか…?)

 まるで昨夜、京一の身包みを剥いだ時のように、今は自分が乗せられてしまったと、村雨は頬に一筋の汗を垂らした。これまでのどんな大勝負でも感じた事のないプレッシャーがひしひしと感じられる。――当然だ。これまでもかなり高価な物や、時には数百万にまで膨れ上がった友人の借金を棒引きさせるなどの勝負はしても、直に生命を賭けの対象にした事はない。それなのにこの緋勇龍麻は、勝負の方法そのものが命懸けというロシアン・ルーレットに、こうもたやすく自分を引き込んだのだ。

 しかし、今更後に引けるものではない。これは彼にとって、面白い勝負が楽しめると買って出た【任務】だ。命懸けの勝負を挑まれて逃げたとあっては彼の沽券に関わる。そしてそれ以上に、村雨は自らに重要な使命を課していた。それは彼を派遣した者に対する裏切り行為であるとも言えるが、それで【彼】が護れるならば、それでも構わないとさえ思っている。緋勇龍麻が、【彼】に害を及ぼすような人間であったならば、この場で抹殺すると。

 緋勇龍麻――元アメリカ陸軍攻性対テロ特殊実験部隊レッドキャップス・ナンバー9。その事実を村雨は知っている。この半年ほどの間に東京で起こった数々の行方不明事件の中核に、必ず彼の姿があった事も。そしてそれがどのように解決され、闇に葬られたのか、その真相も知っている。挙句に、この東京を戦場にした事さえも。

 それらの真相を知れば、緋勇龍麻という男が決して邪悪な人間でない事は判る。だが正義の使者かと言えば、それも否定される。彼の判断基準で【悪】と見なされ、再起不能にされた人間は三桁を越え、闇に呑まれたきりになった者も数知れないのだ。法律を無視し、独自の判断で【制裁】を加える事は犯罪である。ただでさえ違法である銃器を振り回し、多くの犯罪者を殲滅し、臆面を見せない。それは村雨には、エゴイズムのごり押しにも感じられるのだ。

 その一方で、好意的な噂も多数聞かれる。むしろこの事が村雨に不信感を抱かせているのだが…真神ではファンクラブができるほどの人気者で、教師陣にもごく一部を除いて好感を持たれているらしい。地元商店街や繁華街では昼夜共に彼を知らぬ者はなく、時には渋谷の神代や目黒の鎧扇寺に顔を出しては歓迎され、東京中のワルに恐れられているかと思えば、畏怖や敬意をもって接する者までいる。更には警察や金融、政治関係者やヤクザ、アンダーグラウンドの人間達、チャイニーズ・マフィアにすら顔が利き、それが利害関係や裏取引の産物ではなく、人対人のフレンドリーな関係であるらしいのだ。

 まったく訳が判らない。信憑性の高い情報も、単なる噂も、緋勇龍麻という男を知るには不十分極まりない。そのため、直接接触を試みたのだが、ただ顔を見ただけではやはり何も判らない。最終手段は男らしく実力勝負――と思ったら、即命懸けのロシアン・ルーレットだ。どちらかの勝利はどちらかの【死】である。これでは一体何を確かめに来たのか判らないではないか! 

 そんな村雨の心中を知ってか知らずか、龍麻はパイソンを取り出した。シリンダーに一発入っているので、残り四発の弾丸と共に、本来は花札をするために用意された机の上に置く。

「――公平を規す為に、弾丸の装填はお前の手下にやらせてやろう。ルールは陸軍式だ。一回毎にコインで先か後か決める。――構わんな?」

「ああ。――いいぜ」

 弾丸の装填とコインを投げる役目を任された村雨の手下を一人残し、彼の取り巻きも、京一達も後方に下がらされる。それが、かつてない戦いの幕開けであった。









「――行きますよ。――ハイッ! どっちです?」

 二人からは見えないように、パイソンのシリンダーが廻され、射撃位置にセットされる。次いでその場全ての視線を集め、コインが空中に跳ね上がり、装填役の手の中に消える。

「――裏だ」

 村雨が即答する。すると龍麻は――

「その、逆目だ」

 あまりにたやすく言うものだから、村雨も眉根を寄せる。順番を決める段階から命懸けだという事を、本当にこの男は解っているのか!? そんな表情だ。

「いいのかい? アンタの方が不利だぜ?」

 コインの裏表を当てるだけならば、村雨は百発百中する自信がある。つまり龍麻が逆目を指示するという事は、常に村雨に先か後かの選択権を与えるという事になる。

「問題ない。――どちらだ?」

「裏…です…」

 イカサマさせまいと京一達は目を皿のようにして装填役の手元を睨んでいたが、別段、イカサマをしたようには見えなかった。装填役はただの喧嘩自慢で、小手先のテクニックに秀でている訳でもなさそうだ。つまり、イカサマはしていない。

