
第壱拾六話 魔獣行 前編 3
「…そっか、そんな事があったんだ…」
文京区、鳳銘高校の校舎が望める路上で、【真神愚連隊】は集結しつつある仲間達を待ちつつ、作戦を練っていた。そして食らい付いてでもついて来そうな雰囲気だった霧島がいない事に対しての小蒔の疑問に、葵が説明を終えたところである。
「気持ちは判るが、あんな状態では連れて来れないさ。こういう言い方は好かんが、霧島は一般人だからな…。それにしても京一、お前としては辛いところだったな」
「…ンな事ァねェよ。むしろ、俺が言わなきゃならねェ事だ。あいつ…いくらさやかちゃんが心配だからって、相手を倒すために【力】を欲しがりやがって…!」
いつになく険しい顔つきの京一。彼は最初から【力】に関しては楽観的であったが、やはりこれまでの戦いを通じて【神威】である事の宿命というか責任というか、そのようなものを彼なりに胸に秘めていたのだろう。そしてそれが、実は結構重いものである事も悟っていた。それなのに、純粋無垢な少年――霧島のあの言動。
――僕にも【力】があれば――
【力】があればどうだというのだ? さやかを護りきれたか? ――否、断じて否だ。帯脇は異質な【力】を持ち、恐らくそれがさやかの【力】に惹き付けられた。そこに何らかの【力】を有する者が介入すれば、【力】対【力】の血みどろの戦いになる。かつて唐栖が、凶津が、水岐がそうであった。唐栖は純粋であったが故に、人間の罪というものを極端に考え過ぎた。凶津は、暴力に対して信仰にも近い渇望を覚えていた。それもある意味、純粋であったと言える。そして水岐は魔物たる身で自然を愛するあまり、人間社会の頽廃を許せず…堕ちるところまで堕ちていった。
純粋である事イコール正しい事ではないのだ。むしろ純粋であるが故に、曇りを許さぬ精神は時に残酷な手段を行使して恥じぬ危険性をも秘めている。
特に霧島のような、邪気のない者はむしろ危険だ。多少なりと物事を斜めに構えて見る姿勢、己を客観的に省みる姿勢も合わせ持たないと、正しいと思った事に突っ走ってしまうタイプだ。それは彼のこれから成長していく上での課題だろうが、いずれにせよ、彼は精神的に未熟だ。拙い力しか持たずとも、正義は必ず勝つと信じている。
「考える事は後でもできる。――メンバーが揃ったようだな。戦闘開始だ」
そう龍麻が宣言し、一同は気持ちを切り替えた。
文京区、鳳銘高校内。
真神の五人とアラン、それに先日仲間になったばかりのコスモレンジャーというメンバーで、索敵型Y字フォーメーションを組む【真神愚連隊】。トップは例によって龍麻と京一、殿は醍醐だ。アランは小蒔と並んで葵の護衛。コスモレンジャーは旧校舎での実戦とは異なる【対人】戦闘を見せるために連れてきたので、今回は見学扱いである。
「誰もいないね…」
緊張を孕んだ小声で小蒔が言うのへ、葵は頷く。
「強い【陰気】を感じるわ。強い憎しみの【気】が充満しているみたい」
「ああ。考えたくないが…【アレ】の気配だな」
戦闘中、あるいは索敵中に無駄口を叩かない醍醐が、珍しく首筋をさすりながらごちる。彼の言う【アレ】とは、周囲に充満している動物霊の事であった。理由は不明だが、この校舎内は無数に存在する動物霊によって占拠されており、その発する憎悪の念が空気を悪くしているのだ。
「どうしたんだよタイショー! 元気出していこうぜ!」
「フッ、この疾風のブラックに任せておけば、何が起ころうと大丈夫さ」
「私の華麗な技も忘れないでよッ」
能天気極まる新メンバーの発言に、真神の一同は雰囲気だけ腰砕けになる。彼ら以外のメンバーはこれまでの激戦を潜り抜け、この場の異常性を肌で感じ取れるのだが、方陣技以外は身体能力強化さえ通常人より少し上、というレベルの彼らには、ここで何が起こっているのか全く判っていない。
「…なあひーちゃん。こいつら、本当に大丈夫か?」
「…問題ない…と言いたいが、枯れ木も山の賑わいと言うだろう」
珍しく、本当に珍しく、龍麻は自分の判断に自信が持てなくなっていた。一応、全員に連絡を入れたものの、雨紋を始めとする【神威】たちは殆どが私用で出払っていたのである。厄介なのは帯脇だけだという事でメンバーに加えたものの、元々手綱を付けるつもりで入隊させた三人だけに、果たしてそれが吉と出るか凶と出るか、今ひとつ判断がしかねるのであった。
「ま、ここまで来ちまったらしゃあねェか。――ところで、本当にさやかちゃんはここにいるのか?」
「――彼女の【気】が残留している。まず間違いない。だが妙だ。何者かに追われて逃げているようだが、いまだ無事のようだ」
「無事に越した事はねェだろ」
京一がそう言うなり、龍麻は軽くため息を付いた。
「――ああ! 判ってるよ! わざとさやかちゃんを泳がせてるかも知れねェって言いたいンだろッ?」
すかさず続けた京一の言に、小蒔が「エッ!?」と声を上げる。
「それってちょっと飛躍してない? 第一ボク達がここにいるのだって、偶然みたいなものなんだし」
「そうでもないかも知れないわ。小蒔、九角さんの言った事、覚えてる?」
「え…【真の恐怖はこれからだ】ってヤツ?」
葵は神妙な顔で頷いた。
「私たちの出会いを偶然で片付けるのはやめましょう。何らかの【力】を有する者は龍麻を中心に集まってくるみたい。敵となるか味方となるかは別にして、私たちの【力】はまだまだ必要とされている。…そんな気がするわ。小蒔もそう思ったからこそ、舞さんに【あれ】を教わったんでしょ?」
「うん…そうだね…」
それは小蒔だけではない。龍麻も京一も醍醐も、対妖魔戦闘のプロフェッショナル、【ザ・パンサー】の一行に教えを乞い、自らの技の改良と向上に努めたのだ。決してこの日ありを予期した訳ではないが、【強くなりたい】という衝動を押さえられなかったのである。
「僕にはミンナが何を言ってるのか判りまセーン。ミンナ、何の話してるデスカ? それにコマーキも、今日は弓を持ってないようデスガ…」
しかしアランの問いは、龍麻の手信号によって遮られた。
一同に緊張が走る。彼らの前方に、この校舎内に入って初めて遭遇する人影が現れたのである。
「…ここの人…みたいだね。どうする? 声をかけてみよっか」
さやかの行方が不明な以上、情報が欲しい。しかし龍麻は首を横に振った。
「目つきが尋常ではない。それにさやかの【気】を追う事は可能だ。やり過ごす」
龍麻の決定は鉄だ。全員、物陰にぴったりと身を潜め、ガードマンの制服に身を固めた男をやり過ごした。しかしその時、男が妙なうわ言を言っているのが聞こえた。
「ねえ、ひーちゃん。あの人、【人を食い殺す】とか【鴉の王】とか言っていたけど…なんなんだろう?」
「さやかの確保が最優先だ。今は無視する」
明らかに異常な様子のガードマンを黙殺する龍麻。どうやらガードマンはいわゆる【憑かれた】状態にあるようだ。そんな状態の人間に関わってもろくな事にならないのは分かりきっている。
「他の奴らにも気取られるな。私語は厳禁だ。――上に向かう」
さやかの【気】が示すのは上の階だ。龍麻と京一がそれぞれ壁に張りつくように階段を上り始め、醍醐とアランが後方警戒に当たる。そしてコスモレンジャーは…。
「き、緊張してきたな…」
「ふ…フッ、大丈夫ッ。俺達がいれば…」
「そ、そうよッ。今こそ私たちの力を見せる時よッ」
(だから! 私語は厳禁だって言ってるだろうがッ!!)
龍麻の命令にチョッ早(で違反するコスモレンジャー三人。怒鳴り付けると自分も同罪なので、ストレスを溜め込んでしまう京一であった。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!」
舞園さやかはほとんど壁にすがりながら、懸命に前に足を進めていた。
(逃げなきゃ…逃げなきゃ…!)
ずっと走りまわっていたせいで、彼女の息は荒い。酸欠の為に思考力の低下した彼女の脳には、もはやそれしか浮かばなかった。
【学校に行くんだ!】
自分を庇って不良グループの前に立ちはだかった霧島に言われてから、かなりの時間が経っている。しかも、やっと辿り着いた学校は安全な城などではなかった。教師たちは、担任さえもさやかの言葉を聞かず、部外者を敷地内に入れぬ為にいるガードマンさえ、帯脇の部下と一緒になってさやかを追いかけてくる始末であった。
今まで逃げていられた事こそ奇跡――などとは彼女でも思わない。捕まえようと思えばいつでも捕まえられるのに、猫が鼠をそうするように、弄ばれているだけなのだ。その考えが幾度となくさやかの心を挫けさせようとしたが、霧島の必死の叫びを思い起こす度になけなしの気力を振り絞って逃げてきたのである。
だが、それも限界が近付いていた。
(誰か…来る!?)
手すりを掴む力さえ怪しくなるほど疲労困憊している状態で階段を降りてきたのに、下から上がってくる気配がする。足音は三つほどだが、こんな状態ではもう逃げられない。
自分はこれからどうなってしまうのだろう? もう、歩く事さえままならない。帯脇に捕まったら何をされる事か…。
(いや! いやいやッ!)
