第拾参話  外法都市 2





 翌日、葵一人を欠いた真神愚連隊の四人は、期せずして一緒に登校する事になった。

 東京全体を覆う結界が作用したとはいえ、油断はできぬと気を張っていた京一、醍醐はいつもより早く目覚めてしまい、手持ち無沙汰になる前に家を出、小蒔は登校前に桜ヶ丘に寄った事もあり、合流が適ったのである。龍麻は戦略拠点の見回りに行っていたので、バイクに乗って現れた。今はバイクを管理のしっかりした有料駐車場に預け、共に歩いている。

「…で、どうするよ? ひーちゃん」

「葵の回復が最優先だ。自己回復能力がある者もいるが、やはり回復役は二人揃っていた方が良い。――今度はかつてない激戦になる事は必至だ。お前たちには先に言っておくが、今度の作戦成功率は俺にも解らない」

「――なんだって!?」

 京一、醍醐、小蒔の驚愕が解けぬ内に、龍麻は更に言葉を継ぐ。

「十五パーセントの損失見込みは、どんな形にせよ、この件が片付いた時の数値だ。仮に我々が敗れたとしても、報復活動は行われない。散発的なテロ活動は続くだろうが、【敵】は徹底して闇に潜み、決して表には出てこない。今回とて、我々が手を出さなければ、【敵】は何もしてくるまい」

「〜〜〜〜ッッ!?」

「今回の敵はそれだけ強敵なのだ。俺の戦闘力、戦術、我々の編成も個々の能力も全て把握しているだろうが、それゆえに正面からの衝突は避けている。だが放置すれば必ず減退した戦力を補充し、現在より確実な脅威となって牙を剥く。叩くなら今しかない。――【彼】とは闘いたくなかったが、お互い避けて通れぬ道だ」

「【彼】…? ひーちゃん…お前、今度の敵が誰なのか知っているのか?」

 三人の視線が龍麻一人に注がれる。緊張に満ちて。しかし――

「済まん。今は言えん。――決着をつけるまでは」

「ひーちゃん…」

 龍麻がそう言ったら、たとえ梃子でもその口を開かせる事はできない。しかし今回の龍麻、葵共にどうも様子がおかしい事ばかりだ。龍麻はその不安が全員に伝播する事を怖れているが、しかしその不安を解消する術を持ち合わせていない――そんな感じなのである。

 いつも彼の傍にいる京一たちであるから、指揮官の気苦労も解る。だからこそ彼の負担を軽くするべく努力はしているのだが、彼の抱える問題はいつも深刻で重大である。こんな時にあまり役に立てない自分がもどかしい彼らであった。もちろん、龍麻自身は彼らがいるおかげで随分助かっているのであるが。

 そこに、重苦しい空気をぶち破る風が吹っ飛んできた。

「おっはよー! 皆の衆!」

「あ! アン子、おはよー」

 朝早くからテンションの高いアン子に応えたのは小蒔一人だけであった。しかしその程度でこの好奇心の塊であるアン子が怯む筈もない。

「珍しいわねー。この時間に遅刻ギリギリ組が揃ってるなんて」

「…あのなあ、もう少し場の空気ってものを読めよ。ほら、しッしッ!」

 邪険にも右手を振ってアン子を追い払おうとする京一。次の瞬間、アン子必殺のダブルクロス平手打ち――アッチョンブリケが炸裂した。

「ノオォォォ…ッッ!」

 アスファルトのマットに沈む京一。Winner アン子。

「――で、何かあったの?」

「うむ…。鬼道衆の動きが気になるんだ」

 色々問題を抱えている龍麻の代わりに、醍醐が口を開く。

「でも宝珠は全部封印したんでしょ? それで東京全部をカバーする結界が作動したから、あと強敵になりそうなのは九角ってヤツだけじゃない。問題ないわよ、アンタ達なら」

「ありがたい事を言ってくれるが、今のところ美里が体調不良なんでな…。こっちも身動きが取れない」

「なるほどね。最後の一人って言ってもまだ正体不明な訳だし、全員揃っていた方が心強いわね」

 そこでようやく、両頬に見事な【もみじ】を付けた京一が立ち上がった。

「テメェら…何事もなかったように話を進めやがって…」

「アラ、京一、いつにも増してサル顔ね」

「誰のせいだと思ってやがるッ!」

「うっさいわねーッ! 男の癖に女に殴られたくらいでぐだぐだ言うんじゃないわよッ! ――そんな事より、龍麻はどう思ってるの? 得意のプロファイリングで九角ってヤツの事、ある程度解っているんじゃないの?」

 そうなのだ。龍麻にはそれがあった。しかし、その上でなお【今は】言えないとなると…。

 その時、新たな声が龍麻に投げかけられた。

「お兄ちゃん――ッ!」

 身内のいない龍麻をそう呼ぶのは、彼が【家族】と呼ぶ者しかいない。

「マリィ!? どうしたのだ、このような所にまで」

 名前だけは知っていたが、マリィとは初対面のアン子は、龍麻がわざわざ膝を付いて彼女を出迎えた上、今まで聞いた事もないような口調で話し掛けたのを見て呆然とした。

 しかし、今はそれどころではない。ずっと駆けて来たのか、マリィは息を切らせている。龍麻はその肩に手を置き、マリィが息を整えるのを待った。

「葵お姉ちゃんが…葵お姉ちゃんが…いなくなっちゃったの…!」

「エエッ!?」

 驚愕が一同の間を走る。声を上げたのは小蒔とアン子だが、京一も醍醐も驚きを隠せない。龍麻一人だけが、一人冷静であった。

「さっき、病院に行ったの…。そしたら、この手紙があったの…」

 小さな手で力いっぱい握り締めていたであろう、くしゃくしゃの手紙を龍麻に差し出すマリィ。龍麻は開いたそれに目を走らせる。仲間たちも一斉にそれを覗き込んだ。



 ――今までありがとう。さようなら。…。――



「な、なんでッ! どうして【今までありがとう。さようなら】なんて書くのさッ」

 今朝、葵を見舞ってきたばかりの小蒔は激しく動揺する。少なくとも彼女の目には、葵が元気そうに見えていたのだ。

「まさかとは思うが、鬼道衆に攫われたという線は?」

「そいつはねェだろ。それならわざわざ手紙なんか残す筈もねェ」

 無論、醍醐もそれは承知の上だ。しかし、京一の意見を採用すると、一番考えたくない結論が目の前にちらつく。龍麻が黙っているのも、それが真実だと見抜いているからではないか? 



 ――【葵は、自分から出ていった】



 恐らく、それに間違いない。ただ京一も醍醐も、葵がそのような行動を取った理由までは解らなかったが。

「お願い、葵お姉ちゃんを助けてッ!」

 何を考えているのか判断に苦しむ無表情な龍麻に、マリィは必死になって訴えた。

「…日本語が上手になったな、マリィ。――安心しろ。皆で葵を迎えに行こう」

「お兄ちゃん…ありがとう!」

「礼は要らない。さあ、行こう」

 立ち上がり、マリィの手を引いて歩き出す龍麻。京一たちは慌てて後を追う。

「ちょっと待ってよ。龍麻、美里ちゃんがどこに行ったか解ってるの? その手紙だけじゃどこに行ったかなんて解りそうもないけど」

 アン子には【D作戦】の事は一切話していない。だが葵が鬼道衆の元に走ったというのであれば、この作戦なくして葵奪還は有り得ない。

「まずは桜ヶ丘に行く」

 龍麻はそれだけを告げた。

 しかし、数メートルと行かぬ内に、更なる声が一同に投げかけられた。

「ミンナ、どこに行くの? そっちは学校とは反対方向よ」

 龍麻の前に立ちはだかったのは、あろう事か担任のマリア・アルカードであった。

「我々は本日の授業を欠席いたします」

 例によって、龍麻の堂々たる宣言。マリアの微笑がそのまま強張った。

「どういう事なの? 先生にも解るように説明して。…ワタシには言えないような事なの?」

 【ワタシには】という言葉の中に、暗にローゼンクロイツ学院での一件を絡ませるマリア。葵の誘拐に始まり、ついには学院が爆発炎上するという大惨事に関わり、共通の秘密を持つ者同士という観点で質問しているのだ。しかし龍麻はきっぱりと言いきる。

「事情を説明している時間はありません。――生きて帰れたならば、軍法会議でも何でもお好きなように」

「――ッッ!」

 龍麻が【それ】を口にした事に、マリアのみならず一同の間にも衝撃が走り抜けた。

 これまで龍麻は、一度たりとも【死】を口にした事はない。【覚悟を決めろ】は彼の口癖のようなものだが、【死】を匂わせるような事は決して言わなかった。その彼が今、初めてそれを口にした。