「…選択権は俺にありだな。――先だ」

 村雨はパイソンを手に取った。ゆっくりと銃口をこめかみに当てる。

 単純な確率論から行けば、現時点で弾丸の出る確立は六分の一である。だがこの瞬間、村雨はそんな確率論が何の救いにもならぬ事を思い知った。花札、トランプ、麻雀など、およそ全てのギャンブルは確率論が支配する世界であるのに、ギャンブラーである彼がそれを改めて再認識させられたのだ。

 弾丸の出る確立は六分の一。出ない確立は六分の五。それは間違いない。だが、弾丸の出ない確立は【ゼロではない】のだ。限りなく低い確立であっても【ゼロではない】という事がどれほど重要な事か。例えば宝くじ。数字選択式のロトシックスでは一等の当選確率が約六百万分の一である。無論、多くの者は外れる。だが、確立は等しく六百万分の一でありながら、一等当選を果たす者もいるのだ。つまり、確立が【ゼロではない】限り、当選するか否か、常に確立は二分の一なのである。それを絵空事だと言うならば、自分で試してみるといい。スカイダイビングにおける不開傘の確立は三十万分の一。旅客機が墜落する確立は二十五万分の一。交通事故に遭う確立は一万分の一だ。だが、その場に立ち会った瞬間、確立二分の一の恐怖を味わう事になるだろう。

 その恐怖を敢えて無視し、村雨は引き金を引いた。



 ――ガチンッ!



 まるであらかじめ定められていたかのように、硬い金属音が響くと、村雨の取り巻きはもとより、京一達の口からもほっとため息が洩れる。

 だが京一達は、すぐに気を引き締めねばならなかった。村雨が無事だったという事は、次は龍麻の番なのである。確立としては五分の一だが、数値的には危険度が増している。



 ――ガチンッ! 



「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!」

 さしたる緊張も見せず、龍麻はあっさりと引き金を引いて見せた。緊張感は皆無。京一達には息を呑む暇も、ため息を付く暇も与えなかった。

「――次だ」

「は、はいッ!」

 平然と告げる龍麻に対し、装填役の方は気が気ではない。震える手でパイソンのシリンダーを振り出し、二発目のマグナム弾を詰める。シリンダーを廻して再装填。次いでコインを投げる。

「――表だッ」

「…その逆目だ」

 やや口調を強めた村雨に対し、やはり抑揚のない声で告げる龍麻。結果は――表。

「――先にやらせてもらうぜ」

「それがルールだ」

 コインの裏表を当てたものが順番を決められる。確かにそれがルールだが、それがどれほど危険な事か判っているのか!? 

(コイツ…!)

 知らず、パイソンを握る村雨の手には汗が滲んでいた。

 六発入るシリンダーの中に、二発のマグナム弾。確立は一気に三分の一だ。村雨はゆっくりと銃口をこめかみに当てる。表情は既にない。それですら、かなり無理しているのだ。そんな村雨に向けられる視線の数々。京一達も手を固く握っており、葵など祈るように手を組み合わせている。



 ――ガキンッ! 



「――ッはッ」

 撃鉄が硬い音を立てた瞬間、村雨は息が洩れるのを押さえ切れなかった。無事だったと解っても、数秒ほど、完全に体が硬直してしまっていた。

「…次は俺だ」

「――ッ!」

 やはり無造作に、龍麻は村雨からパイソンを奪い取り、銃口をこめかみに当てた。

「ひーちゃ…!」



 ――ガキンッ! 