考えたくない。考えられない。芸能界にいれば、嫌でもそのような事は耳に入ってくる。テレビの中で微笑んでいるアイドルが、帯脇のような熱狂的を通り越したファンによって襲われたなどという話は、実は珍しくもないのである。そこそこ売れているアイドルが突然姿を見せなくなったり、こっそり引退しているのは、十中八九、芸能界の暗部に呑み込まれてしまったせいなのだ。
(そんな…そんな事…!)
様々な事が頭の中を駆け巡り、混乱が狂気を呼ぼうかという時、滅多に表には出さない彼女の負けん気が奮い起こされた。
(諦める…もんですか…!)
足音がなおも迫る。このまま黙って捕まるより、せめて相手を突き飛ばして――
「ッッ!!」
次の瞬間、まったく予想しない位置、目の前に人影が現れた。
足音の主に狙いを定めていた彼女は、完全に虚を突かれ、うろたえた拍子に足をもつれさせた。そのため、階段の最上部から転げ落ち――
「――大丈夫か?」
一瞬の浮遊感覚の後、力強い筋肉の躍動を伝える男の胸に、さやかはしっかりと抱かれていた。下手をすれば下まで転げ落ちて大怪我するところを、目の前に現れた人影が受け止めてくれたのだ。
(これ…は…夢…?)
こんな所に、あの人がいる筈ない。しかし、長い前髪に鋭く通った鼻筋、強い意志を秘めて引き締められた口元。この季節にはまだ不似合いなのに、少しも暑そうに見えない黒のロングコート。そして、この距離だからこそ見る事のできる、澄んだ黒瞳を持つ右目と、真上に刀傷の走る、光のない左眼。
「たつ…ま…さん…?」
「無事で何よりだ」
それは必ずしも、さやかが望んだ言葉ではなかったが、それがかえって、これが夢などではない事を彼女に悟らせた。
「た…つま…さん…! 龍麻さんッ! ううッ…うッ…うわあぁぁぁぁぁぁぁん!」
数時間も一人で心細い思いをしながら追われ続け、いよいよ駄目かと思った時に、まるで御伽噺の白馬の王子のように【あの】緋勇龍麻が現れたのである。安心したのと嬉しいのと、様々な思いがいっしょくたになってしまい、さやかは龍麻の首っ玉にかじりついて子供のように泣きじゃくった。
「一人でここまで良く耐えた。偉かったぞ。――さあ、もう泣くな。俺達が付いている」
しかしさやかは泣きながらいやいやをする。アイドルという仕事をしていても、それ以外はごく普通の少女だ。恐怖で極限まで張り詰めていた神経が緩んだ今、容易な事で泣き止めるものではなかった。
「――さやか」
「――ッ!」
力強く温かい声で名を呼び、ほとんど鼻先同士が触れ合うほどに顔を寄せる龍麻。異性にそこまで接近を許した事のないさやかは頬を染めて息を呑んだ。
「もう大丈夫だ」
「は…はいっ!」
恐らく、世の女性にとって最大級の破壊力を持つであろう、龍麻のこの行為。そこにはかつて【鋼鉄の朴念仁】と呼ばれた男の姿はなかった。行為そのものはハンフリー・ボガードかユル・ブリンナー、あるいはスティーブ・マックイーンあたりの真似ッ子だろうが、彼の【朴念仁】は作動しなかったのだ。
しかし――
「うが〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
誰の上げた雄叫びかは、今更言うまでもない。親友だろうが相棒だろうが隊長だろうが、大好きなアイドルにキスでもしそうな勢いで顔を寄せて行った男に、京一の怒りの一撃が唸り飛ぶ。だがこのタイミングでは――
「おおッッ!?」
足場の悪さとさやかを抱いていた事もあり、あの絶対的防御術【各務】を使用する事もできず、龍麻の後頭部がガンッ! と鳴った。この一撃で完璧に沈む、我らが【真神愚連隊】の隊長殿。
「ば、馬鹿もの――ッッ!!」
「京一ッ!! この馬鹿たれ――ッッ!!」
醍醐の羽交い締めと小蒔のワンツーパンチによる夫婦(アタック(笑)を食らって、こちらも沈まされる京一。
「大丈夫、さやかちゃん? ――さやかちゃん!?」
龍麻が沈んだ時の煽りを受けて、さやかは床に尻餅を付いている。しかし彼女は真っ赤な顔をして、両手で口元を覆っていた。
(いいいい…い…いま…今! く…く…唇に…【チュッ】って…ッッ!!)
――天下のアイドルに【事故】発生である。
誰がどう分析しようと、【それ】は龍麻が京一にぶん殴られて発生した【事故】である。しかし港区のプールでの一件といい、昨日の一件といい、そして現在の一件といい、窮地に陥っては龍麻に助けられた彼女である。二度目は偶然、三度目は――必然。正体を知らずして助けられた分も加えれば、実に四度目…。その直後に【これ】では、当事者たるさやかが【運命】を信じるのも無理らしからぬ事であった。
「さやかちゃん…さやかちゃんッ! ホントに大丈夫?」
はっと気付くと、葵と小蒔が自分の顔を覗き込んでいる。さやかは驚きと恥ずかしさのあまりぴょんと飛び上がり、正座してしまった。
「だ、だだだ…大丈夫ですッッ!!」
なんだか物凄い返答に、思わず引いてしまう葵と小蒔。
「そ、そう? それならいいんだけど…」
「で、でも、凄く顔赤いよ? そりゃあ…大変な目に遭っちゃってたから無理ないけど…」
どうやら納得というか、勘違いしてくれたようで、思わずほっとするさやか。先程まで凄く心細い思いをしていた事など、綺麗さっぱり忘れていた。――どころか、この状況を生み出した事で、ほんの爪の先ほど帯脇に感謝しても良い気にさえなった彼女であった。
「た、龍麻さんは大丈夫ですかッ!?」
「どうだろ? …あ〜あ、でっかいコブになっちゃってる」
「ええッ!?」
思わず身を乗り出すさやか。
「京一君もレベルアップしてるわね。龍麻にこんなコブを作るなんて」
「できればもう少し違う場面で発揮して欲しいがな」
呆れつつも感心したように微笑を浮かべつつ、まだ気絶している龍麻の後頭部に手をかざし、【癒しの光】を放射する葵。さやかは初めて見る【神威】の【力】に驚くと共に、ほんの少し葵に嫉妬を覚えた。
「ところで…ちょっといいデスカ?」
指揮官が沈んだままではどうしようもない。手持ち無沙汰のアランがさやかに話し掛けた。
「アナタの顔、見た事アリマース。それにミンナがさやかちゃんと呼んでマシタガ、ひょっとして、本物の舞園さやかちゃんデスカ?」
「は、はいッ! その…そうです…。よ、よろしくお願いしますッ」
Wow! と驚きの声を上げるアラン。その後ろでコスモレンジャー三人組も声を上げる。
「お、おい! ほ、本物だってよ! 本物の…舞園さやかちゃん…!」
「あ、ああ。ひ、ひーちゃんって、アイドルとも知り合いだったのか…!」
「す、凄いわね…! さ、サイン貰ってもいいのかしら…!?」
確かに真神の五人がさやかの名を連発していたのは知っていたが、それが【アイドルの】さやかであるとは露ほども思ってなかった四人は、それぞれ感嘆し、感激し、そして、葵と小蒔の【特別なんかじゃないのッ!】と目で訴えられて、とりあえず黙った。それでもアランはラテン系のハイテンションで、コスモレンジャーは特殊効果抜きの一分二〇秒に渡る自己紹介を行った。
そんな事をしている内に、やっと龍麻が目を覚ました。気絶していた時間は三分。これまでの最長記録である。
「むう…なかなか痛かったぞ」
「そんなモンで済むお前も凄いと思うぞ」
醍醐とて欠かさず彼らと旧校舎に潜って鍛練しているが、一番間近にいる彼でも、この二人の成長スピードには驚かされてしまう。勿論醍醐とて決して彼らに遅れている訳ではないのだが、こういう馬鹿なやり取りが発生しない分、確認機会が少ないのである(笑)。
「だからと言って許せるものか。このミッション終了後、京一は桜ヶ丘に一ヶ月だ」
「――ふっざけんじゃねェぞ、このヤロウ!」
京一、根性で自力復活!