 マリアは真っ直ぐ龍麻を見た。

 相変わらず、前髪が邪魔をして目から感情を読み取る事はできない。だが、不退転の意志が全身から放射されている。【邪魔はさせない】。彼は気迫だけでそう言っていた。

「…解ったわ。今回は大目に見ます」

「センセー…」

 胸中穏やかでなかった小蒔がほっと息を付く。

「その代わり、ミンナ無事に帰ってきなさい。これは先生からの…ワタシからのお願いです」

「了解しました」

 踵を揃えて胸を張り、ピシリ! と敬礼する龍麻。京一も、醍醐も、小蒔も揃ってマリアに敬礼した。

「きっちり帰ってくるさ。心配しなくて良いぜ、センセー」

「約束します。必ず全員で帰ってきます」

「ありがとセンセー。帰って来たらちゃんと怒られるからッ」

 口々に感謝の言葉を乗せ、龍麻の後ろに付いて歩き出す教え子達に、マリアは苦笑を交えながらも滋眼を向けた。

(必ず生きて帰ってくるのよ。特に龍麻…アナタには為さねばならない――為してもらわなければならない事があるのだから…)







「あら、あなた達――」

「――情報将校殿に、敬礼!」

 相変わらず、異変が起こると遭遇するルポライター、天野絵梨に対し、龍麻以下、真神愚連隊の面々は敬礼する。なぜか付いてきたアン子と、天野と初対面であるマリィだけは訳も解らずおろおろした。

「今日は集団エスケープ――って訳ではなさそうね」

「肯定です」

 色々な事件で彼らを追跡、あるいは協力してきた天野だけに、全員のただならぬ様子から非常事態発生を察したのだろう。やや緊張した顔をする。

「あ、あのさ。あたし、この人知らないんだけど…」

「マリィも!」

「あれッ? アン子もマリィも会った事なかったっけ? この人はルポライターの――」

 天野は素早くハンドバッグから名刺を取り出し、アン子に差し出した。龍麻の台詞は「天が呼ぶ!」のところで遮られた。

「とりあえず【普通】のルポライターの天野絵梨よ。よろしくね、記者の卵さん。それに、葵ちゃんの妹さん」

 マリィはぴょこんとお辞儀をしたが、アン子は名刺を見て愕然とし、次いで感激を露にする。

「天野さんって、あの犯罪心理のコラムを書かれている天野さん! わ、私ッ、天野さんのファンなんです!」

「あら、あの記事を読んでくれてるの? 嬉しいわ」

「そ、そりゃあもう! 私、天野さんのようなルポライターになるのが夢なんですッ!」

 そこにいるのは、好奇心の塊で守銭奴の新聞部部長ではなかった。そこにいたのは正しく夢見る少女(小蒔主観)、野望に燃える少女(京一・醍醐主観)、あっち関係?(龍麻主観)の少女がいるだけであった。

「ええ、ありがとう。でも、ゆっくり話すのはまたにしましょう。――何か重大事件が発生したのね? 龍麻君」

 さすがは大人の分別。天野はアン子を落ち着かせ、本来の話に立ち戻った。

「肯定です。葵が行方不明になりました」

「葵ちゃんが!?」

「恐らく、鬼道衆の下に向かったと推測されます」

「自分から!? するとまさか、葵ちゃんが…」

「間違いありません。葵が【菩薩眼】の娘です」

 衝撃的な事実ではあるが、天野やアン子はともかく、京一たちは不思議とそれほど強いショックを受けなかった。

 自分達の間には、何か言葉で表せない深い繋がりがある――これまで闘っていて、常に感じていた事だ。醍醐が【白虎】であった事も衝撃的な事実であったが、今では【それがどうした】という感じである。もちろん、葵が【菩薩眼の娘】であったとしても、やはり同じだ。葵は彼らにとって葵でしかないのだ。

「それが事実とすれば、葵ちゃんが向かった先は…」

「世田谷区、等々力渓谷付近」

「…その、【裏】ね」

 天野は紀伊半島にまで足を伸ばしてまで得た情報を龍麻が知っている事に、それほど驚きを覚えなかった。彼ならそのくらいやりかねないと思ったからである。

「結界の存在は感知しています。ですが、道さえ判れば悪戯に犠牲を増やさずに済みます」

「それなら私が役に立てるわ。私も同行して良いかしら?」

「肯定です」

 一同には龍麻と天野の話が理解できない。しかし、龍麻に任せておけば万事OKであると、口を挟むような真似はしなかった。そして、龍麻が一同を振り返った。

「行き先変更。世田谷区の前線基地に向かう。各自、装備は?」

「いつでもOK! ――けどよ、桜ヶ丘はどうするんだ?」

 恐らく桜ヶ丘では高見沢が葵失踪に関して龍麻を待っているに違いない。【D作戦】の発令も龍麻自身が桜ヶ丘から行う事になっている。しかし携帯の使用は禁止しているから、ここからでは連絡が取れない。

 自然に、京一、醍醐、小蒔の目がアン子に向けられた。

「な、何よッ、その目は…!」

 一同が何を言いたいのか悟ったアン子が一歩後ずさりする。

「ここはやっぱ、お前にしか頼めねェよな」

「いつも済まんが、遠野、ここは一つ…」

「アン子〜、お願いッ!」

 京一は頭を掻き、醍醐は頭を下げ、小蒔は両手で拝み、しかし――

「ずうえッッッッッッたいイヤ!!」

 いつもいつも、事件に際しては現場から遠ざけられているアン子である。【力】がないのは本人も承知しているのだが、やはり彼らが命懸けの闘いに赴くのを指をくわえて見送り、【無事に戻ってこい】と祈る事しかできない自分に腹を立てているのだ。そしてどうやら天野は頼りにされている上、同行もするようだ。この小さなマリィさえも。それなのに自分だけがまたも取り残されるという事実に、アン子も我慢できなくなったのだ。

 しかし――

「アン子、時計合わせ。――三、二…」

「え!? ちょ、ちょっと!」

 唐突な龍麻の言葉に慌てて時計を探るアン子。タッチの差で時計を合わせる事に成功する彼女に、龍麻は小さなキーを渡した。

「お前に任務を与える。――これから桜ヶ丘に行き、舞子と接触。このキーで通信システムを立ち上げ、【コード777】を発令しろ」

「え? えええ!?」

 何がなんだか解らぬアン子に、龍麻は続けて言った。

「これより鬼道衆との最終決戦に臨む。だが葵が敵の手の内に落ちた以上、のんびり集合を待ってから出発などしてられん。我々は一足先に現地に赴き、前線基地の安全を確保する。お前は【コード777】発令後、舞子と前線基地まで来い。お前には、我々の通信を中継し、この戦いをモニターして欲しい。我々の戦いを後世に伝えんが為に」

「龍麻…!」

 それはつまり、アン子にも後方支援ながら戦闘に参加させるという事か!? 

「お前ならどんな事態にも惑わされず、正確な情報を記録し、伝える事ができると確信する。今回の作戦では我々の連携が何より重要だ。――アン子が頼りだ」

 今のアン子にとって、これ以上ない最大級の殺し文句だった。無償で貴重な情報を与えてくれる天野とは異なるものの、龍麻もアン子の行動力と情報収集力は認めていたのである。そして、自分には闘う力がないとアン子が悩んでいる事も、ちゃんと見抜いていたのだ。

「…解った。美里ちゃんを絶対に救い出してよね! 祝勝会の準備もしておくから!」

「アン子の働きに、期待する」

 ピシ! と敬礼する龍麻。アン子もやや目を潤ませながらも、敬礼を返す。そして、天野に一礼してから一同に背を向けて走り出した。

(絶対に負けないでよ! しっかりバックアップするから!)

 彼らを案じる心と自分が認められた嬉しさで視界がぼやけるアン子であったが、龍麻が口にしなかった事〜自分達の戦闘をモニターするのは万が一の保険である〜にも気付いてしまったので、溢れる涙を必死で我慢しながら桜ヶ丘に向かって全力で走った。

 その姿が見えなくなってから、京一が言う。

「なあ、ひーちゃん。別にひーちゃんの判断を疑う訳じゃねェんだが…アン子で大丈夫か?」

「問題ない」

 即答する龍麻。それでも京一たちが顔を見合わせるので、天野も口添えする。

「大丈夫よ。彼女、凄いやる気じゃない。あれくらいの情熱があれば普段はできないような事でもやってのけるわよ。そうでしょ? 龍麻君」

「肯定です」

「よし! 私も精一杯協力させてもらうわ。――行きましょう。【裏】の世田谷の入り口へ」







 世田谷区、等々力不動――

 首都東京の一角であるという事が信じられないほど豊かな自然の中に、それはあった。あと一月もすれば色とりどりに紅葉するであろう豊富な木々。耳に心地よいせせらぎの音。そこは正しく、大都会という砂漠にあるオアシスであった。

 しかし、本来ならば心清められ、真に安らげる筈のそこには、今は凶悪な悪意が渦巻いていた。

 そこで葵は、一人の男と対峙していた。

「――待ってたぜ」

 不動の本堂が、会見の場であった。長い髪を無造作に束ね、刀を携帯している男。彼こそ鬼道衆頭目、九角天童であった。

「よく、俺の申し出を受ける決心が付いたな」

 それには応えず、葵は目の前の男を静かに見つめる。実物を前にして、葵はまだ信じられなかった。自分がここにいる事。この男こそ、数々の事件を起こしてきたという事。そしてこの男が――まだ高校生であるという事が。