 表情は変わらない。緊張感もない。一瞬の躊躇いすら持たぬ龍麻に、全員が盛大に息を吐く。葵と小蒔などはへたり込む寸前だし、村雨の取り巻きも緊張の余り失神しかかっている。

「――何をしている? 続きだ」

「は、は、ハイィィッ!」

 まるで熱病にでもかかったかのように、全身をがくがくと震わせながら装填役が三発目のマグナム弾をパイソンに詰める。京一達もいつしか震えている自分達に気が付いた。龍麻の銃に恐れを抱いたのは、初めて入った旧校舎での出来事以来だ。それからは龍麻がどんな口径の銃を持ち出し、ライフルやショットガンを使用しても、それを恐ろしいと思った事などなかった。そして実際、自分達も銃口に身を晒した事もあった。銃というものがどれほどの危険性を有するのか、龍麻の傍らにある事で認識していたつもりだった。だがこの瞬間、彼らは今一度銃の恐ろしさを再認識した。

 龍麻は相手の挙動から、弾丸の射線すら見切る事ができる。しかし自分で銃口をこめかみに当てて引き金を引けば、龍麻でも死ぬのである。たった一発の、数グラムの鉛の粒によって。

 コインが、跳んだ。

「――裏だッ!」

「…その逆目」

 命運を分けるコインの目は――裏! 村雨は…

「…俺が先だ…!」

 確立は六分の三――つまり、二分の一! 先でも決して有利とは言えない。しかしここを乗り切れば、村雨の勝率は跳ね上がる。村雨の勝利――すなわち、龍麻の死! 

「ひーちゃん! もういい! やめろ!」

 たまらず、京一が声を上げた。それを皮切りに、仲間たちも声を上げる。

「止すんだ二人とも! それ以上はさすがにただじゃ済まないぞ!」

「やめてよひーちゃん! こんなの勝負でもなんでもないよ!」

「やめて! 龍麻ッ!」

 第三者の目で見れば、龍麻たちは勝負を仕掛けた側だ。しかし、村雨の取り巻きもそれを非難する事はなかった。それどころか…

「村雨さん! もう止めて下さい!」

「さすがにこんなの、シャレになんねェっスよ!」

 この場の誰一人として、こんな展開は予想していなかったに違いない。命を弄ぶような勝負は戦場ではよくある事だが、ここは日本である。そんな真似はよほどの外道でもない限りやらないし、やらせないだろう。だが、自ら勝負に臨んだ二人には、そんな周囲の声は届いていなかった。

「…面白くなってきたな」

「へッ…。言ってくれるぜ」

 相変わらず静かに周囲の声を聞き流し…否、龍麻の口元には淡い微笑が刻まれていた。そう言えば聞こえはいいが、実際にはかなり危険な邪悪さを秘めた笑いである。

(どうやら俺は、とんでもねェ地雷を踏んだみてェだな…。ちょっとしたお遊びのつもりだったんだが…俺の悪運もここまでか?)

 どんな勝負にも負けた事がない…京一に告げた通り、それが彼の誇りであった。イカサマも抜き。それが彼のプライドである。持って生まれた強運。それが彼の【力】だ。しかし今回は些かそれを過信し過ぎたようだ。龍麻の身上調査に【ギャンブル嫌い】とあったので、普通に勝負に誘ったのでは乗ってこないと思い、京一をダシにしたのだが、それは思い切り裏目に出たようだ。別に怪我をさせた訳ではないが、龍麻にとってはそれも【仲間に手を出した】事になるのだろう。そして、【仲間に手を出した】者に対する報復は…

「――葵、小蒔。――目を閉じて耳を塞げ」

「――ッ!!」

 まるで次に弾丸が飛び出すことが当然であるかのような、唐突な龍麻の物言い。村雨自身も、彼の取り巻きもそれをハッタリだと思い込もうとしながら、その努力は実を結ばなかった。【真神愚連隊】において、龍麻の言葉を疑う者はいない。葵も小蒔もぎゅっと目を閉じ、耳を塞いだ。これ以上の説得は無意味だと悟ったのである。

「…おいおい。脅かしッこ無しだぜ。コイツは真っ当な勝負だろ?」

「無論だ。しかし、こちらの二人には刺激が強すぎる」

「そうかい? 今までだって相当酷いものを見ているんじゃねェのか。今更一つくらい増えたって…――ッッ!」

 慌てて口を押さえる村雨。プレッシャーに耐え兼ね、余計な事まで喋ってしまった。緋勇龍麻には不用意な駆け引きは通じない。それを解っていた筈なのに、この体たらくである。

「…【並】の人間ならば、一生見る事のない世界だ」

 龍麻は静かに言う。

「そんな世界を覗かせようと言うならば、それなりの代償を払ってもらわねばな」

「ッッ!」

 ――コイツ…気付いてやがるのか!? 