「能面ヅラの朴念仁が誰彼構わず落としやがって! 俺のさやかちゃんまで! 許せねェ! 勝負だ!!」
「ムッ!? 指揮官に不意打ちをかました上、何を訳の解らん事を。――まあ良い。今日こそ貴様のような軽薄煩悩三面記事男は殲滅してくれる」
そう言うなり、龍麻の両手に出現するランダルカスタムにダブルバレル・ソードオフ【マッドマックス】! どこをどう見ても今日の龍麻は丸腰だった為、これにはアランが大層驚いた。
「面白ェ! 表へ出ろ!!」
ミッション中に、敵地で、事もあろうに【真神愚連隊】のナンバー1と2がこんな漫才じみた低レベルな喧嘩を始めようとは!? ハアッとため息を付く葵と小蒔。醍醐は前科(笑)があるので難しい顔をする。鬼道衆との決戦前からの仲間であるアランなどは、明らかに以前と異なる彼らの様子に目を丸くするばかりだ。
しかし、二人の対決は未然に防がれた。
「うふふ…敵地だと言うのに、いい加減にしておきなさい。二人とも…」
「「………ッッ!!」」
氷点下よりも遥か下にある、葵の凍り付いた声。その微笑はどこまでも美しく、それだけにとてつもなく恐ろしい。いつの間にか手にしたチタン合金製のハリセンも殺(る気満々である。
「仲が良いのは良い事だけど、あんまりじゃれてると同人作家さんに売り飛ばしちゃうわよ。その前に、寝袋と簀巻きとどっちが良いかしら? うふふ…」
「「――俺は無実だ。正当な裁判と名誉ある扱いを要求する!」」
本当にこの男たちは仲が良いのか悪いのか。ぴったり声をハモらせて言い訳プラス全面降伏する龍麻に京一であった。
「やれやれ。毎度の事ながら、とても現役高校生の言い草には聞こえんな。――そんな事より、こうして舞園を保護できたのだから早いところ撤退した方が――」
やっと本来の目的に立ち返れると醍醐が声を掛けた時、どこからともなく生理的嫌悪を掻き立てる声が響いてきた。
「ケケケッ、かくれんぼの次は鬼ごっこかァ?」
「ヒャヒャヒャッ、帯脇サンが屋上でお待ちかねだぜェ」
数分間の馬鹿なやり取りが命取り――という程でもなかったが、いつのまにか階段の下は無数の人間に固められていた。警備員、教師、部活の最中であったと思われる鳳銘高校の生徒たち――皆、一様に尋常でない、何かに取り憑かれたような目をしていた。
「チッ、これも帯脇の仕業かよ」
瞬時に戦闘時の顔つきになる京一。彼の担いだ木刀が白く発光し始めるのを見てさやかは息を呑んだ。
「待て、京一。彼らは操られているだけのようだ」
向かってくるものには容赦しない龍麻がそんな事を言う。これも、以前にはなかった事だ。子供を人質に取られた母親がナンバー12を殺した時から、彼の中では向かってくるものは全て敵という認識がなされていたのだから。
「――そうだな。こういう場合は、元凶を叩く方が手っ取り早い」
醍醐も同意して、階上を見上げる。帯脇はこの連中を使ってさやかを追い上げるつもりのようだ。自分たちがいればまずそんな事はさせないが、操られていただけの人間を傷つけたのでは後味が悪い。それよりは、元凶を叩くべきだ。
「他にも色々と確かめたい事がある。――フェーズ2だ。帯脇とその勢力を殲滅する」
「「「「応ッッ!」」」」
帯脇は龍麻に面と向かって挑戦した。その瞬間、彼の敗北は決定していたのだ。ならばその【期待】に応えてやらねばなるまい。
「こ、今度こそ決戦か! 油断するなよ、ブラック! ピンク!」
「お、お前こそ足を引っ張るなよッ、レッド!」
「だ、大丈夫よッ! 皆で力を合わせれば!」
どうもこの連中、龍麻たちが気合いを入れると腰砕けになるような事を言うようだ。
「HA−HA−HA。アミーゴ、面白いヒトたちを仲間にしましたネ」
「言うな…」
アランとしては見ていて面白いのだが、当の龍麻はちょっぴり疲れているようであった。
「おーおーおー、ここだけ無意味に人口密度が高いな」
「仕方あるまい。雑魚は群れたがるものだからな」
コスモレンジャー三人とさやかは、屋上に集結している不良の数に圧倒されたのだが、百人ほどもいるであろう様々な制服の群れを見ながら、真神の五人とアランは呆れたような声しか出さない。
「しかもどこかで見た事のある、ぶちのめし損ねたツラばかりだな。それはそれで好都合だけどよ。――まあ良い。さっさと出て来な、帯脇! 今ならもれなくぶちのめしてやるぜ!」
「あははッ、変な言い回しッ」
「もれも何も、最初から誰一人逃がすつもりはないだろう?」
「だから【もれなく】って言ってるだろ?」
鉄条網を巻き、あるいは釘を打ったバットに木刀、鉄パイプ、ナイフにブラックジャック、トンファーやヌンチャク、果ては火炎瓶や硫酸と思しき液体を入れた瓶まで持っている連中までいるというのに、この余裕。百人からの不良が立ち上らせる怒りの【気】は中々のものだった。――ただし、一般人向けだ。
「オイオイ、テメエら、なァ〜に余裕ぶっこいてんだよ」
龍麻たちの余裕は本物だが、それすらもフェイクである事に気付かず、帯脇が姿を現わす。龍麻にあれだけの目に遭わされながら怯む様子がないのは、この人数に自信があるからだろう。そして、人数以上の自信の元を、既に龍麻に見抜かれているとは夢にも思っていない為だ。
「ケケッ、ホント、野暮なヤツラだぜェ。昨日といい今日といい、いいところで邪魔しやがる。俺様とさやかはこれからお楽しみなんだぜェ。ちったァ気ィ使いやがれ」
「…救いようがないとはこの事だな。せっかく拾った命を無駄にするとは」
こういうタイプは、醍醐のもっとも嫌うところだろう。珍しく、挑発するような口調だ。しかし、昨日の事も忘れる帯脇は、醍醐の挑発にもまるで関心を示さなかった。この挑発が、龍麻が状況走査をする為のちょっとした時間稼ぎになっている事にも気付かない。
「お陰で予定がだいぶ狂っちまったぜェ。こんな事なら、霧島と一緒にお前らもやっちまえば良かったぜェ」
「やっぱり…テメエの仕業かよ」
ピク! と京一の木刀が動く。だが、まだ怒りを爆発させない。彼とて伊達に修羅場を――死線を潜り抜けている訳ではないのだ。
しかし、帯脇の言葉に激しく動揺する者がいた。
「霧島君…? ――霧島君に何をしたのッ!?」
龍麻たちは、霧島は大丈夫だとしか伝えていない。他ならぬ龍麻の言葉だからこそ信じたさやかではあったが、加害者本人の口からその名が出ると、動揺せずにはいられなかった。
「ケケケッ。そんな顔するなよォ、さやか。俺様はただ、俺とお前の仲を邪魔する虫ケラを叩き潰しただけだぜェ。――今ごろあいつはあの世でい〜い気持ちになっているさァ」
「嘘よ! そんな事、信じないわ!」
真っ青な顔で今にも泣き崩れるかに見えたさやかは、しかし毅然として帯脇を睨み付けた。今までさやかにそんな目を向けられた事のない帯脇が僅かにうろたえる。
「な、なんだよォ。あんな奴をぶっ殺したくらいで、何でそんな目で俺を見るんだァ? 今までだって、お前に群がる馬鹿なヤツラを片付けてやってたんだぜェ。恥ずかしくて素直に感謝できねェのは解るがよォ」
うわあ、ホントにいかれてるよ…と小蒔が嫌そうに顔を歪める。テレビや新聞では良く耳にするストーカーだが、さすがに本物を目の前にすると嫌悪感は倍増しである。さやかを苦しめ、追い詰める事が。彼女の周囲にいる人間を傷つける事が、さやかの為になっていると、帯脇は本気で信じ込んでいるのだ。
「私は霧島君を信じるわ! 霧島君は…あなたなんかに負けるほど弱くないもの!」
「――ッッ!!」
不快な笑い声に、さやかの良く通る声が真っ向から立ち向かう。ストーカーと呼ばれる人種には極めて危険な一言、【あなたなんか】――今まで言えなかった【それ】を、さやかはきっぱりと言い放った。
パン、パン、パン…。
たった一人分でも、【それ】を行った男を考えれば、万雷の拍手とも言えるだろう。
「良くぞ言った、さやか。――お前の言う通り、霧島はそこのクズに殺されるような男ではない。むしろ元気過ぎて寝かせるのに手間取った。――ふふ、ひょっとしたら、この場にも現れるかも知れんな」
この言葉には、霧島を襲った張本人たる帯脇は元より、京一や醍醐、葵までが驚いた。何しろ桜ヶ丘では、霧島を気死させるほどの勢いで脅したのである。それこそ、【邪魔する前に殺す】とまで言って。
それが、手のひらを返したようにこんな事を言ってのける。まだ龍麻の精神構造は解らない事だらけだ。
「まあ良い。この後はラーメンを食って家に帰るだけだ。個人レベルで街の浄化に貢献する暇はある」
「ケ…ケケッ。この人数相手に勝てると思ってんのかよ…。こいつら皆、テメエらにでかい恨みがある連中ばかりだぜェ。それによォ…テメエ相手にゃこんな取って置きもあるんだぜェ!」
【あの】龍麻を前に、帯脇が余裕を見せていた理由はこれか。【普通】の武装をしている不良たちの陰から、防弾チョッキとヘルメット、アームガードにシンガードという完全武装の不良が現れたのである。しかもその手には、龍麻が【屑鉄】と称した再生ノーリンコが握られていた。その数――三〇名。
「テメエがどんなガンマンだろうが、これだけの人数に勝てるかよォ! 俺とさやかの仲を邪魔するヤツァ、まとめて死にさらせ!」
これにはさすがに、京一と醍醐も緊張を見せる。所詮素人の使う銃だが、葵や小蒔、戦闘に不馴れなコスモレンジャー三人組、非戦闘員のさやかまでいる。しかし、龍麻は――
「Thanxs(」
恐らく彼は、心からそう言った。その意味を知る者には――極め付けの一言を。
「おかげで大勢の者が救われる」
「――殺せッ!!」
魂を鷲掴みされるような恐怖の前に、帯脇が絶叫した。
「銃を持った奴らは俺が片付ける。醍醐とアランは葵たちを護れ。京一、その他大勢はお前にやる」
銃を持った連中が前面に出て来る間に、龍麻が指示を飛ばす。しかし今回、ちょっとした進言があった。
「アミーゴ。僕も前線に出るネ。キョーチは流れ弾の警戒をお願いしマース」
「なんだよアラン。Love&Peaceは返上か?」