「まあ、ゆっくりしな。――っと、挨拶がまだだったな。俺が九角天童、鬼道衆の頭目だ」

「…これで、他の人たちに手を出さないでくれるんですか? 本当に、これで…」

「あァ、約束しよう。他の連中には手を出さねェ」

 葵が置き手紙を残し、病院を抜け出した理由がこれであった。

 昨夜、仲間たちがすべて帰宅した後、この男が自ら桜ヶ丘にいる葵の病室に訪問してきたのである。そして、告げたのだ。

 ――俺の所に来れば、仲間は殺さないでおいてやる――

 この男の言葉は絶対的な恐怖だった。悪霊や悪意ある者たちなどに対して並々ならぬ効力を発揮する桜ヶ丘の結界を、この男は易々と破って侵入してきたのだ。それは、この男がその気になれば龍麻が仲間たちの家に施した結界などものの数ではないという事になる。「手土産に仲間の首をいくつか持ってきてやろうか?」というとてつもない脅し文句も、決してハッタリではなかった。

「はっはっは。――そんな顔するな。美人が台無しだぜ」

 からかうように言われ、今までの事件の記憶が一気に頭を過ぎる。犠牲になった人々の事を思えば、いかに葵といえど表情が険しくなるのを押さえられなかった。

「貴方は…なぜこんな事をするの? 罪もない人を大勢巻き込んで…」

 一瞬、何を言われたのか理解不能、という怪訝な顔をした九角は、見る者をぞっとさせるような含み笑いを洩らした。

「クックック…罪もない? 罪がないだと…?」

 さもおかしそうに、九角は喉を鳴らした。

「【菩薩眼】ともあろうものが、聞こえないのか? この東京に眠る、亡霊どもの怨嗟えんさの叫びが。…不実の内に殺された者たちの魂の慟哭が。…俺には聞こえるのさ。――憎め――壊せ――復讐しろ――この東京を滅ぼせ――。くくく、程よく気が狂いそうだぜ」

「…ッッ!」

「そもそも…正義ってのは何だ? 一体何を以って正義と呼び、悪と呼ぶ? ――俺は知ってるぜ。そいつを決めるのは神でも仏でもない。真っ先に仕留めて、生き残った奴こそ正義なのさ」

 皮肉と嫌悪をたっぷりと含んだ口調ながら、葵はその中にどこか寂しげな響きが含まれている事を感じ取った。そして同時に、その態度が自分の近くにいる人物と非常に良く似ている事も。

「…そうやって歴史は作られる。どこも変わりはねェ。人がそこにいれば、そこでは戦争が起きている。そこに生きている奴は、勝者の正義の名のもとに群がっているのさ。アフガン、アフリカ、南アジア、中東…どこでも同じさ。そしてこの東京では、俺が勝者となる。その為には――」

 空気すら揺らさず、九角が立ち上がる。気付いた時には、彼は葵の前に立っていた。

「――お前の力が必要なのさ。お前の【菩薩眼】の力がな」

「近寄らないで!」

 弾かれたように九角から身を放す葵。その瞳が薄く黄金色の光を吹き、彼女は右手を掲げる。元より、ここに来たのはそれが目的であったのだ。

「ふん…。【力】を使うか? いいぜ。やってみな」

 葵の攻撃的な【気】に髪を揺らしながら、九角は余裕の表情である。彼は片手を上げ、指で彼女を挑発するように手招いた。

「最初からそのつもりだったんだろう? お前たちと違って、俺は【陰】の気が強い。そいつを使えば確実に仕留められるぜ。さあ、東京を救ってみろ。俺を、殺せ。今までの、俺の部下のように」

「…ッッ!」

 あれは違う…! あれは禁断の実験から創り出した歪んだ生命体。鬼道衆忍軍は人間ではない。人を…殺したんじゃない…!

 しかし、目の前にいるのは紛れもない人間であった。【陰】の気に魅入られた人間…。葵の脳裏に比良坂紗夜が、唐栖が、凶津が、水岐が、佐久間が次々に浮かぶ。

(私が…人を殺す…?)

 この男を倒せば全てが終る。これ以上、誰も傷付かずに済む。それが解っていながら、一度覚えた戦慄は、術を不発させるに充分であった。攻撃の為の【気】が雲散霧消してしまう。慌ててもう一度【気】を解放しようとしても、それは叶わなかった。彼女の本能的な部分が人を殺す恐怖を覚えてしまった今、攻撃的な【気】を収束する事を彼女の身体自身が拒んでいるのである。

「…やっぱりな。それがお前の限界さ。何でもかんでも、ナンバー9に頼り過ぎだぜ。まあ、あの甘ちゃんが悪いんだろうがな」

「…龍麻を知っているの?」

 九角がそれ以上近付かず背を向けたので、葵はやや震えながらも声を絞り出した。

「ああ。お前たち以上にな。何せ俺は、奴の【隊長プラトーン・リーダー】だからよ」

「――ッッ!!」

 思わず気が遠くなるほどの衝撃! 嘘だと否定したくとも、今の葵には解ってしまう。九角が真実を言っていると。

「ふふん…信じられねェか? 無理もねェ。自分が付いてきた指揮官が、実は敵の親玉の部下だったなんてなァ」

 冗談めかして言いつつも、九角は左腕の袖を捲り上げた。

「……ッッ!!」

 否定しようのない現実。九角の左腕に刻まれていたのは、龍麻のものと寸分違わぬ、殺戮妖精の刺青。ただ一つ違うのは、その下に刻まれた番号のみだ。

「…元アメリカ陸軍対特殊テロ実験部隊レッドキャップス隊長、ナンバー0(ゼロ)。…それが俺の、もう一つの名だ」

「そんな…そんな事って…!」

 龍麻は口にこそ出さないが、全滅させられた仲間の事を今でも引きずっている。自分達はまだ、その苦しみを理解する事などできない。従って、その心の傷を癒してやる事もできないでいるのだ。

 それなのに、この九角天童がレッドキャップスの生き残りだとは…! そしてあろう事か、敵同士となっているとは…!

「もう一つおまけしてやるよ。俺と奴は赤子の頃から一緒だった。奴の渾名、【ひーちゃん】は俺が最初に呼んだのさ。ククク…まさかそんな餓鬼の頃の渾名を今になって使うとは思ってもみなかったぜ」

「……」

 葵は絶句し、反論も詰問もできない。

「奴の父親は俺の叔母、九角迦代と駆け落ち――そんな良いもんじゃねェ――九角家から迦代を強奪したのさ。迦代を溺愛しつつも政治的に利用しようとし、屋敷の中に閉じ込めているような俺の祖父…あのクソジジイをぶちのめしてな。そう――俺とあいつは従兄弟って訳だ」

 九角は歯を剥き出し、自嘲気味に笑った。

「お笑い種だろ? 血も繋がっている幼馴染が、今じゃ敵同士だぜ。――生まれてすぐに両親が死んじまった奴は、廻りまわって俺の所に来た。しかしクソジジイにとっちゃ、手ごろな鬱憤晴らしが手に入っただけの事さ。あの外道は俺にくだらねェ先祖の恨みつらみを叩き込む一方で、娘を奪った男の息子である龍麻を虐待して悦に入ってやがった。――あんな奴の血を引いているかと思うと反吐が出るぜ。ジジイの思惑のままにレッドキャップスに入隊した時には、まさか龍麻が標的部隊にいて、後に俺の部下になるとは思わなかったがな」

 壁に背を凭せ掛けながら、葵は喉に絡む声を吐き出した。

「…それが本当なら…なぜ闘うの…? 龍麻は…今でも仲間を想って苦しんでいるのに…」

「それが甘ちゃんだって言うんだよ」

 それだけ彼と関わりを持ちながら、それを鼻先で笑い飛ばす九角。

「奴だって敵が俺だって事に気付いた筈だ。昨日は俺の姿も見せてやった。それなのに奴は引き金を引かなかった。なぜだ? 対テロ特殊実験部隊レッドキャップスともあろうものが、敵を前にして引き金を引けなかったんだぜ」

「そ、それは龍麻が、人間だから…! あなたが…仲間だから…!」

「くだらねェ」

 九角は一言で切り捨てた。

「昨日は味方でも今日は敵。それが【俺達】の宿命だ。そんな事じゃ、この先生き残ってなんか行けないぜ。――せめてもの情けだ。奴がここに来たら、俺の手で殺してやるぜ」

「わ、私が来れば手は出さないって…!」

「ああ、言ったさ。だが、こちらからは手を出さねェと言ったんだ。奴が自分で攻めて来る分には、その限りじゃねェ。それともお前も、自分がぶっ殺すのは良くても、相手の反抗は許さねェってクチか?」

「…!」

「…奴は来る」

 九角は唇を吊り上げて笑った。

「どれほど否定しようが、奴はレッドキャップス・ナンバー9だ。テロリストを見つけ出し、殲滅する。戦争を起こす者を探し出して殺す。――【索敵と殲滅サーチ・アンド・デストロイ】――それは奴の存在意義であり、生きて行く理由だ。必ず俺を殺しに、殺されにやって来る。それが俺と奴との間に結ばれた、闘争の契約だ」

 そう言って九角は笑う。酷く邪悪な笑い声なのに、寂しさや哀しみの片鱗が窺える笑いであった。それも、今の葵にしか解らないほどに微かなものであったが。

 その時、誰もいないと思っていた社の一角から声が聞こえた。

「…機嫌が良いようだな、少佐」

 九角の笑いが一転、不機嫌そのものになる。

「…何の用だ?」

 薄い殺気さえ孕んだ声が向けられた先に、一人の中年男性が立っていた。

(…何? この人は…?)