 村雨の背筋を、むず痒い戦慄が這い上がっていく。ここに至ってようやく彼は、試すつもりが試されていた自分に気が付いたのだ。龍麻の特技、プロファイリング。恐らく龍麻はこの僅かな時間の内に、自分に対する分析を進めていたに違いない。そして、見抜いた。自分の背後にいる、【彼】の存在を。そして自分が、【彼】を護ろうとしている事を。――その想いの強さを、命懸けで見せてみろと言っているのだ。

「…なるほどな。気に入ったぜ、緋勇龍麻。――俺の強運、見届けてもらうぜッ」

 そして村雨はこめかみに銃口を押し当て、引き金を引き――

「馬鹿ッ! やめろ――ッッ!!」

 京一がパイソンを弾き飛ばそうと木刀を抜き打ちにする一瞬前、パイソンの銃口がボシュウ! と煙を吐いた。

「――ッッ!?」

 驚愕する一同。その中には龍麻も含まれていた。

「……ふうッ、俺の負けかよ…」

 頬に一筋の冷や汗を垂らし、息を付く村雨。葵と小蒔がへなへなとその場に尻餅を突き、村雨の取り巻きの何人かが泡を噴いてその場に倒れた。

 不発ミスファイア――!? 龍麻の銃で――!? 

 村雨の差し出したパイソンを、表情を固くしながら受け取る龍麻。すぐにシリンダーを振り出し、弾丸を確認する。つんと鼻を衝く硝煙を上げている薬莢には、紛れもない弾頭が装着されていた。ただし火薬が不完全燃焼を起こしたため、熱く焦げ付いている。

「あいつを疑った訳じゃねェが…まさかこんな事になるとはな。ちょいとしたお遊びのつもりがとんでもねェ大火傷。それでも、運が良いんだか、悪いんだか」

「……」

 村雨は龍麻に聞かせるように言ったのだが、龍麻はそれに答えなかった。

 強運と村雨は言ったが、この現象をただそれだけの言葉で片付けていいものか。龍麻が使用する弾丸は全て【裏】如月骨董店で仕入れたものであり、信用第一の【裏】の世界、如月は弾丸一発のチェックにも神経を使っている。そして更に龍麻も、自分が使用する弾丸に関して、時間の許す限りチェックを怠らない。龍麻と如月、この二人のチェックを潜り抜けた不発弾が、この場面で使用され、しかも村雨の敗北を明確に示しつつも彼の命を救うなど…そんな事の発生する確立は天文学的な数字になるに違いない。イカサマという可能性も極端に低い。ロシアン・ルーレットを申し出たのも、使用する銃も弾丸も龍麻が用意した物なのだ。たった一つ、可能性があるとすれば、それは――

「と、とにかく、テメエの負けは確かだろッ!? 約束のモン、返しやがれッ!」

 龍麻の雰囲気が尋常でない事が判るので、京一は強引に話の流れを変えた。ぐずぐずしていると仕切り直しなんて事を言い出しかねないからだ。

「ああ、解ってるよ」

 ばつが悪そうに学帽を被り直し、村雨は舎弟に命じて京一の制服を持って来させた。

「ほら、アンタの財布と学ランに間違いねェな? 言っとくが、財布の中身にゃ手を付けてねェぜ。まあ、中身がスカスカだってのは確かめるまでもなく解ったがよ」

「余計なお世話だ! ――って、掛け金倍返しってのはどうした? ――って、うおッ!?」

 制服に袖を通している最中だったので避ける事もできず、京一はあっけなく醍醐の鉄槌に沈んだ。

「この馬鹿モンがッ! 少しは反省せんかッ!」

「そうだよッ! 誰のせいでこんな事になったと思ってるのさッ!」

 とどめに小蒔が京一の背中をぐりぐりと踏みつけ、しかし彼女は少し表情を改めて村雨を眺めた。

「京一の事なんかどうでも良いけど…キミって、ホントに悪い奴なの?」

「あぁ!? どうしてそう思うんだい? 新宿で悪党を野放しにしないのが【真神愚連隊】だろ」

 やや挑発的な口調で言う村雨。しかし小蒔は困惑気味に彼の顔を覗き込む。挑発に乗りやすいのが彼女の欠点だが、今回は村雨の言葉を挑発とは受け取らなかった。

「それはそうだけど…なんかキミって、悪いヤツって感じじゃないんだよなァ。でなきゃ、とっくにひーちゃんが片付けちゃってるモン」

「…そうだな。挑発的な事を言う割に、お前からは邪気を感じない。転校生狩りの一味かとも思ったが、どう見ても陰陽師という感じでもないしな。そのあたりの事、納得のいく説明をしてもらおうか」