「ノーノー、僕は、ガンを玩具にする奴が嫌いなだけネ。――ちゃんとキョーチたちの分も残しておくよ」
一見、おどけているようにも見えながら、アランの目は少しも笑っていない。この陽気なラテン青年は、このような時にその経歴の一端を見せる。――元アメリカ海兵隊、アラン蔵人伍長。プロの兵士だ。そして、暴力を玩具にする素人は彼が何より嫌うものだ。
「死にくされ! 緋勇龍麻ァァッ!!」
三〇個の銃口――実際に銃撃できるのは十人ほどだが――に狙われて、この余裕! 銃を持った不良は口から唾を飛ばしつつ引き金を引いた。
「――ッッ!!」
立て続けの雷鳴に身を竦ませたのはコスモレンジャーとさやかのみで、他の者は軽く耳を塞いでいるだけだ。そして、狙われた龍麻もアランも、元の位置を殆ど動いていなかった。そればかりか――
「痛ってェェェェッッ!!」
「ち、畜生! 何だよコイツは…!」
まだ龍麻たちは何もしていないのに、銃を撃った不良自身が頼みの拳銃を取り落とし、脱臼した手首を押さえる。
「Oh…。キミタチ、ダメダメのアホアホですネ。ガンを横に構えて撃つなんて映画の中だけ。あんなの真似するヒトはホントのアホデース」
銃というものは手軽で強力な武器だと思われているようだが、その認識はとことん間違っていると言わざるを得ない。確かに引き金を引けば弾丸が飛び出して敵を倒せるが、それを使いこなすには武術や格闘技と同じで、やはり習熟を必要とする。ガン王国アメリカですら、その認識が甘い素人が護身用にと銃を持ち、いざ強盗に襲われた時に安全装置(を外し忘れてあっさり殺された例など腐るほどあるのだ。そして入門用に最適と言われる二二口径ハイスタンダード・リボルバーでさえ、確実に標的を捉える為には様々な問題をクリアーせねばならない。人間の体は意外と不便なもので、引き金(を引く為にほんの数ミリ人差し指を動かしただけで手首も腕も動いてしまうものなのだ。銃口が一ミリずれれば、標的の距離が離れるに従って弾丸もあさっての方向に飛んで行く。つまり、命中しない。そして銃が大型になり、弾丸も強力なものとなれば、銃は重くなり、暴発を防ぐ為に引き金の張力(も強くなり、発砲時の反動(も大きくなる。撃鉄(を起こしてから撃つシングル・アクションの銃ならば最低五〇〇グラム以上、引き金を引く事で撃鉄も上がるダブル・アクションの銃ならば最低でも約二キロ…具体的なイメージとして水入りの二リットルペットボトルを人差し指と親指でつまんで支える程度の力を必要とする。銃を構えるだけでも腕力が必要だ。現在はグロックシリーズのような硬質樹脂製の軽量拳銃もあるが、鉄やステンレスで作られた拳銃は八〇〇グラムから一キロ前後、大型のものなら一・五キロから二キロ近いものもある。――数字だけなら大した事ないと思うだろうが、実際に一キロの鉄アレイを持って腕をまっすぐに伸ばしてみると良い。鍛えていなければすぐに腕が痛くなってくる筈だ。拳銃の種類と重量、引き金の張力、使用する弾丸のパワーを考慮し、自分の能力に合わせなければ、拳銃も無用の長物となってしまうのだ。そしてそれらを完璧に計算して自分に合った拳銃を選び出しても、使用状況、作動不良(、不発(、その他諸々――トラブルとなる要素はいくらでも存在するのだ。
当然、日本に住む学生がそんな事を知っている筈もない。仮に知っていたとしても、実体験する事は基本的に無理だろう。そして銃の事を、【引き金を引けば弾が出る】程度しか知らない不良は、七・六二ミリ軍用ライフル弾に匹敵する弾丸を使用する自動拳銃を、映画のような片手撃ちで、あるいは銃を横向きに構えて発砲したのである。これでは命中しないのは勿論、反動で手首を挫くのは当たり前の事であった。
ところがアランは、不思議そうな顔をしてきょろきょろと周囲を見回した。
「――どうしたのだ? アラン」
「Oh…アミーゴ。今、どこかから「お前が言うな!」とかツッコミを頂いたような気がしまシタ」
「おお、それは大変だ。それこそ正しく、この世界を見ておられる神による【天からのツッコミ】だ。天に向かって感謝を示し、存在をアピールして固定ファンになっていただくチャンスだ」
「マジデスカッ!? ――天の皆様アリガトウねッ! ボクの名前はアラン蔵人いいマース。聖アナスタシア学園の三年生でース。ボクの活躍、応援ヨロシクね!」
「…いや。本気にされるとリアクションに困るのだが」
「アミーゴ…僕はちょっぴりアミーゴにコイツをぶち込みたくなりましたヨ」
「――それはいかんぞ。その怒りは奴らにぶち込め」
いかに素人とは言え、拳銃を持っている連中を目の前にして漫才までするこの余裕。しかし今度は怒るよりも先に【俺達かよッ!?】と突っ込んでしまう不良たち。――この場合は龍麻たちの漫才に巻き込まれた訳ではなく、自分の理解できない事態に陥った事による一種の逃避行動であった。そして、龍麻もアランも余裕を見せている訳ではなかった。この漫才じみたやり取りの真の目的は――
「くそテメこのォッ!!」
今度はちゃんとノーリンコを両手保持で撃とうとした不良が、轟音と共に後方に吹っ飛んだ。
一瞬で抜き放たれた龍麻のハードボーラーと、アランのコルトSAA【ピースメーカー】が火を吹いたのである。彼らが銃を抜くところを、不良たちは誰一人見抜く事ができなかった。しかし自分たちは防弾チョッキを着ているから負ける筈はない――そう思った時である。
「グエヘェェェ…ッッ!!」
銃撃に撃ち倒された不良が胸を押さえて血泡を吐くのを見て、不良たちは今度こそ血相を変えた。
「なッ、何でだよォッ!!? 防弾チョッキ着てるのにッ!!?」
ほとんどため息で、ピースメーカーの銃口を吹くアラン。
「キミタチ、ホントに何にも知らないんだネ。――防弾チョッキは弾を防ぐものじゃナイ。弾を体内に入れないようにするだけネ」
これも日本人特有の誤解である。なまじ【防弾】と呼ばれているだけに鉄砲の弾も防ぐと思われがちだが、正しくアランの言った通り、防弾チョッキは弾丸の体内侵入を食い止め、出血、内臓破壊、それに伴う敗血症などを防ぐ為に考案されたものであり、弾丸そのものが持つインパクトを防ぐ事まではできないのである。まして龍麻のハードボーラーもアランのピースメーカーも、【牛殺し】の異名を持つ四五口径弾を使用している。いくら防弾チョッキを着ていたところで、猛牛の突進を止めるという巨弾を叩き込まれては、無防備な状態で空手の有段者の突きかヘビー級ボクサーのKOパンチを食らうようなものである。不良たちの肋骨は三、四本まとめてへし折れていた。
「――その程度の事も知らんと、よくも俺達に挑んできたものだ。そして幸いな事に、時間はたっぷりある。――今度は一人も見逃さん」
「――ッッ!!」
つい、と銃口が次の目標を求めた。
耳をつんざく銃声! 空中に跳ねる空薬莢! 慌てて銃を構えた不良たちが何人か、血煙を上げて転げまわった。銃ごと手を吹き飛ばされたのである。湧き起こる悲鳴と怒号、そして銃声。その全てが恐怖によるものであった。
そして、殺戮のダンスが始まった。
銃で人を撃つ行為が、なぜこれほど美しく見えてしまう!? 黒いコートが翻る中にステンレスシルバーの輝きが流れ、巨大な炎を吐く度に人の形をした物体が吹っ飛ぶ。優雅なステップは一瞬たりとも澱まず、無慈悲な銃口の旋回も止まらない。それはまるで完成された舞踊を見ているかのようだった。血臭と硝煙を振りまきながら華麗に舞う、殺戮妖精のダンス。耳をつんざく轟音さえ気にもならない。ジャズ全盛期のスタンダード・ナンバーか、重低音のビートが効いたロックでもBGMにすればさぞかし様になったであろう。
龍麻が【スマート&スタイリッシュ】ならば、アランのガン捌きは【スピード&ストロング】であった。
コルトSAA(【ピースメーカー】・五・一/二インチバレル・【アーティラリー】。アメリカの西部開拓時代にもっとも有名になった銃が、現代日本の首都でその全性能を発揮する。不良たちが既に構えている銃で狙いを付ける一秒にも満たない時間の中で、自然に垂らした手がホルスターから銃を抜き出し、火線を吐き出すこと六回。不良たちの手の中でノーリンコが砕け散り、破片が彼らの手や顔面に突き刺さった。ウエスタン・スタイルの早撃ち――【煽り撃ち(】だ。そして彼らが絶叫を放ってひっくり返る前に、六発打ち終わったピースメーカーがホルスターに納められ、代わりに左腰のホルスターから、かのビリー・ザ・キッドも使用したと言われる四インチバレルSAA【シビリアン】が抜き出され、轟然と炎を吐く。
実質二対三〇の銃撃戦(は、射手(の能力が全てを制した。
龍麻がヤクザに圧力を掛けた為、帯脇のボディーガードは引き上げられてしまい、残っていたのは彼本来の部下だけである。そして帯脇は部下の誰一人として信用していなかった為、よほどの場面でない限り部下にまで銃を持たせる事はなかった。従って、三〇丁もの銃を揃えていても、射手となるべき連中は今日が初射撃という者がほとんどだったのである。ただでさえ銃というものの恐ろしさを知らぬ日本人が、いきなり銃を持たされて銃撃戦の中に放り込まれたらどうなるか? ――次々に、正確に撃ち倒されて行く仲間の姿を見てパニックに陥った者は、恐怖に濁った悲鳴を上げながらがむしゃらに引き金を引き、反動でコケ、暴発を招き、味方まで撃つ始末だった。当然、龍麻たちにはかすりもしない。
「た、龍麻さん…!」
「――さやかちゃん。見ていない方が良いわ」
龍麻を巡る信じられない噂の一端が、目の前で現実に展開している。確かに拳銃で武装して挑んできた連中だが、所詮素人に過ぎないそいつらに龍麻もアランも容赦なく銃弾を叩き込んで行く。抵抗する者は勿論、拳銃を放り出して両手を挙げた者にも一切情けを掛けなかった。銃を持ったことによる優位性を一度でも認識した者を、プロである彼らが許す筈もないのだ。漫才じみたやり取りは、彼らに【今なら殺せる】とばかりに銃を使わせ、そいつらを優先的に排除する為であった。