 良く見るまでもなく、どこにでもいそうな外人ビジネスマン風。グレーの背広もごくありふれた中級品だし、紺に深緑のストライプが入ったネクタイも平凡だ。

 しかし、葵の目はその男の本質を鋭く見抜いていた。男の手にはどす黒い血が、どれほど洗っても落ちそうにないほどにこびり付き、吐く息には硝煙すら混じっていそうだ。何よりも挙措にまったく隙がなく、男を中心に冷たい空気の結界が張られているかのようである。【力】は…持っていない!? 

 だが――この男は人殺しだ。龍麻とも、九角とも異なる、自分の為だけに人を殺す殺し屋だ。

「いきなりご挨拶だな。首尾良く【菩薩眼】を手に入れた割には」

「…そうやってコソコソ聞き耳を立てているのが気にいらねェのさ」

 まるで親の仇でも見るような九角の目つき。ここに自由に出入りする所から見ると仲間らしいが、九角はこの男を良くは思っていないらしい。しかも――男の背後に控えていた黒服がさっと近付き、九角の手から刀を取り上げる。

「勘違いしてもらっては困るな。確かに君は実行部隊のリーダーかも知れんが、スポンサーは我々だ。【菩薩眼】を手に入れる為に、今までどれだけの資金をつぎ込んだと思っているのかね? しかも【菩薩眼】を手に入れた事を報告もしないとは、反逆行為と取られても仕方ないがね?」

「チッ…」

 九角は舌打ちしてそっぽを向いた。するとこの九角は、敵のボスではないというのか? 

 そんな九角を冷ややかに見下ろし、次いで男は葵に視線を移した。

「【これ】が【菩薩眼】の娘かね?」

「…ッッ!」

 いきなり、人を【モノ】扱いするような言葉に、葵の顔が険しくなった。

「見た所そこらにいる小娘と変わらんようだが、確かなのかね?」

「あァ、間違いねェ。その女が【菩薩眼】の持ち主だ」

 ふうむ、と顎に手をやり、葵を上から下までじろじろと眺める男。その視線は、先のジル・ローゼスと同じ、【標本】を見る目つきだった。

「…あなたが本当の黒幕なのですか…? 一体何の目的でこんな真似を…きゃっ!」

 詰問しようとした葵の頬に、初動すら気付かせず男の平手打ちが飛んだ。葵は床に倒れ、みるみる腫れ上がる頬を押さえる。一瞬、九角の手が動いたが、彼は何もしなかった。

「…まったく、誰が質問を許した? これだから東洋の劣等人種というのは扱いにくい。――良いか、それ以上痛い目を見たくなかったら私の命令に従え。喋るなと言ったら喋るな。息を吸うなと言ったら息も吸うな。判ったか?」

 ジロリ、と威圧する男。声を荒らげずとも、腹腔では暴力への渇望が渦巻いているようだ。恐らく葵がどう答えようとも、何がしかの暴力行為に出る事は確実であった。しかし・・・

「フン…テメエだって元は移民だろ?」

「三代前はな。しかし今は国の行く末を愁うアメリカ国民の一人だよ」

「国の未来と来たか…CIAの非合法工作員イリーガルが吐く台詞じゃねェな」

 CIA…? 

 痛む頬を押さえつつ、葵は驚愕する。

 CIA…アメリカ中央情報局。なぜそこの局員がここに? まさか一連の事件の黒幕は、国家機関の…。

「…お前の推測通りだぜ。美里葵」

 葵の考えを見透かしたかのように、九角が言った。

「俺も【鬼道衆】も、こいつらの手先さ。アメリカ中央情報局、非合法工作員のドイル・アンダーソン中佐。日本軍事大国化計画の実行隊長のな」

 ゾクリ! と葵の背筋を戦慄が走り抜けた。

 日本軍事大国化計画――いささか時代錯誤的だが、なんと不穏当な響きを持つ言葉だろう。あの決定的な敗戦以降、およそ軍と名の付くものを否定――と言うよりは嫌悪することで発展してきた日本を、再び軍事国家に戻そうとでも言うのか? そんな事はありえない――とは、残念ながら葵には否定できなかった。年を追うごとに激増する青少年犯罪。政治家の汚職。社会全体に蔓延する倦怠感と、厭世観。――世界が滅びてしまえばいいと考えている者のなんと多い事か。そのストレスはたやすく暴力という形に変じ、犯罪が行われる。だがそのような者たちを、国家の名において公然と暴力が行える組織に組み入れたらどうなるだろう? 高潔な理想も信念もなく、ただ暴力のみを求められて集められた者たちで編成される軍隊。通常ならありえないそれを、今の日本なら創れる可能性があるのだ。自ら考える事を放棄し、流行と風潮に従う事が正義だと考える、【自分】を見失っている者が増え続けている今の日本ならば。

 葵の【菩薩眼】は、言葉の示す意からそこまで見抜いたのだが、そのメリットまでは見抜けなかった。脳裏に浮かぶイメージはあるのだが、その意味するところを理解できないのだ。

「ほう、さすがは【菩薩眼】。どうやら計画を見抜けたようだな」

「…いいえ、判らないわ。そんな事をして、一体何になるって言うの?」

 アンダーソンは、恐らくもう一度葵を殴ろうとしたに違いない。白人至上主義者にとって、人類の六〇パーセント以上を占める有色人種は憎悪と軽蔑の対象でしかないのだ。

 しかし今度は、九角が止める。

「よせよ、ケチくせェ暴力をふるうのは。――この女も【力】があるんだぜ。この女がキレたら俺たちだけじゃねェ、ここいら一体が丸ごと吹き飛ばされるぜ。嘉手納基地の二の舞になりてェのか?」

 いくらなんでも、葵にはそこまでオーバーな【力】はない。しかしアンダーソンはふんと鼻を鳴らし、手を引っ込めた。暴力と権力の尖兵である彼も、やはり異質な【力】に対する若干の恐れはあるのだろう。

「まあ、お前も知っていた方が良いだろうぜ。現代の正義って奴が、どんなものかな」

「現代の…正義?」

 正義…九角の口から出た途端に、朝露のごとく頼りなくなる言葉。正義には現代も古代もない筈なのに、この男は一体何を言おうとしているのか!? そもそも先ほど言っていたではないか。【真っ先に仕留めて、生き残った奴が正義】だと。

「そうさ。【正義】のもう一つの定義。それは、【悪】の存在だ」

「……!」

 九角の言葉が、葵の脳裏にその意味合いをフラッシュバックさせる。森羅万象、二極一対。陰と陽、男と女、そして、正義と悪。そこから導き出されるものは――

「…鬼道衆を使って、日本を世界に対する【悪】とするつもりなのッ!?」

 にやりと笑う九角は、さすがに驚いた表情をするアンダーソンを皮肉な目で見やった。

「…ソ連崩壊の後、世界に対する強大な脅威はいなくなった」

 ほんの一言二言の単語から次々に真実を導き出され、ようやく葵の能力を認めたのか、アンダーソンが重い口を開く。

「ソ連邦の解体により、東西冷戦は終結。下らん勘違いからベルリンの壁も取り壊され、世界は平和に向けて一歩前進。だが、それでは困る者たちもいるのだよ。全世界が軍縮の道を辿れば、国のために命を投げ出すべく養成された兵士たちが職を失う。CIAでも予算削減。真っ先にリストラされるのは、我々のような非合法工作員なのだ」

「……」

「しかし、軍事力を否定し、平和のみを唱える国が堕落の一途を辿るのは、この日本を見れば明白。そのため我々は、【日本軍事大国化計画】を打ち出した。化けの皮が剥がれたソ連に代わる、世界に対する脅威とするために。――もっとも、現状では経済力はまだしも、軍事力においては問題外もいいところで、自国の存続すら否定するマゾヒズムに汚染されているがね。しかしここに人体強化術である【外法】が加われば、決して夢物語ではなくなる。そう、我々の理想とする【強大な敵】が一夜にして出来上がるのだよ」

 葵にはアンダーソンの言う事が少しも理解できない。平和を否定し、敵を作り出すことに何の意味があるのか? わざわざ敵を作ってまで、正義を名乗る事にどんな意味があるのか!? 