 参った、とでも言うように、村雨は両手を上げた。

「あんまり凄まないでくれよ。あんたらの疑問ももっともだ。まず俺が逢いたかったのは緋勇龍麻、アンタだっていう事に間違いはねェ」

 それから村雨は、少し考えるような素振りを見せた。

「そうだな…納得のいく説明が欲しいなら、明日まで待てるかい? 幸い明日は土曜だ。明日の午後一時、日比谷公園で待ち合わせってのはどうだい?」

「…なんだァ? テメエに条件を付ける権利があるとでも思ってるのかよ?」

「さあな? だが俺もここまで来てバックれるつもりはねェ。俺の言葉を信じるかどうかはアンタらの…緋勇龍麻の器量ひとつだ。どうだい緋勇? こうして敵対した俺だが、信用してみちゃくれねェかい?」

 つい、と、その場の全員の視線が龍麻一人に集まった。

「――良かろう」

 至極あっさりと、龍麻は頷いて見せた。即答である。

「お、おいおい。そんなに簡単に信用して良いのかい?」

「信用して欲しくないのか?」

 これまたあっさりと切り返され、村雨は言葉に詰まる。

「初対面の、それも敵を相手にそこまで言えるとはな。よっぽど器が広いのか、それともただのお人好しか…」

「――勘違いするな。俺はいつでも、お前を殺せる」

「――ッ!!」

 信用するもしないもない。龍麻とはそういう男だ。彼は仲間すら信用していない。信頼が全てなのだ。

「だがお前は、俺を撃たなかった。一度だけ信用しよう」

 そうか…と、京一たちも合点が入った。あのロシアン・ルーレットの三回目。龍麻は村雨に脅しをかけたのだ。「次は弾丸が出る。勝負を反故にするなら今だ」と。しかし村雨はあくまで勝負に挑み、負けた。それは【死】を意味する筈であったのだが、村雨は生き残り、自分の【力】に対する信念、自らの想いの強さ、そして、背後にいる存在の信頼に応えたのだ。龍麻が信用しても良いと判断を下すには充分であった。

「やれやれ…アンタ、長生きするぜ」

 世の中には自分しか信用しないという人間は大勢いる。だが多くの場合、それは他人を信用できるだけの度量がない、臆病者だ。生き残る事だけが目的ならば決して悪い事ではないが、何か大きな事をやり遂げる事は叶わない。――国家権力ですらまともには戦えない、軍産複合体の陰謀すら退けた男、緋勇龍麻。村雨の目には見果てぬ大器に映った。

「お前…何を知っているんだ?」

 龍麻の判断は絶対であるが、人間的にはまだ信用できない。醍醐はそう問うたのだが、

「さァて…俺は【まだ】何も知らねェよ。俺は緋勇龍麻を始め、アンタたちを連れて来てくれと頼まれただけだ。そして緋勇――アンタに取っちゃ無意味な忠告だろうが、アンタに危機が迫っていることを伝えにな」