「さやかちゃんは目ェ閉じてろよ。だが――お前らは目を逸らすな」
京一は真剣に、あまり感情を込めずにコスモレンジャー三人組に言った。
「お前らはまだ、【戦い】ってのがどういう事か判ってねェ。だからこそ、ひーちゃんの行為を目に焼き付けておけ。そして考えろ。正義ってのはなんなのか」
「え…?」
一方的な虐殺にも等しい龍麻とアランの行為にガタガタと身を震わせていた紅井たちが問い返す。応えたのは、醍醐だった。
「この場にあっては余計な事だが、一応教えておく。あの連中は全員、以前、龍麻が潰したスナッフ・ムービー製作組織の傘下にいたグループでな。その組織の権力を嵩に強盗傷害、麻薬密売、誘拐監禁、管理売春と、大人顔負けの犯罪行為に手を染めていたんだが、何度捕まっても罰を与えられる事無く釈放されていた連中だ」
「平和ボケっていうぬるま湯で育ったヒルみてェな奴らさ。どんな悪さをしようが、親にも教師にも社会にも、未成年ってだけで甘やかされてた分、もう人殺しすら悪い事だなんて思ってねェ。現にこいつら、スナッフ・ムービーの市場を引き継ぎやがってな。遊びと憂さ晴らしと小遣い稼ぎを兼ねて、失踪しても疑われにくい苛められっ子やら家出したガキやらを誘拐しては嬲り殺しにしてやがった。やっと警察が重い腰を上げた時には何人も殺されちまってて、次の週には【お約束】の未成年者の保護に精神鑑定、ついでに親やら得体の知れない連中の圧力で全員無罪放免さ。――俺たちは本物の【鬼】を相手にしてきたが、法律やら権力やらを武器にして人の血を吸う、人間の皮をかぶった【鬼】も意外と多いんだぜ」
「ッッ!!」
この陽気な男の口から語られる、生々しくおぞましい現実。葵も小蒔も硬い顔をして、しかし目を真っ直ぐに彼らに向けている。龍麻たちが彼らを、正確にはその上にいたヤクザを【殲滅】した時、彼女達もそこにいたのだ。そして、人間の心に潜む【鬼】を見てしまったのである。
【真神愚連隊】は正義のために存在するのではない。誰にでもある【大切なもの】を護るため、また、護らんとする人々をほんの少し手助けするために戦っている。だからこそ、人の大切なモノを理不尽に奪い、破壊し、蹂躙するものは不倶戴天の敵なのだ。だが、いかに許せぬとは言っても【法律】がある以上、龍麻たちが彼らを殲滅するのは犯罪である。龍麻たちが正義など名乗らないのは、それも些細な理由の一つであった。
「このやり方が正しいとは言わねェ。現に今、お前らはひーちゃんに恐怖を感じている筈だ。だが、良く見て置けよ。非難される事も、恐れられる事も厭わず、自分から泥を被り、いつか自分も【そう】されるって覚悟を持っている人間って奴を。【悪しき者を責める者が自ら受ける傷】を持った人間を」
「……ッッ」
【正義の味方】たらんとするコスモレンジャー三人組は元より、さやかも京一の重い言葉に衝撃を覚える。胸の中に渦巻く、争いの当事者ではないからこそ持つ感情。…【そこまでやらなくても良いじゃないか】。――京一の言葉は、それに対する痛烈な返答だ。
他人の痛みを理解できぬ者は、他人に対してたやすく暴力を振るう。日本のみならず、世界レベルでこのような人種は増え続けている。だが、もっと深刻なのは、元々他人事に無関心なくせに、安全な土地、安全な立場、責任を取らなくて良い位置から、他人の争いに介入する人種が急速に増え続けているという事実だ。彼らは争い、犯罪、戦争の犠牲者の感情などこれっぽっちも理解せずに「犯罪者にも人権がある」と喚く。他人の命を、未来を、家族の幸福を奪った者にこそ、【命】と【未来】と【家族の幸福】を保証しようとでも言わんばかりに。その癖、自分と考えを異にする者に対しては、【我こそ絶対正義】と徹底的な弾圧を加え、その為ならば罪の捏造や誹謗中傷の流布、果てはその者に対する集団的暴力の扇動を行って恥じない。
【法】は人を護るものだ。しかし人が作った【法】は常に不完全であり、多くの場合、強い者、多数派、声の大きな者に利用されてしまう。そして【悪法も法なり】と、世の矛盾を感じつつも、多くの人々は事実から目を逸らし、自分だけのささやかな幸福に埋没する。――自分にだけは、そんな災禍は訪れないと自身に言い聞かせながら。
だからこそ、龍麻は【正義の味方】などとは言わない。【悪は悪】。黒は黒。カウンターテロの世界に生きてきた龍麻には、自分に合った殻の中でぬくぬくと目を閉じ耳を塞いで生きている者の理屈など、知った事ではない。そして、怖れられる事もまた、レッドキャップスの存在意義だ、
そして、どれほど武装しようと、彼らは所詮、ただの不良に過ぎなかった。
「や、止めてくれェ!」
「た、助けて…ッ!」
鬼道衆との戦いが本格化する少し前、これと似たようなシチュエーションがあった。あの時は【二度と反抗する気にならないように】ぶちのめすに留めたが、今の龍麻は最初から【殲滅する】つもりでいるのは明白だ。45ACPを腿に食らえば、一生杖なしでは歩けない。手を撃てば箸も持てなくなるどころか、手そのものがなくなってしまう。――他人の一生を奪う事は、正義とは言えまい。だが、龍麻はやるのだ。膝を撃ち抜かれ、床を這って逃げようとする不良の、無事な手にも銃弾を叩き込む。
「ヒデェ…!」
自分たちが今までやってきた事などどこかに抛っぽり出して、そんな事を呟く不良たち。銃を持っていないから今のところ無事なのだが、それが数分後の自分たちの姿だと想像する事さえできないらしい。
それも、龍麻がこう言うまでだった。
「ガンを持っている連中は片付いた。――お前たちも軽く運動するか?」
京一が、醍醐が肯く。
「――当然だろ。二度も三度も見逃さねェよ」
「もう、情けを掛ける理由もない」
ガンを納めたアランとタッチして、京一と醍醐が前に出る。最も多用される、トライアングル・フォーメーション。
「なるべく殺すな。人生最後の功徳を積ませてやれ」
龍麻の声は呟きか命令か? その瞬間に、三人は矢のように飛び出した。
「ひっ…!」
自分たちの絶対有利を信じ込む理由――銃を持った三〇人を真っ先に殲滅させられた事で、残り七〇名は完全に浮き足立っている。そこに、手加減を排除した真神の三強が襲い掛かったのだ。迂闊にも最前列にいた連中は、悲鳴さえ上げる暇もなかった。
「…ひーちゃん、本気で怒ってるよ…」
「ええ。でも無理ないわ。龍麻はそういう責任の感じ方をするから…」
口調そのものは平常通り、しかし胸中はやや重い葵と小蒔である。それを敏感に感じ取り、さやかが恐る恐る声を掛ける。
「…どういう事でしょうか?」
「うん…ひーちゃんはね、さやかちゃんが怖い思いをした事と、霧島クンが怪我をした事に対しても責任を感じているんだよ」
「え…!? どうして…?」
驚くさやかに、葵がそっと言う。
「龍麻は多くの人々を不幸にしない為に、敢えて汚い仕事をしてきた人間なの。その為にどれほど怖れられてきたか、私たちには想像もできない。でも、そんな龍麻だからこそ、人との関わりを凄く大事にしているわ。そして、自分が関わったさやかちゃんと霧島君の身に危険が迫っているのを知りつつ、中途半端な対応で怪我をさせてしまったと感じているの。――大きなお世話かもしれないけど、【責任】と【義務】を果たす事を求められてきた龍麻は、そのように考えるのが普通なのよ」
「……!」
【普通】の学生であれば恐らく理解できぬ葵の言葉を、芸能界で生きているさやかは身を切るほどに痛く理解し得た。
弱肉強食の芸能界には、【強いものが生き残る】という絶対不可侵のルールと共に、【先輩の言う事は絶対】という不文律も存在する。実質的には何の力もない筈なのに、【人気】という莫大な【金】を生み出す力は、個人が意見を差し挟む余地など容赦なく踏みにじるのだ。そしていかに【人気】があろうとも、自分より長く芸能界にいる先輩に少しでも逆らおうものなら、あらゆる仕事を取り上げられ、芸能界から追放されるどころか、どんな境遇に身を堕とす事になるか予想もできない。
だが、一人の人間を【自分に逆らった】というだけで追放させた者が【責任】を追求される事はない。それは【金の成る木】を護ろうとする者たちが勝手にやった事だと言い放ち、追放された者がどうなろうと知った事ではないし、また、そんな者たちを救う【義務】もないと言う。――芸能界にはそのように【君臨】する者が何人もいるのだ。龍麻とは対極に位置する者たちが。
さやかは暴力が嫌いである。皆が仲良くなれれば、それが一番良いと思っている。だがそれがいかに儚い理想か、さやかは知ってしまっていた。芸能界にいる事で、帯脇という男を知る事で。――その上で希望を失わず、自分が歌い続ける事で少しでも理想を現実にしたいと決心を固めたのは、霧島や多くのファン、同じ世界にいながらも頑張っている友達がいるからだ。
龍麻もまた、それを知っている。世界中の人間が仲良くなれれば、自分達の存在などいらないと。だが、現実は過酷だ。世界には己の自己主張をテロという手段でしか訴えられない者たちが数多く存在する。自分の我侭を暴力で押し通す人間は更に多いだろう。人類全てが【自省】、【自戒】、【寛容】、【協調】の精神を持つ事ができるようになるまで、龍麻たちの戦いは終わらない。
「…あまり深刻に考えない方が良いわ。これは私たち個人個人が考えるものであると同時に、人類全体でも考えていかなければならない事なのだから。はっきりしているのは――巨大な力を持っているからといって、個人がその考えを周囲に押し付けるのは【あまり】良くないという事」
「そうそうッ。とりあえず――目の前にいる悪い奴らが向かってくるならやっつけるッ! ――それだけで良いんだよ」
「…はい!」
暴力はいけない――そう言うのは簡単だ。しかし、現実に目の前に危険が差し迫っているのに、その者の理不尽な我侭、無法な要求、不当な言いがかりを無条件に受け入れるのも【悪】だろう。それから、逃げ続けるのも。それは個人であろうと国家であろうと同じだ。
(私も…もう逃げない…! しっかりしなくちゃ…!)