「お嬢様には難しい話だったな。要するに、戦争は金になるって事だ」

「!!」

 ニヤニヤ笑いながら、九角が言葉を継ぐ。

「【敵】がいなけりゃ戦争はできねェだろ? あのくそったれベトナム戦争で、東西冷戦の間に行われた軍拡競争で、どれだけの軍事産業が大儲けしたか解るか? その片割れであるソ連が崩壊しちまった今、それら軍産複合体が生き残る為には十五年に一度は戦争をやらかす必要があるのさ。湾岸戦争はいい飯の種になったようだが、一方では中古兵器の在庫一掃セールみてェなもんだった。簡単に言えば、あの程度の戦争じゃ儲からねェって事だ」

「そんな…! 戦争なのよ! 何人死んだと思ってるのッ!!」

 思わず激昂する葵であったが、この男たちは皮肉に笑うだけであった。

「人的損失など、毒にも薬にもならんのだよ。あの国の英雄気取りを生かしておいたのは、あの程度の男でも少しは役に立つと思ったからだが、十年経っても大した脅威とはならなかった。我々には新たな脅威が必要なのだよ。強大で凶悪で、全世界と敵対し合えるような敵がね」

「それが…日本だって言うの…!」

「世界を知らぬから、そのような甘い事を言えるのだよ。かの大戦で日本軍が行った事を思えば、そのような言葉が出る筈もない。中国、アジア、南方諸島の国々はどうかね? 湾岸戦争での【金は出すが血は出さない】という態度は? 中東問題に介入せぬままに石油のみを買う姿勢は? 個人レベルでは、強力なジャパンマネーでブランド品を買い漁る観光客のあさましさはどうだね? 政治家の不正を野放しにしておく国民性は? 難民の受け入れを拒否する冷酷さは? ――世界を見回せば、日本は憎悪の対象でしかありえないのだよ。何より愚かしい事は、国民そのものがその事実を知ろうともせず、知っても敢えて無視している。そのくせ、自己憐憫と自己正当化だけは一人前。ふふ、嫌われて当然の国だな」

 こういう言い方をされれば、優等生である葵には否応なしに理解できる。そして、否定する事もできない。政治家の不正をチェックする機能は甘すぎるにも程があるし、アジア諸国に対する国際問題も面倒だとばかりに先送りし、時には国家元首自らが己の人気取りの為だけに国民の血税を景気良くばら撒き、自国民を犯罪者呼ばわりまでする。その癖難民の受け入れに至っては諸外国にしてみれば言語道断のレベルに達している。

「だが、そんな国だからこそ利用価値がある。民主主義の体裁を整えながら、国民の精神の根底にあるのは多数派が常に正しいという全体主義。自浄作用を持たぬ潜在的独裁主義だ。単純に国のトップが声高に軍国主義を唱えたならば反発もしようが、テレビで賛同者がさも多いように見せれば自然にそれが正しいと思い込む。まったく哀れな無思考人種だな。己の意思よりも、マスコミの言う事を鵜呑みにするしかないのだから。たとえ侵略されようとも、戦争をするくらいなら奴隷になる方を選ぶなどと言う者が存在でき、しかもテレビで偉そうにそんな自殺願望を語れるなど、私も目と耳を疑ったよ。そして、多くの若者たちが持つ、修行や訓練とは無縁の幼稚な超人願望。それら全てが組み合わされば、日本が国のありようを変えるのは非常にたやすい事なのだよ。そう…お前達の【力】だ」

「…!!」

 それは、龍麻が常に言っていた事であった。【力】を他人に気取られるなと。【力】の事が暴かれれば、自分達はこの地球上に居場所をなくすと。それはなぜか? ――その【力】を欲する者が現れるからだ。

「無思考の国民に【鬼道衆】の力を見せ、その【力】を自分達も手軽に身に付ける事ができると宣伝すれば、この国の若者は我先に飛び付くだろう。【力】こそが正義となれば、大人達も黙ってはいられん。国民全てに【力】が行き渡るまでさほど時間はかかるまい。そして、最大の【力】を有する者をトップに頂けば、全ての国民がその者の膝下に跪くだろう。何が正しいか、考えるまでもなく。たとえそれが、鬼道衆であったとしても」

「そんな事…!」

「ないと言い切れるかね? 勿論我々もその点は考えてあるとも。今回はたまたまお前達の【力】の存在が発覚したから、こちらの計画に比重を傾けただけの事。当初はテレビ放送をデジタル化してサブリミナル信号を流す予定だったが、こちらは金も時間もかかる。だがお前に人心掌握の【力】を発見させれば、すぐにでもテレビ電波を通じて、金も手間もかける事なく一億の国民全てを兵士とする事が可能となる」

「な…んですって…!」

「いかに軍事力に劣っていても、一億総軍人となればその力は侮れん。ましてその中に特異な【力】を有する者がいるとなれば、どの国も人道も倫理もかなぐり捨てて軍拡になだれ込む。世界最大の脅威が我々の操り人形であるとも知らずにな。くく、仮想敵国ならぬ、理想敵国とでも言おうか。攻め込む国も、抹殺する人種も、全て我々の思うが侭。戦争を始めるのも終わらせるのも軍事力を提供する我々のシナリオ通りだ。そして最終的に、この増えすぎた世界人口を減らし、人類の優良種によってのみ世界を運営する。我々自身が【力】あるものとなってな。将来において劣等種が増えたなら、また殺せばいい。――人類の歴史は我々が握る。始めから終わりまで」

 へばりついたような薄笑いのままに語るCIA局員の、なんという毒に満ちた言葉であろうか。今まで戦ってきた相手――唐栖や水岐、あのジルさえをも凌ぐ、とてつもない妄想であった。しかし、これまでの敵と決定的に異なるのは、それが個人や小さなテロ組織レベルではなく、国家の枠組みさえ超えた多国籍軍事産業複合体がバックアップをしているという点だ。つまり、【力】を抜きにしてもそのくらいの事をやってのける…否、既に実行に移していた連中が相手なのである。

 金の為にそこまで醜くなれる者たちの代表に向けられた悪罵は、酷く通俗的なものしか出なかった。

「悪魔…! あなた達は人間じゃないわ…!」

「愛国者と言ってもらいたいね。あるいは、人類の守護者と。行き詰まりつつある人類の未来を護るために、不要なものを切り捨てる。――人類に対する愛なくしてはできぬ事だ」

「……ッ!」

 これが…葵は思った。これこそが、龍麻が闘ってきたものか。巨大な権力を後ろ盾に、自分達こそ神の代行者、否、神そのものであると、絶対の正義を振りかざすもの。戦争を管理し、人類の未来を閉ざし、まつろう者には奴隷の地位を、まつろわぬ者には容赦のない死を与える、究極的な金と権力の亡者達…!

「――したがって、我々に刃向かう者は全て、人類の存続を阻むテロリストとして認識する。我々に協力を拒む者もな。――連れて行け」

 オリーブドラブの制服を纏った屈強な男達が左右から葵の腕を取る。骨まできしむような力に葵は苦鳴を漏らし、しかし…

「うふ…プクッ…ククク…あははははははっ!」

「…?」

 突然、葵が笑い出し、九角もアンダーソンも眉根を寄せた。俯いているのでその表情は窺えないが、肩を震わせている様は泣いているようにも見えた。声に――奇妙に明るい響きがなければ。

「なんとも情けない。この程度の事で恐怖に狂ったのか? まったくこれだから平和ボケした日本人というのは…」

「テメーと一緒にすんな、糞アメ公」

「ッ!?」

 低い位置から這い上がってくる、吐き捨てるかのようでも明るい、張りのある声。九角とアンダーソンの眉が寄った。

「あーもうはらわた捩れるかと思ったわ。おひねりあげるからこのクソデクノボーに手ェ放せって言ってくださらない。脳筋オジサマ?」

「――ッッ!?」

 意外も意外。葵のような優等生タイプの口から出るとは思えぬ言葉に、九角も、アンダーソンも呆気に取られた。

「まぁ〜ったく、黙って聞いてればよくもまあ、今時お子様向け特撮の悪役でも言わねーような妄想を恥ずかしげもなくべらべらと。挙句に人類に対する愛とか人類の守護者とかって…ククッ。もう聞いてるこっちが恥ずかしいっつの…あはは! テメーらみたいな厚顔無恥のマニュアル君ごときに心配されなくたって、人類は立派にやっていけますって。テメエのケツも拭けねーカマ野郎が、腐れトレンディードラマの餓鬼みてーにつまんねー背伸びしてんじゃねーよ。まずはファースト・ガンダムを全話見て大人の階段登りなさいな。世界征服なんて野望を許されるのは、日本じゃ小学生までなんですよ。プククッ、あははははっ」

 およそ先程までの葵とは異なる、虫でも見るような視線と態度。蔑むような笑いは形が定まらず、伝法で粗暴な言葉も微妙に棒読みな上活舌も悪いので無理しているのが一目瞭然だが、その精神において、葵は本気で【それ】を言っていた。

「……なんとも下品な事だな。これでも日本女性の奥ゆかしさには敬意を払っていたのだがね。最近の小娘は目上の者に対する口の聞き方も知らんらしい。――ふん、所詮は東洋のサルか。おとなしく従えばそれなりの待遇をしようと思っていたんだがね」

「あらあら、ちょっと脅せばよよと泣き伏して言いなりになるか弱い乙女がオジサマの好み? それなんてエロゲです? テメーらみたいな変態三面記事野郎が好き勝手かます世の中じゃ、そーゆー女は絶滅危惧種ですって。――とっとと七〇年代にお帰りなさいな、 時代錯誤の白豚アナクロホワイトピッグ

 今度こそアンダーソンの顔が怒りに染まり、彼は葵の横面を思い切り張った。マーシャルアーツで鍛えた手は空恐ろしい音を立て、折れた歯が床に飛び散った。――葵を押さえていた男の歯が!