「……」

 それは質問の答えになっていない。【まだ】というフレーズにも引っ掛かりを覚えないでもなかったが、それを聞いてもはぐらかすだけだろう。

「…ひーちゃんが殺し屋に狙われるのなんざ日常茶飯事だぜ。そんな説明でテメエを信用しろってのかよ?」

「…緋勇はもう答えを出したぜ。俺を信用するってな。アンタらは緋勇の判断に従うんだろ?」

「……」

「まあ、アンタらには疑われても仕方ねェな。だが蓬莱寺、礼を言わせてもらうぜ。さっきはマジで助けようとしてくれたからな」

「な、なに言ってやがるッ! テメエをぶちのめすのは俺だって事だッ!」

 真っ赤な顔で怒鳴る京一。もう制服を羽織っているのだから、風邪をひいた訳ではない。

「ははは。解ってるさ、蓬莱寺の旦那。――で、緋勇を始め、兄さん方も承知してくれるかい?」

「狙われているのが龍麻だと言うなら…」

「ウン、行くしかないよねッ」

 まだちょっとモノ扱いされた事が尾を引いているのか、葵と小蒔の声は小さな刺がある。

「俺は、お前を完全に信用した訳ではない。それを容認できるなら行っても良いがな」

「――解ってるよな? 俺たちをハメようとしたら、こんなモンじゃ済まねェって事を」

 事情が事情だけに仕方ないという態度の葵と小蒔。龍麻が信用すると言っても、自分達は警戒を解かないと言う京一に醍醐。以前ならば考えられない図式であるが、龍麻は何も言わない。龍麻のもっとも身近にいるこの四人は、軍隊で言うならば小隊軍曹のような立場である。最終的な判断、指揮は隊長である龍麻が下すにしても、そのサポートをこなすのが最近の彼らの役目だ。

「――上出来だ。あっさりすっきり信用してもらうよりは、その方が良い。幸い【ヤツ】は、まだアンタが新宿にいる事に気付いてない。俺たちも派手に動ける身じゃねェんでな。自己防衛してもらえる方が有り難ェ。――明日午後一時、日比谷公園で待ってるぜ」

 学帽を被り直し、舎弟を促して、村雨は夜の街へと去って行った。歌舞伎町の派手なネオンサインを受けて、白い学ランの背中一杯に刺繍された【華】の字が殊更に輝いていたが、それもすぐに雑踏に紛れて見えなくなった。

「…そう言えば、この辺りで妙な商売をするなと釘を刺すのを忘れたな。ああは言ってみたものの、信用して良いものかどうか…」

「う〜ん…なんか人を馬鹿にしてる態度ではあったけど、そんなに悪いヤツには見えなかったな、ボクには」

 これも男と女の違いか、まだ醍醐は村雨に対する警戒を解いていない。鬼道衆との決着を付けた後で起こった事件は、どこか龍麻を中心に動いているような気がしているのだ。それが醍醐の宿星【白虎】によってもたらされている予感である事に、まだ彼は気付いていなかったが。

「――僕も、桜井さんの意見に同意するね」

「わッ! 壬生ッ!?」

 突然、背後の闇から分離した気配に、跳び上がらんばかりに驚く京一。コートを翻しつつ出現したのは、壬生紅葉であった。

「一体いつの間に…!」

 数十分ほど前に出会った時も、龍麻が声をかけるまで気付かなかった事もあり、醍醐は背筋にぬるい汗を感じた。ほんの二週間ほど前、自分達がこのような男に狙われていたと知ると、今更ながらに戦慄してしまう。

「…五分ほど前からいたな。話は聞いていたか?」

「ああ。千代田皇神の村雨祇孔――彼は、現代に残る陰陽寮の【東】の関係者だ。切っ掛けはともかくとして、現段階では敵には廻らないと思うよ」

 うむ、と頷き、龍麻は何もないビルの壁に顔を向けた。

「――お前はどう思う? 裏密」

「う、裏密ッ!?」

 その場にいる筈のない、できればいて欲しくない人物の名前が飛び出し、うろたえる京一と醍醐。何の変哲もない灰色のコンクリートが波紋を広げ、その中心からすうっと裏密ミサが現れた。

「うふふふふふふふふ〜、さすがひーちゃ〜ん。よく解ったわね〜〜」

「今度の相手は陰陽師。専門家のお前が護衛してくれるのはありがたいが、向こうにも要らぬ警戒を与えてしまうやも知れぬ」

「うふふふふふ〜、殺されたくなければ〜、殺さなければいいだけ〜。ひーちゃ〜んに妙な真似したら〜、ミサちゃん、許さない〜」

ニヤ〜ッと笑う裏密の笑顔の恐ろしい事。【真神愚連隊】の面々は龍麻と共に戦い、彼の力になると同時に、彼を護りたいという想いがある。それは今回のような事件に関して専門家である彼女の決意表明であったろうが、やはり京一と醍醐は二歩ばかり下がってしまった。