皆には目を閉じているように言われたさやかだが、今はもう、目の前の【現実】を受け入れるべく、龍麻たちの戦いを目に焼き付けていた。この戦いは【正義】ではない。だが【悪】でもない。奪おうとする者と護ろうとする者の、一種の生存競争だ。
「うりゃあッ!」
「せいッ!!」
しかし、その光景を目にした瞬間から、さやかは現実感覚を失ってしまう。
龍麻たちが強すぎるのである。先程の銃撃戦も現実離れしていたが、それが徒手格闘になると更に非現実性を増した。
「【剣掌ォ・旋】ィッ!!」
常人にはまったく見えないスピードで振るわれる木刀が竜巻を生み、不良たちを十数人まとめて薙ぎ倒す。ただでさえ及び腰の不良は人形のように空中に巻き上げられ、床に壁に叩き付けられ、手足を骨折して悲鳴を上げながら転げまわる。
「オオオオッッ!!」
鉄パイプも木刀も、ナイフさえ意に介せず、醍醐が不良の群れにショルダータックルをかける。
「うぎゃあァァァァァッッ!!」
たった一人の人間が突進してくるのを、十数人がかりで止められない。不良たちは醍醐と屋上のフェンスの間にサンドイッチにされ、身体中を押し潰される衝撃を受けた直後、一九〇センチの巨漢が素晴らしいフォームで繰り出した回し蹴りを食らい、ボウリングのピンのごとくまとめて弾け飛んだ。それもただの蹴りではない。仲間を貫いて頭の中にさえ火花を散らせたのは、強烈な雷の一撃であった。醍醐の【稲妻レッグラリアート】。
そして龍麻は、何をしているようにも見えなかった。
彼が近付いていくだけで(向かっていく奴は一人もいない!)、まるで手品のように不良たちは弾け飛び、床に叩き付けられ、その場で悶絶する。単に龍麻のスピードが速いだけではない。身体の動きに伴う予備動作を消し、最小限の動きだけで相手を制するので、何もしていないように目に映るのだ。ここまで来ると、彼らの戦いを見慣れていないさやかたちにとっては映画かアニメである。実際さやかは、自分が映画にでも出演しているような気分になっていた。コスモレンジャーは、今がショーの最中ではなかろうかと。
さすがにこれだけやられると、敵前逃亡する者が出るのは自明の理であった。後方に詰めていた何人かは人型の災厄が襲い掛かってくる前に身を翻し、出口へと向かって走る。
「おーっと! 逃がさないよッ!」
銀のブレスレットが打ち鳴らされると同時に、小蒔の手に弓が、腕と胸に防具が出現する。そんな大きな物を隠す事など絶対にできないので、さやかが驚きに目を見開く。ついでに、アランも。
「ワーオッ! コマーキ、いつからそんなコトできるようになりましタカッ!?」
「エヘヘッ。それは後でねッ。今は――」
キン! と小蒔の目が鋭さを増した。
邪魔するな! と喚きながらナイフを振りかざしてきた不良たちの手を、小蒔の矢が容赦なく貫いた。両手を縫い止められてしまい、矢を抜く事もできない不良たちは泣き喚く事しかできない。
「…キミタチだって、どこかで踏み留まれた筈なんだけどね。ここまで来ちゃったら遅すぎだよ。――【嚆矢】ッ!」
「――ッッ!!」
三半規管を直撃する高周波の唸りを受け、不良たちの鼓膜が張り裂ける。一瞬にして自分の悲鳴さえ聞こえなくなる恐怖。頭を乱打されるような激痛。不良たちはのたうち、転げまわった。小蒔はその光景を、唇を噛み締めつつ見ていたが、彼らに対する同情を覚える事はなかった。【罪を憎んで人を憎まず】――それは真理かも知れないが、悪い事と知りつつ【罪】を犯し、人を傷付けて喜ぶような輩に使う言葉ではないのだ。
もはやどこにも逃げ場はない。降参しても、この連中は絶対に自分たちを許さないだろう。絶望だけが胸中を支配し、ほとんど発狂しそうになる不良たち。だが、たった一つだけ、自分たちが生き残るチャンスになりそうなものを見つけ出した。
「な、なんだァ、テメエら!?」
真神の一同に一斉に背を向け、帯脇に向かって武器を構える不良たち。思わぬ展開に、龍麻たちもちょっと手を休めてみたりする。
「なんだもクソもあるかよ…。テメエ! 俺達をこんな事に巻き込みやがって!」
「テメエが舞園に惚れてようがなにしようが、俺達の知った事じゃなかったんだ! 俺達を捨て駒にしやがって!」
龍麻たち相手には無理な虚勢も、貫禄不足の帯脇には通じた。残り十人といないが、それでもじりじりと迫って行く迫力には鬼気迫るものがある。背後の男たちには絶対かなわない。ならばせめてこの無意味な闘いの元凶になった男をぶちのめす――いかにも器の小さな連中の考えそうな事だったが、それも仕方ない事だろう。
「ケッ、どうやらテメエは一人になっちまったみてェだな。――どうすんだ、ええ? 帯脇よ」
木刀を肩にやるいつものポーズで、京一が凄みを利かせる。ちょっとばかり白けてしまったものの、それでも残りの不良が自棄行動に出た時の警戒を怠ってはいない。
「――ケエッ! どいつもこいつも、使えねェ――」
帯脇が極め付けに嫌な笑いをした瞬間――
「下がれッ!」
龍麻の叱咤が飛び、京一と醍醐が瞬時にその場を飛び退く。次の瞬間、中排気量のバイクがエンジンを唸らせたような音が響き、不良たちの何人かが血煙を挙げて吹っ飛んだ。
「まッ! マシンガンッッ!!?」
紅井と黒崎が引き攣った声を上げる。
「ッ動くんじゃねェ! テメエらッ!!」
帯脇の手に握られた鉄の箱――イングラムM11の銃口が威嚇するように振られる。だが龍麻やアランは無論、京一も醍醐も平然としている。葵だけは万が一に備え、そっと口の中で防御術を唱え、自分を含めたさやかたちを結界で包む。
「おーおーおー、今度はそんな玩具まで持ち出してきたか。だがそいつを霧島に使わなかったのは誉めてやるよ。ンなコトしてたら――テメエは八つ裂きだったぜ」
「なあ〜〜〜〜〜に調子ぶっこいてやがんだよォう!!」
イングラムを片手に構え、顔をひん曲げて怒鳴る帯脇。この期に及んで虚勢を張れるとは、いっそ天晴れだ。マシンガンなんぞを持ち出した日には、龍麻は間違いなく彼を射殺するだろう。
しかし、銃口の位置が悪い。イングラムの射線は、真っ直ぐさやかに向いていた。
「さやかァ、こっちに来な」
マシンガンならさすがの龍麻も手が出まい――勝手にそう思った帯脇は勝ち誇ったようにさやかを手招いた。
「お前は俺様のモンだって、何度言やあ解るんだァ? お前を護るのは霧島みてェな腰抜けでも、こんな正義の味方気取りでもねェ。この、俺様だけなんだよォ」
「…ッッ!」
葵と小蒔が龍麻を見るが、彼も手が出せない。帯脇を射殺するのは一瞬で済むだろうが、その瞬間に引き金を引かれた場合、いかに葵の防御結界があるとはいえ、何発かの九ミリ弾が確実にさやかに向かう。
と、その時だ――
「ふざけるな! これ以上は好きにはさせないぜッ!」
「そうとも! 撃てるものなら撃ってみろッ!!」
挑発してどうすんだよ…と、京一はため息を付きかけたが、紅井も黒崎も恐ろしく真剣な目をしていた。二人してさやかの前に立ち、盾となるつもりである。醍醐ならいざ知らず、【神威】の力を【方陣技】でしか発揮できない彼らではまず致命傷、当たり所が悪ければ即死するというのに――
「何だァ!? テメエら! そこをどきやがれ!」
帯脇が喚き散らす。これはチャンスか? しかし、銃口のぶれが思ったよりも小さい。
「黙れ! お前はもう負けたも同然だ! じたばたせずに降参しろ!」
「チッ、テメエら――!!」
帯脇の指に力がこもる。その寸前であった。
「待て! 帯脇!!」
この状況下、いる筈のない男の声が響き、さやかを筆頭に一同を振り向かせた。
「あ…ッ!!」
さやかの声が喜びに震え、目が潤む。
「さやかちゃんには…指一本触れさせない!」
白い布がぱっと広がり、銀色の剣が薄日を受けてギラリと輝く。それは桜ヶ丘の院長室に飾られている様々な怪しげな品物の一つ、壁に飾られていた西洋剣であった。そして、それを持つ男は――
「霧島君ッ!!」
「ごめん…遅くなって…」
銃口に狙われている事など忘れて霧島に駆け寄るさやか。啖呵は見事だったが、霧島は全身を血が滲む包帯で包み、無理しているのが一目瞭然である。だが、彼はさやかに微笑んでみせた。