「なッ――!?」

 何事が起こったのかと思う間もなく、脛に食い込む激痛! 否応なしに腰砕けになったアンダーソンの視界に、身長一九〇センチの屈強な兵士が空中で見事な円を描き、床に叩き付けられる様が映った。それをやった張本人は、頬を殴られて前のめりになった兵士の背中をひょいと転がり、アンダーソンに霞み打ち〜顔面への掌打を手がかりに小手返しと足払いの連撃を加える傍ら、やっと顔を上げた兵士の喉に、スカートが捲れるのも構わず真上にまで弾き出す爪先蹴り! 喉仏を潰され、崩れ落ちる兵士。そして――

「動かないで! 頭が吹っ飛びますよ!」

「〜〜〜ッッ!」

 腕をねじ上げられたアンダーソンの後頭部に、ゴリッと押し付けられる、冷たい鉄の感触! ――拳銃だ! まさかこんな少女が!?

「四連装のデリンジャーですけど、弾は三五七マグナムのフルチャージです。あなたのおめでたい頭の中身くらい簡単にぶちまけますよ。――あなたも動かないでください!」

 葵に一喝され、九角は苦笑を浮かべながら両手を軽く上げた。

「クッ、小娘が! こんな真似をしてただで済むと思ってるのか! 素人が拳銃を振り回したところで怪我するだけ――OUCH!」

 肩と肘と手首、更には指間接まで極めた手に僅かな力を加えてアンダーソンに悲鳴を上げさせ、葵は冷たい声で言った。

「誰に向かってモノを言ってるんです? ――【真神愚連隊ラフネックス】衛生班長、美里葵。元アメリカ陸軍特殊実験部隊【レッドキャップス】隊員、緋勇龍麻の訓練を受けた、ちょっとは【できる】素人ですのよ、中佐どの?」

「……ッッ!」

 口惜しいが、それは認めざるを得ない事実であった。最初に殴られたのは九角の言葉で葵が気弱になっていた為で、アンダーソンの妄想を聞くほどにつのった怒りが彼女を立ち直らせ、暴力を嫌う彼女をして身に付けた格闘術を存分に使用すると決意させてしまっていたのだ。おとなしくしていたのは聞きだせる限りの情報を吐き出させる為で、アンダーソンこそが馬鹿げた計画の中核であり、彼さえなんとかしてしまえば計画を大幅に後退させられると知り、反撃を開始したのである。――日本の女子高生が、CIAの非合法工作員を相手に。

「私を…どうするつもりだ?」

「さあ? どうせあなたは首の挿げ替えが利く、ただの人形でしょう? つい人質に取っちゃいましたけど、考えてみれば、あなた程度の小物が今聞いた以上の事を知っている筈ないですよね。釣り餌にしても喰い付き悪そうですし」

 妙にテンションが上がってしまい、自分でも驚くほど舌が廻る。龍麻仕込みの格闘技は存分に役立ったが、口の方もいつの間にか相当龍麻に感化(毒?)されているなあと、葵は奇妙に落ち着いた頭で考えた。もう一人、【正しい罵声の浴びせ方】を習った亜里沙の笑顔が浮かび、それも彼女に習ったやり方〜汚物を見るような気持ちで蔑みの視線を浴びせつつ、口の端だけ歪めた笑いをアンダーソンに見せ付ける。すると見事なほどに、アンダーソンの顔が屈辱に歪んだ。

「クッ…! ――ナンバー〇。こうなったのも君がこの小娘のボディチェックを怠ったからだぞ。何とかしたまえ!」

「――ムチャ言うな。アンタが人質じゃ手ェ出せねェよ。そもそもその女に火ィ点けたのはアンタだし、丸腰の俺になにを期待してるんだ?」

「…ナンバー〇に刀をやれ」

 黒服が先程取り上げた刀を差し出す。ニヤリと笑い、九角は刀を取った。

「――あらら、動くなと言った筈なのに、相当頭悪いみたいですね?」

 デリンジャーの銃口でアンダーソンの頭を小突く葵。しかしアンダーソンはそんな彼女をせせら笑った。

「ならば撃ったらどうかね? 今撃てないなら、この後も撃てないのではないのかね? ――そうとも。私は部品に過ぎない。私を殺しても、計画は必ず遂行される。君のやっている事は徒労に過ぎ――グワッ!」

 コキン! という軽い音と共に、しかしアンダーソンは右手首を外された激痛に硬直した。人体構造と梃子の原理、そしてツボの位置さえ知っていれば、大の男の肉体さえも女の身で壊し得る――それが武術だ。そして――

「徒労が――何ですって? 遠慮しないで続きをどうぞ。人類の守護者――のネジ一本さん?」

「〜〜〜〜ッッ!!」

「私、これでも怒ってるんですよ。あなた方の下らない妄想のせいでどれほどたくさんの人たちが苦しんだ事か。――と、建前は置いといて、私って素人ですから、あなたみたいなチンピラ一匹でもたかが弾丸一発で楽にしてやるつもりはないんですよ。口からクソを垂れる暇があったら、まずご自分の立場を弁えたらいかが?」

 バツン、という音が葵の手元で鳴るや、あろう事かアンダーソンのスラックスが膝頭までずり落ちた。

「なっ…!」

「あら意外。オジサマってブリーフ派でいらっしゃるのね」

「き、貴様ァッ!」

 獣じみた凶相で咆えたアンダーソンであったが、葵はその膝裏を蹴り込み、彼に膝を突かせた。国はおろか人類の命運をも動かすと豪語している大人が、単なる女子高生に手首を抜かれズボンを脱がされ膝を突かされる――これ以上の屈辱はあるまい。

「別にオジサマを裸に剥く趣味はありませんよ。卑しくもプロなら何をするか解っているでしょう? さっさと膝の上を縛ってくださいな。それが嫌なら手っ取り早く膝を撃ち抜きますけど、どうします?」

「〜〜〜〜っ!」

 かわいらしいカタツムリのカバーが付いたセロテープを放られ、アンダーソンの狂相が倍にも醜く歪み、しかしデリンジャーが停滞なく膝に向けられて、慌てて己の膝をセロテープで縛り上げた。

「聞き分け良いと長生きできますよね。――今まで他人にばかり汚い仕事をやらせてきたから、この程度の事を屈辱だって感じるんですよ。今度はあの人たちに下がるように言って下さいませんか? 勿論嫌なら――次は指あたりへし折りますけど」

 目を細く引き締めた葵の、なんと冷たい表情か。しかしアンダーソンが硬直したのに対し、九角は片手をひらひらと振った。

「――判った判った。判ったからその辺にしとけ、美里葵。今のお前なら本当にやれるだろうが、あまり無理はしないこった。見ていてちいっと痛々しいぜ」

「あなたも頭悪いですね。動くなと言っているのに聞くつもりありませんか?」

「そうは言っても、一応そいつは俺の上官なんでな。義理でも動いておかねェとこっちの首が危ねェんだよ」

「見損ないました。元レッドキャップスの小隊長ともあろう者が、こんな下らない連中の手下だなんて」

「はっはっは。俺もそう思うぜ。――まっ、これが浮世の辛ェところさ。【武士は食わねど高楊枝】――って訳にもいかねェんだよ」

 にこ、と葵の口元が綻んだ。呼応するように、九角の口元にも笑みが浮かぶ。

「ギャラを倍付けにしたら、味方になってくださる?」

「いやあ、そいつは駄目なんだな。こちとら腐っても軍人でな。最初の命令が優先するのさ」

「あら残念。でも、ちょっと見直しましたわよ」

「ありがとよ。ほっぺた緩むぜ」

 ――刹那、デリンジャーを九角に向ける葵であったが、二人を繋ぐ空間に光が走ったと感じた刹那、鋭く半身になりつつ下段の足払い一閃! 九角は踏み込んだ足を跳ね上げて衝撃を緩和したが、蹴りの威力不足は承知の上か、転進の勢いを利用した【掌打】を放つ葵。それもガードされた瞬間、葵の手は鉤手となって九角の手首を己の懐に引き込んだ。そこに大本命の前蹴りを放とうとして――アンダーソンを蹴飛ばして九角から距離を取った。

「――さすが【菩薩眼】。良い勘してやがる。マジで肝が冷えたぜ」

「光栄です。――やってくれますね」

 頬に一筋の汗を光らせつつ、葵はまっすぐ九角に向けていたデリンジャーを床に落とした。小さな野獣は床にぶつかり、始めからそうであったかのように二つに分かれた。――抜く手も見えぬ九角の居合の成果だ。だが――九角の頬にも切り傷が走っている。【霞み打ち】ではなく、五指を揃えた爪の先で九角の目を切り裂きに行ったのだ。

「何をしている! 早くその小娘を取り押さえんか!」

 アンダーソンが世にも情けない内股で下がりながら怒鳴るが、葵には彼を見る余裕はなかった。目の前の男は、己の上官ごと葵を斬り捨てに来たのである。もし一瞬でも身を退くのが遅れたら――確かにこの男は龍麻の上官〜レッドキャップスの一員だ。