「と、とにかく、敵対する可能性がゼロではないというなら、準備だけは整えておくべきだ。そうだな。龍麻ッ!?」

「!? ――うむ。その通りだ」

 京一と醍醐が裏密に怯えるのはいつもの事だが、学校を出る前に彼女と会った時には平気だった醍醐が、なぜ今になって怯えるのか理解できぬ龍麻。そんな彼を見て壬生が苦笑する。仲間になって日の浅い彼だが、【真神愚連隊】女性陣が龍麻に寄せる想いに気付かぬほど鈍感ではない。そして醍醐も、以前ほど女心に疎くはなくなっていたのだ。

「それなら、明日は僕も同行しよう」

「――おお、壬生が来てくれるなら心強いぜッ」

 一度は命を狙われた身なればこそ、その強さも解っている。先の一件で悪いのは副館長派――とあっさり割り切っている京一が真っ先に声を上げる。勿論それには裏があったのだが…

「うふふふふふ〜。わたし〜も行くわよ〜」

 壬生がいるならあとは大丈夫――そう言おうとした京一の努力も空回りし、裏密も同行を申し出た。

「――そうね。魔術に詳しいミサちゃんがいてくれれば心強いわ。あとは…如月君か雛乃さんが詳しいかしら?」

 頬に指を当てて考える親友の言葉に「!?」と首を傾げる小蒔。作戦に私情を挟まないのが【真神愚連隊】の不文律とは言え、葵が自ら雛乃を呼ぼうなどとは…? 

「劉はどうだ? あいつも術には詳しい――と言うか、あいつは本場の生まれだしな。あと術系の技が使えるのは舞園とか…いや! なんでもない!」

 うっかり口を滑らせ、真っ青になる醍醐。京一が彼の腹に肘鉄なぞ入れたりしているが、葵はさらに恐ろしいことに、

「そうね…。さやかちゃんの術も有効よね…。忙しくないようなら、声をかけてみましょうか」

 などとのたまうのであった。場合によってはこちらの方が、村雨の真意よりも気になる一同であった。

「そ、それは明日考えるとして…龍麻! ちょっと話がある」

 まだ罠の可能性は捨てきれないが、少なくとも龍麻は村雨を信用する事に決めた。この事についてこれ以上ここで議論する必要はない。――強引に話を変える必要があったのも事実だが。

「なあ、龍麻。結果的に勝ったから良かったようなものの…もし、もしもだぞ? 負けていたらどうするつもりだったんだ?」

「負けたら死ぬ。どうするもこうするも、死ねば何もできん」

 それはそうなのだが、やはり釈然としない一同。どんな闘いでも手を抜かない龍麻の性格は知っているつもりであったが、やはり【たかが】京一の学ラン程度で命まで賭けて欲しくはなかったのだ。元凶となってしまった京一は、これで結構落ち込んでいる。

「そうじゃなくて…軽々しく命懸けなんて真似をしないでって言ってるのッ」

 珍しく、声を荒らげる葵。普段なら脂汗まみれになって固まる龍麻だが、今日は違った。

「…先程の勝負の事か? ふむ。要らぬ心配をかけたようだな」

「!? ――要らぬ心配?」

 ロシアン・ルーレットで、要らぬ心配!? さすがにこれには一同も不審顔になる。そして、当の龍麻は涼しい顔をして言ったものだ。

「弾丸の位置くらい、音で判る。もし自分の番で弾が込められているなら、相手を撃てば済む」

「――――ッッ!!」



 ゾワワワワ――――――――ッッ!! 



 涼しい顔をして、これほど極悪非道な事を考えていたとは!? それでは龍麻は始めから、村雨と勝負するつもりなどなかったのではないか! 【生き残る】事こそが勝利だと彼は常々言っているが、まさかギャンブル勝負でそこまで考えていたとは!? 壬生を除き、京一ら一同は総毛立った。

「本物なら、周囲を銃で武装した用心棒で固めておく。――これが本当の【勝負】というものだ。どんな手段を用いようと、自分が勝つ事を前提にする。村雨が甘い男で良かったな、京一。これに懲りたら、二度とギャンブルなどには手を出さぬ事だ」

 コートの裾を翻し、歩き出す龍麻。厳しすぎるほどの勝負の真髄を見せられた京一は、その背を見やりつつ、二度とギャンブルは…少なくとも龍麻には挑まぬ事を己に誓った。

















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