「約束したからね。君を…護るって」
遂に大粒の涙を零れさせるさやか。こんな身体になってまで、霧島はその約束を護る為に駆けつけてきたのである。
だが――それは――
「霧島…なんでお前がここに…!?」
聞いたのは醍醐だ。あまりの事に、葵も小蒔も口が聞けない。さやかは知らぬ事だが、龍麻は霧島に「邪魔をするなら殺す」と言いきったのだ。殺気も鬼気も叩き付け、それが単なる脅しでない事も認識させた。その上で霧島が出てきたとなると…。
「――足手纏いは困る。俺は、そう言った筈だ」
龍麻の声は恐ろしく冷たい。誰にも無視できない、【あの】声だ。
「承知しています! さっきまでの僕なら駄目だったでしょう。でも――今ならッ!」
「――なんだってんだよォォッッ!!」
さやかに存在を蔑ろにされたばかりか、殺したと思っていた霧島の出現に、遂に帯脇はキレた。キレて、さやかに向かって発砲した。ストーカーの最終段階――手に入らぬのならば、殺してしまえ。
「――ッッ!!」
ギギギギギャンッッ…ッ!!
思わず目を覆ったのは葵、小蒔、本郷の三人。しかし龍麻以下、男性陣はその光景を目にした。イングラムが吠えた瞬間、霧島がさやかの前に飛び出し、幅広の西洋剣を盾として弾丸を弾き飛ばしたのを。そんな真似が出来るのは――
「て、てめ、テメエ…ッッ!!」
言いようのない敗北感に打ちのめされる帯脇。さやかを護る霧島の姿は、自分がなるべきものであったのに…。
「さやかちゃんを護る事が僕の使命! これが――僕の【力】ですッ!!」
ふわ、と霧島の身体から放出される、既に見慣れた清浄な青白いオーラ。【陽】の【気】を操る【神威】たる証。生まれたての雛のように未熟だが、成長の可能性をたっぷりと秘めた、力強い【気】。――京一が口笛を吹き、葵と小蒔が驚きの混じる微笑を浮かべる。
「大切なものを護る為に生まれた、【勇気】という【力】か。まったく、霧島らしいな」
そう言いつつ、龍麻を見やる醍醐。龍麻はと言えば、少し口元に笑みを浮かべているようだ。
(なるほどな。【力】の素質はあっても、甘い考えでは【力】の奴隷になるかも知れん。あの殺気で恐怖を植え付け、勇気を振り絞らせたのか)
つまり、またしても龍麻の本領発揮だったという訳だ。死の恐怖に直面させ、それに立ち向かえるか否か、そして、何の為に【力】を欲しいのか考え直させたのだ。恐怖に負けるようならばそれまでの男であったという事。しかし、霧島ならば【力】の有り様を考え直し、恐怖に打ち勝つであろうとの予感もあったのだろう。それが先ほどの【来るかも知れない】という言葉に繋がったのだ。
「…やれやれ。見せ付けてくれるぜ。これじゃ俺の入る余地がねェじゃねェかよ」
頭をぼりぼりと掻き、しかし京一は満更でもなさそうだ。
「テメエもとんだ道化じゃねェか。――そろそろ茶番劇は幕にしようぜ、帯脇」
ヨロヨロっと後ろによろめいた帯脇の手からイングラムが落ちる。彼にしてみればあまりにもショッキングな光景だ。確かにこのままでは、自分はとんだ間抜けな道化である。
「ク…ククク…けひゃひゃひゃひゃひゃ…!」
何かが壊れたような笑い声に、一同が「!?」となる。元からおかしかったが、とうとう本格的に壊れたか?
「何が…何が【力】だよォ…。そんなもんで…図に乗るんじゃねェェ!!!」
「――ッッ!!」
奇妙なプレッシャーこそあったが、【力】としては微弱なものでしかなかった帯脇の身体から、突如として膨大な【陰気】が吹き上がる。いや、【陰気】というよりは【邪気】又は【瘴気】に近いか? 今まで見た【陰気】のオーラより更にどす黒い、濁った赤い光が帯脇に絡み付くようにして立ち上っている。
「これは…【変生】か!?」
「似ているけど…違うわ…! 身体が…熱い…!」
表情を歪めながら、葵が言う。【菩薩眼】が帯脇の本性を捉えたのだ。
「蛇が見えるわ…大きな…蛇…!」
龍麻の手が、動いた。帯脇を中心に、フォーメーションD!
『ギシャアァァァ――ッッ!!』
帯脇が一声咆哮を放った時、それが起こった。
「キャアアッ! また化け物ォ!」
「こ、今度は蛇かよォ!」
「こ、こんなに怪人が一杯いるんだな…!」
またしても騒がしいコスモレンジャー。例によって、へなへなと脱力する京一。
「お前ら! もう喋んな! それ以前に、ヒーローならいちいちビビるな!」
「オ、オウッ!!」
一瞬、緊張感に欠けるシーンがあったものの、帯脇は【変身】を終え、その異形の姿を現わした。
一言で言うなら――蛇。それも体長一五メートルはある超特大の。口を開けば人間など一呑みできそうで、その胴に締められたら牛や熊でも即死するだろう。
だが、一同の注目を浴びたのは別の事だった。
『オオ…そこにいたか…【クシナダ】よ…』
「え…!?」
金色の、爬虫類の視線を向けられたのはさやかである。人が大蛇に変わる――そのような怪異を前にしてとてつもない恐怖に襲われた彼女であったが、【クシナダ】と呼ばれてなぜかドキリとする。
『我より派生した、我が力の珠玉…。お前を食らえば、我は高天ヶ原の神どもをも凌ぐ力を得るのだ。――さあ、来るのだ』
龍麻たちを無視して、さやかに向かって鎌首をもたげようとする帯脇――いや、大蛇。
「【クシナダ】って…櫛名田比売命(の事? それじゃ本物の――八俣大蛇(?」
「まさか…! そんなのアリ?」
葵と小蒔の微妙に呑気な会話は、体長一五メートルの大蛇であっても、それほど凶悪なプレッシャーが感じられない為だ。コスモレンジャーは先の龍麻対九角戦を震えながら見ていただけだったし、さやかと霧島に至っては異形のモノを見る事自体初めてだが、アランを含め、真神の一同はこの程度の敵はすっかりお馴染みなのである。先の九角や、修学旅行先で闘った大百足…ジル・ド・レエ伯爵に比べれば、やはりスケール不足は否めない。
「でもよォ、ヤマタノオロチって首が八つあるから【八俣大蛇】っつーんだろ?」
「うむ。こいつは首が一本で、しかもモヒカン。手まで生えている。――そうか! これがいわゆる【蛇足】というものか」
「ニューモードなのだろう。蛇も現代風にモードチェンジするのだな」
「…余裕だな。ひーちゃん」
「…そうだな」
当然、これは嘘である。蛇に限らず、野生動物と睨み合った時、先に視線を逸らした方が攻撃を受ける。相手が元人間でも同じだった。
『シャアァァァッッ!!』
わざと見せた龍麻たちの隙に誘われ、大蛇が噛み付きに行った。巨体に見合わぬ俊敏さで龍麻に食らいつこうとする。
「破ッ!!」
例によって鋭い体捌きで大蛇の顎をかわし、その首筋に【掌底・発剄】を叩き込む龍麻。しかし――
「ほう。【気】を弾いたぞ」
「のんびり言うなよ。――そらッ!」
京一の斬撃! しかし鋭く収束させた【気】の刃をも弾く大蛇の鱗。それでも少しは警戒する気になったか、巨体をS字型に横たえ、鎌首をもたげる。――毒蛇に共通の構えだ。個体差はあるが、毒蛇はこの構えから自身の体長の二倍から三倍の距離を制空圏とするのだ。
「霧島! さやかを連れて下がれ! コスモ三人、周りの奴を始末しろ!」
新参の者に対してだけ、龍麻の指示が飛ぶ。京一と醍醐は言うに及ばず、葵、小蒔、アランも彼の指示を待つまでもなく、絶妙なポジションに移動し、援護態勢を取っている。ちなみに【周りの奴】とは、帯脇が大蛇に変身した時の瘴気が招いた邪霊の事だ。学校関係者に取り憑いていた奴らだろう。
「待ってください緋勇さん! 帯脇は僕が…!」
「駄目! 霧島クンはさやかちゃんの護衛!」
龍麻の怒声が飛ぶ前に、小蒔が釘を刺す。
「いくら【力】に目覚めたって、すぐにあんなのと闘える訳じゃないよッ! ――って、やばッ!!」
大蛇の目がさやかを射抜く。さやかを求める帯脇の意志か、【クシナダ】を求める大蛇の意志か、大蛇の目標はさやか一人に絞られていた。
「しまった! 霧島――諸羽ァ!!」
「うっ――わああァァッッ!!」
真神の三強を飛び越え、一直線にさやかを襲う大蛇! 龍麻の手が【アナコンダ】(皮肉な事だ)を抜いたが、射線上にさやかもコスモレンジャーもいる。撃てない!