 先程葵が倒したのとは別の兵士が動きかけたが、その前に朱塗りの鞘が差し出された。

「手出しをするんじゃねェ。この女を鍛えたのは腐ってもレッドキャップスだぜ。――前より太ったのかと思ったが、まさか腹に爆弾まで抱え込んで来るとはな」

「…失礼な人。でも、当たってます。プラスチック爆弾五キロに鉄釘の袋をいくつか――こんなあばら家くらい吹っ飛びますけど、試してみますか?」

「フン。お前も死ぬぜ。そういうのは勝利じゃないって、あいつに教わらなかったかい?」

「勿論教わってます。でも、この場の全員が死ねばあなた方の計画も一からやり直しでしょう? 勝ちではないかも知れませんけど、負けでもありませんわ。それにあなた方だって、口で言うほど国家に忠誠を尽くしていらっしゃるのかしら?」

 まだ先があったのかと思うほど醜く歪むアンダーソンの形相を横目に、手の中に起爆装置を握り込む葵。他にもいくつか用意があるものの、九角相手にはこれ以外の小細工など通用するまい。できればもう少し粘り、龍麻の攻撃に呼応したかったが、どうやら腹を括らねばならぬようだ。

「はっはっは。大した覚悟だ。度胸も良い。悲劇のヒロインぶったマゾ女だったら容赦しねェところだったんだが、なかなかどうして、良い女じゃねェか。――惚れたぜ、美里葵」

「あなたもね。こんな連中の手先でなければ、お友達から始めても良かったですけど。――さて、どうします?」

 ニヤ、と九角は笑った。八重歯が牙に見える凶暴な笑み。――勝利した者の笑み。

「そいつは俺の方が聞きたいぜ。お嬢さん」

「――ッッ!」

 しまった、と思うには遅すぎた。たとえ【菩薩眼】を持っていようとも、たとえ元特殊部隊の軍人に鍛えられていようとも、葵は一般人的発想から逃れきっていなかった。目の前の男が龍麻と同じレッドキャップスであり、その能力が龍麻を上回るなど信じたくないという想いが、彼女の目を曇らせた。

 ドサリ、と落ちるプラスチック爆弾と鉄釘。その後を追ってもう一丁のデリンジャーとナイフ、CSガスが床に転がった。更には真神のセーラー服とスカート、ストッキングすら床に垂れ下がった。

「――ヘェ、コイツは眼福だ。防弾仕様ってところが男泣かせだがな」

「――クッ!」

 何という腕の冴えか! 【菩薩眼】を有する葵にすら一回の斬撃としか見せず、九角の居合は彼女の全装備を奪っていたのであった。葵が身に付けているものはもはや防弾仕様のボディースーツのみで、それすらケプラー・アラミド繊維二重織り込みの布地が切り裂かれ、白い胸の谷間が覗いていた。羞恥と驚愕に赤面し、胸元を隠す葵。――そんな場合ではないと解っているのだが、今の葵は並の女子高生に戻ってしまっていた。九角の斬撃は、彼女の戦闘意欲をも斬って捨てたのであった。

 ――勝てない! 妄想狂のCIAならばいざ知らず、【現役】のレッドキャップスには!

「セミプロにしちゃ上出来だ。――俺の所に来な、美里葵。悪いようにはしねェ」

 す、と差し出される九角の手。冷たく、固く鍛え込まれた、龍麻と良く似た手。そして、その目の光も、また――。葵の目は吸引され――次の瞬間、彼女の肩にちくりと小さな痛みが走った。

(――しまった…筋弛緩剤…!)

 全身から急速に力が失われ、壁にもたれるようにして葵は床に崩れ落ちた。意識ははっきりしているが、指一本、瞳さえ動かせない。

「…東洋の劣等人種が…! ふざけた真似をしおって…!」

 顔中に怒りを滲ませながら立ち上がるアンダーソン。先程までの紳士ぶった仮面はすっかり剥がれ落ち、その品性に相応しい顔に戻ったようだ。

「何をしている! さっさと連れて行け! ――覚えていろ小娘…! データさえ取ればお前など用済みだ。たっぷり時間をかけて責め殺してくれる」

 口汚く罵るアンダーソンに応え、残った兵士達が葵に近付く。うつ伏せに倒れている彼女を爪先で仰向けに転がし、こんな女子高生が持っていたとは信じられぬ武器の数々を蹴り飛ばして排除する。

「――何を隠しているか解らん。手足を拘束したら裸に剥いて体表体内の隠し武器を調べろ。レッドキャップスには胃の中に青酸ガスを仕込んでいた実例がある」

 前半はまるっきりB級映画の悪役の台詞だが、アンダーソンの口調には微かに畏怖も混じっていた。たかが日本の女子高生を相手にしているのではなく、レッドキャップスの後継者とも言うべき女を相手にしているのだと認めざるを得なかったのだ。

「――待ちな」

 指一本動かせないまま、あらぬ事をされる恐怖に震えた葵の耳に、この場にぴたりと決まる九角の声が届いた。

「何だね、ナンバー〇。まだこの小娘が、何か小細工をしていると言うのかね?」

「まあな。それに俺はこれでもフェミニストだ。いい歳した大人がよってたかって手も足も出ねえ現役女子高生相手にお医者さんゴッコなんて真似するんじゃねェよ。余計な茶々を入れんなって怒る奴がどっかにいるかも知れねえが、女は優しく扱ってこそ漢ってモンだろ、オッサン」

「…オッサン? 誰の事だ、それは?」

「誰でも良いさ。だがその女に妙な真似をするなと言ってるんだよ、俺は」

「…妙な事を言うな、ナンバー〇。君の任務は【菩薩眼】を発見し、捕らえるだけだった筈だが? まさか、今更この娘が哀れになった訳でもあるまい。それとも淫心でも催したかね? それもあるまい。君は、何も感じない筈だからね」

「確かにな。だがその女、お前らにゃあ勿体ねェ。――俺が貰う」

 九角の言葉が終わらぬ内に、襖が、障子が、泥壁がぶち破られ、灰色を基調とした都市迷彩服と自動小銃で武装した男たちが飛び込んで来て彼に銃を突き付けた。

 動きを止めた九角に、アンダーソンは唇の端を吊り上げる。

「ナンバー〇。いや、九角天童。――我々を裏切るつもりかね?」

「――フン、気配どころか呼吸も心音もねェとは、例の処置をした連中かい? ――つまらねェ腹芸はよしな。そっちも最初からそのつもりだったんだろうが」

 九角の手から朱塗り鞘の刀が奪われる。――彼を狙う銃口は自動小銃…それも最新式のH&K・G36Kが一二丁、ベネリM3オートマチックショットガンが八丁――いかなる人間が無手を以ってこの包囲を打ち破れるか? ――破れる訳がない。しかもこの男達は瞬きもしていなければ、呼吸もしていない。九角の言が確かならば、心臓さえ脈打っていないのだ。――反撃のタイミングを窺うことさえできない。

「――まあ、その通りだね。【外法】を用いた複製兵士の製造ノウハウに、【神威】の頂点たる【菩薩眼】を獲得した今、鬼道衆の存在価値は事実上消滅した。それでも――君には失望したよ。私の言う通りにしていれば、もう少しばかり長生きできたものを」

「いい加減、飼い殺しはうんざりなんだよ。テメエじゃあるまいし、狗にゃなれねェ。まして、ブリーフ派のオッサンの手下なんてなァ願い下げだぜ。はっはっは」

 左右から喉元にショットガンの銃口を押し付けられてなお、九角の不遜な口調は崩れない。――当然だ。彼は鬼道衆頭目・九角天童。またの名を――レッドキャップス・ナンバー〇。

「その言葉は我々に対する宣戦布告と判断する。――その若さで死に急ぐか。君に相応しい死に場所も用意できていたのに残念だよ、ナンバー0。――殺せ」

 額に青筋を浮かべつつも、アンダーソンは息をするのと同じレベルの気安さでそう吐き捨てた。

 ショットガンを握った兵士の指に力が篭り――血飛沫が奔騰した。――包囲網を形成する兵士の内二人の頭部から!

 正に銃口が火を吹く一瞬、九角が転身しつつ両腕を広げ、銃口を逸らしたのだと理解した時、ショットガンの元の持ち主はその銃口が自分達の顔面を向いているのを知った。――梃子の原理で己の手からもぎ取られた銃が一回転し、九角の手が握ったのだと理解するよりも早く、OOB弾が顔面をぶち抜き、首から上を消滅させる。

 残る兵士の反応は迅速であった。常人を遥かに越えるスピードで射線を修正し、引き金を引く! だが九角はその反応を上回った。

 本来片手で扱うべきではないショットガンが九角の優美とさえ言える転身に合わせて旋回し、獲物に向かって轟然と火線を吐く。――新たに吹き飛ぶ兵士。火を吹くG36K。――九角の転身は止まらず、五・五六ミリ高速弾は何もない空間を貫き、跳ね上がったショットガンの銃口はそのまま新たな獲物を捉える。――ベネリM3の装弾数は四発…計八発の銃声は全て一続きに響き、OOB弾は全て兵士の頭を吹き飛ばした。

 残る兵士たちには、充分に狙いを付ける余裕があった。――否、あり過ぎた。

 ジャキン! と音を立てて九角の両袖口から黒い自動拳銃が飛び出す。――CZ85F…チェコスロバキアの誇る名銃CZ75の発展型、特殊部隊専用のフルオートマチックモデル。殺戮妖精を相手に狙いを付けるなどという行為こそ愚行――凶暴な笑みを浮かべた九角がキルゾーンから掻き消えた。

 G36Kの咆哮を、九ミリ弾の軽快なタップが迎え撃つ。

 四方から突き出される銃口が織り成す殺意の檻の中で、九角が両腕を大きく開き、時にクロスし、敵の銃身を捌きつつ――そこから三点射で吐き出される火線が兵士を貫き、撃ち飛ばす。九角の優美な転身が、仰臥が、屈伸が――兵士達の射線を尽く掻い潜り、確実なカウンターを加えていく。――発砲時の反動を力でねじ伏せ、銃ですら【手の延長】として操る、レッドキャップスのみが行使可能な近接射撃術、【システマ・G(Gun)】。

 綺麗――身動きできないながら、葵はそう思った。そう思わずにはいられなかった。飛び散る血と硝煙をバックに、轟音をリズムに繰り出される銃人一体のダンス。――生み出すものが【死】のみであったとしても、それは美しかった。殺人技術も極め尽くせば、それは芸術となるのであった。

「――どうやら、本気らしいね」

「――まあな。暇にしてた訳じゃねェ」

 余裕を残すアンダーソンの声に、挑戦的な中にも緊張の紗幕のかかった九角の声が重なる。――五秒とかけず殲滅した筈の兵士が立ち上がったのである。――消し飛ばされた頭部から、銃弾の空けた穴から、イソギンチャクの触手のようなものを伸ばして!