剣を盾にして大蛇の噛み付きを防いだ霧島であったが、圧倒的な質量の前に跳ね飛ばされる。激突した給水タンクが人型に陥没し、骨の砕ける嫌な音が派手に響いた。
「霧島君ッッ!!」
さやかが悲痛な叫びを上げ――彼女を抱え込むように大蛇がとぐろを巻く。
『遂に…遂に我が元に来たか。【クシナダ】よ…』
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!」
シュル…と伸びた蛇の舌に顔を舐められ、気死寸前になるさやか。それを知りつつ龍麻たちも手が出せない。一撃で仕留められなければさやかが危険だし、それを可能とする技ではさやかまで巻き添えを食う。
『もはや我を阻むものなし。今こそ我のものとなれ。【クシナダ】よ――』
グワ! と口を開ける大蛇。龍麻は【アナコンダ】の弾丸をKTWに詰め替えたが、タッチの差で間に合わない! ――が、突如大蛇は仰け反って絶叫した。
ザッ――!
激しくのたうつ蛇の胴に押し潰されそうになったさやかを、何者かの影がひっさらう。大蛇がそれに気付いた時、人影はさやかを抱いて屋上入り口の屋根に飛び乗っていた。振り向いた、その顔は――
「霧島クン――ッ!?」
ボロボロになった制服、全身に巻かれた包帯――間違いなく霧島だ。いかに【神威】に目覚めたとは言え、たった今、防御も何もできない状態で吹っ飛ばされた筈なのに――!
いや、それは本当に霧島であったか?
「きり…しま…君?」
さやかも気付いたのだろう。自分の肩を抱いている者が、見知った幼馴染などではない事を。
それは、すぐに彼自身によって証明された。
『ククク…ハハハッ…ギャハハハハハハハッ!』
身体をそっくり返らせて笑う、そのなんと邪悪な笑い方。それは断じて霧島ではなかった。彼はこんな、邪悪さの滲み出るような笑い方などしない。下品に口元を歪めたりもしないし、こんな伝法な口の利き方もしない。
『なんだよなんだよ、だらしねェなァ。雁首揃えて、たかがこんな蛇一匹によォ』
「――何者だ?」
間髪入れず問う龍麻に、霧島は肩を竦めた。
『ヒュウ、相変わらずきっついなァ。――かれこれ一五〇年ぶりだってのに、情(ないんだなァ』
「……」
また、だった。
京都で出会った天狗…もんちゃんこと【門天丸】。彼に引き続いて、またしても自分の事を知っているなにものかの出現である。しかも―― 一五〇年前とは!?
その正体は、大蛇が告げた。
『貴様…貴様、またしても我から巫女を奪うかッ、【スサノオ】よ――ッッ!!』
際限のない憎しみが金色の炎となって大蛇の両眼から吹き出し、鱗がメリメリと音を立てて逆立って行く。その姿は、正に神話の魔獣。
「【スサノオ】だって? 霧島が!?」
「須佐乃男命に櫛名田比売命に八俣大蛇…これって何かの冗談かしら?」
日本神話に登場する名前が後から後から出て来るので、生真面目な醍醐も目を白黒させ、葵ですら呆れてしまっている。
「そんな事は関係あるまい。――お前は敵か、味方か?」
『――勿論、【あんた】の味方だ』
微妙な言い回しを追求しようとする暇も与えず、霧島――【スサノオ】は大蛇に向き直った。
『オイ、テメエ。図々しくこんな時代までのこのこ現れやがって。おこがましいにも程があるぜッ!』
【スサノオ】が右手を挙げる。すると大蛇の頭に突き刺さっていた剣が抜け、鋭く回転しながら飛んできて彼の手に納まった。
『貴様〜〜〜〜〜〜ッッ!!』
ガシュウ…と憎悪の毒気の混じった息を吐く大蛇。しかし、【スサノオ】はニヤ、と不敵に笑った。
『この俺の前でこれだけはっちゃけてくれやがったんだ。十回や二十回ぶち殺したところで気が済むモンでもねェが、とりあえず、きついの一発で我慢してやるよ』
【スサノオ】は余裕の表情で待ち構え、刃のない擬剣に【気】を込める。すると青白いオーラが剣を包み、更に巨大な、七つの枝のような刃を付けた【七支刀】に変化する。
『殺すッ!!』
グイ、と鎌首をもたげ、次の瞬間、【スサノオ】に食らいつきに行く大蛇。【スサノオ】はかわすどころか、逆に一歩前に出て、凄絶な突きを大蛇の口の中に叩き込んだ。真っ赤な血飛沫が奔騰し、しかしその血液が触れたコンクリートが凄まじい勢いで黒煙を噴き上げ、腐食して行く。当然のように、【スサノオ】は返り血をかわして後退している。
「――こいつ、血液も武器なのか」
龍麻が言うと、【スサノオ】が笑いながら同意する。
『そういう事さ。――後はあんたらに任せるぜ』
そう言うなり、【スサノオ】は大蛇の血に染まった剣を投げてよこした。コンクリートに剣が突き立ち、一同は飛び退いたが、その血はコンクリートを腐食させなかった。
『コイツの血に俺様の血を混ぜれば、闇のものに対する絶対的な毒になる。――そいつを得物に塗り付ければ、あんたらの武器もコイツに通じる。それと――』
【スサノオ】はひょいと背後を振り返った。ビク! とするさやか。
『【クシナダ】よォ。――お前もいい加減、自分の事は自分で決めるようになりな。大蛇の生け贄にされ、俺の妻になって、娘を大国主命に嫁がせて…。肝心なところは何一つ自分で決めちゃいねェだろ? 今度こそ良い機会だ。自分の事は、自分で決めな』
「霧島君…! 何を言って…!?」
霧島が【スサノオ】と呼ばれ、自分が【クシナダ】と呼ばれる事に困惑しているさやか。しかし【スサノオ】は軽く手を振ってさやかに口をつぐませた。
『俺はもう消える。何しろ、無理に【出て】きたんでな。――あの蛇ヤロウをぶっ殺せば、お前はもう自由だ。好きなように生きると良いぜ』
そして、【スサノオ】は龍麻を知っている【証】とも言える、敬礼をしてみせた。
『もう一度、あんたに会えて良かったぜ。――この【坊や】をよろしく頼むぜ』
「――了解した」
それは、別れの言葉。違える事無き約束。【スサノオ】はにやりと笑い、ふっと存在を消滅させた。霧島がふらっと膝を付くのを、さやかが慌てて支える。
「霧島君…大丈夫?」
「う…ん。平気。今…僕の中にいた人が治してくれたみたいだ。それから…【しっかりやれ】って」
そして霧島はすっくと立ち上がった。
「帯脇! 決着を付けてやる!」
トッ――と地を蹴る霧島。潜在能力の開放を見事にこなし、軽やかに一同の元に降り立つ。これは、フェンシングで鍛えていた体捌きの賜物でもあった。霧島が望んでいた闘う為の【力】の発現。しかし、まずすべき事は――
「緋勇先輩! よろしくお願いします!」
しかし龍麻は、首を横に振る。これでもまだ、霧島を認めないのか!?
「――お前の師匠は、あそこだぞ」
あ…! と霧島は気付く。自分が誰に師事したのかを。そしてその男が、この【真神愚連隊】でどのような位置にいるのかを。
「京一先輩…」
「――やれるか? 霧島」
その男は、ただそれだけを聞いた。
「大丈夫です――やりますッ!」
「良い返事だ。――少尉殿に報告! 前衛要員一名着任!」
「よろしい。承認する」
ピシリ、と敬礼を交わす二人。慌てて霧島もそれに続いた。
「――行くぜっ! 諸羽ッ!!」
「ッッはい! 京一先輩!!」
初めて名前を呼んでもらえた事に、そして、この闘いに参加する事を認めてもらえた事に言い知れぬ感激を覚えつつ、霧島は床に突き立った剣を引き抜き、天に向かって振り上げた。
今こそ、決着の時だった。
第壱拾六話 魔獣行(前編)3 完
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