 投げ捨てたCZ85Fが床に落ちるよりも早く愛刀を拾い上げる九角。

 キン! と光が走った。

「――ッッ!!」

 男たちに奇怪な融合を果たしたG36Kが切断される。瞬き四分の一ほどの間を置いて、男達の首が宙を飛んだ。――文字通り目にも止まらぬ九角の居合い抜き。そして本来大木のごとくその場を動かざるをもって成される居合い抜きを、九角は前進と転身の最中に繰り出す。

 キン! ――更に閃く、九角の斬撃! 刺の生えた鞭のような触手の攻撃を巧みに潜り抜けつつ、一回転身する間に果たして何度斬ったものか、異形の兵士は全身をいくつもの肉塊に分断されて床に散らばったのである。――それでようやく完全に絶命し、しゅうしゅうと鼻を衝く匂いを放つ白煙を噴きつつ崩壊していった。――【システマ・B(Blade)】

「どんな傷を受けても一秒で再生する【使徒】――モドキか。なら一秒以内に切り飛ばしちまえば、ダメージは他の生物と変わらねェ。――れるぜ」

「――見事と褒めたくはないのだがね。未来を創る超人類だというのに」

「――違うね。ただの【使徒】モドキ。――出来損ないのバケモノさ」

 すう、とアンダーソンの口元が笑いを刻む。酷く陰鬱な、邪悪な笑み。

「旧人類に生き残る価値はない。――たった一人で何ができる?」

「フン、群れなきゃ何も出来ねェかい?」

 ――キン!

 九角の見えぬ居合! だが、次の瞬間にはアンダーソンの手から伸びたワルサーP99が九角のこめかみを捉えていた。目に映らぬ九角の斬撃をかわしたのみか、彼に匹敵するスピードで銃を抜いたこのアンダーソンも、ただの陰謀屋ではなかったのだ。その証拠に――見よ。ワルサーを握る彼の手は全長二メートル強に達しており、裂け上がった口から牙が伸び、顔がひび割れて鱗と化していく。彼も【使徒】だったのだ。

「全く残念な事だ。これでも元レッドキャップスには敬意を持っていたのだがね」

「なに言ってやがる。いつも俺を殺したくてウズウズしてたじゃねェか」

「当然だろう? 私は崩壊した今でもソ連が大嫌いだ。東側の匂いがするものを傍に置くなど冗談ではない。――君らの使う格闘術も日本のニンジャとスペツナズの技を融合させたもの。投与された薬物もプラハの薬草師が造ったもの。極め付けは、アラメニシアのイナディール人どもに味方した事だ。そして今もチェコ製の銃など振り回している。――殺すには充分すぎる理由だろう?」

「ケッ、人間を辞めても差別屋か」

 すう、と九角は葵に視線を向けた。

「――良く解っただろ? こういうのがいる限り、俺もあいつも戦争をやめられねェ。いや、やめる訳にはいかねェのさ」

 あいつ――龍麻の事だ。そこで葵はふと気付く。――この男、本当は龍麻と闘いたくないのでは…?

「おや? 君は正義の味方にでもなったつもりかね。我々こそが愛国者である以上、君は所詮、ちっぽけなテロリストに過ぎぬのだよ? 【自由の樹は愛国者と圧制者の血を交互に吸って大きくなる】――トーマス・ジェファーソンの言葉だよ」

「【愛国主義は邪悪なる者の好む美徳である】――オスカー・ワイルド」

「…戯れ言はそこまでだ。――終わりだよ」

 アンダーソンの指に力がこもり――

「あァ。――テメエがな」

 次の瞬間に起こった事を、葵には理解できなかった。アンダーソンの指が引き金を確実に引いたのを見届けたにも関わらず、それが行われたのは拳銃を握った手が床に落ちる途中であったのだ。当然、弾丸はまったく関係ない方向にすっ飛んで行った。

「なッ! なァァァァァッッ!!?」

 たとえ【使徒】であっても、実体を備えている彼らは一定以上のダメージを受ければ死に至る。切り落とされた肘の切断面からは血の一滴すら流れ出ず、しかしアンダーソンは悲鳴を上げた。あまりにも鋭く切り裂かれた故の不条理。しかし――いつ斬ったのか?

「やっと自分が死んでいる事に気付いたかい? ――俺を殺したきゃ問答無用でっときゃ良かったんだ。素人相手に遊ぶからそのザマだ。事務屋暮らしが長すぎたようだな」

 それは先程、アンダーソンが葵に返り討ちにされた事を指していた。すると九角は、あの瞬間にアンダーソンを斬ったのか?

「ひッ…ひィィィッッ!」

 今度は明確に居合いの構えを取る九角から、必死の形相で後ずさるアンダーソン。だが彼はすぐに壁に突き当たってしまう。【使徒】をも圧する九角の殺気がアンダーソンを骨がらみ縛り付けた。

「ま、待て! 話し合おう! き、君を助けたのは私じゃないか! 仲間に裏切られ、全滅の憂き目を見た君を救ったのはこの私じゃないか!」

「意外と往生際が悪いな。…まっ、そう言えばそうだったよな」

 驚くほどあっさりと、居合いの構えを解く九角。すっかり関心をなくした様子でアンダーソンに背を向ける。しかし――その瞬間にアンダーソンはカメレオンの如く伸びた舌で床に落ちていたヴェネリを拾い上げていた。

「――だが、もう遅ェわ」

 アンダーソンの笑いが凍り付く。銃を受け止めようと伸ばした左手が、銃もろともあらぬ方へと吹っ飛んでいく。その左肘もまた、既に切断されていたのであった。そして――アンダーソンの首を風が軽く叩いた。

「ひゅおォォォッッッ!」

 それがアンダーソンの、最後の息となった。首の部分にぱっくりともう一つ口が広がり、やがてそれは輪切りの断面を晒した。床に転げ落ちた頭は、最後の瞬間に刻んだ驚愕を張り付かせたままであった。

「さて…」

 遅れ馳せながら血飛沫を上げて倒れる死体には目もくれず、九角は葵に手を差し出した。

「――とぼけてねェでさっさと起きろよ、お姫さん。さもないとその色っぽいケツにキスするぜ?」

「クッ…!」

 やはり見抜かれている。葵は唇を噛み、身を起こした。その手には兵士の持っていたベレッタ92F! しかしそれはひょいと奪い取られ、代わりに青の長ランが乗せられた。

「な、なにを…!」

「良い眺めだが、それどころじゃねェんでな。――戦争の時間だ」

 九角が宣言するなり、本堂の外から凄まじいヘリの爆音が、それこそ何重にも重なって響いてきた。しかも、それに混じって聞こえるのは銃声…?

「一体…何が起こったというの…!?」

「お前を――【菩薩眼】を手に入れる為に、CIAが攻撃を開始したのさ。CIAだけじゃねェ。恐らく【シグマ】、MI6、モサド、中国第三課、その他諸々も遅れ馳せながらに動いているだろうよ」

「そんな…指揮官がいなくなったのに…!」

 ふふん、と九角は皮肉げに笑う。

「奴も所詮は捨て駒さ。【菩薩眼】の真の意味を知れば当然の事だがな。――菩薩とは仏教の開祖、仏陀釈尊の入滅後、広く衆生を救済する為に顕現する仏神だ。そして【菩薩眼】とは菩薩の心と霊験を現わしたものの証。大地が変革を求め乱れる時代の変わり目に【菩薩眼】は顕現し、その時代の棟梁となるべき者の傍らで衆生を救済するとされる。これが風水発祥の地、客家はっかで伝えられてきた【菩薩眼】の定義さ」

 九角は葵の手を引き、不動尊像の裏にある隠し扉から地下に降りた。するとどうだ? 等々力不動の地下にこんなものが? と思わせる、ユニット式の核シェルターが出現したではないか。

 驚く葵に構わず、九角は言葉を継ぐ。

「ところが、時の為政者達は【菩薩眼】という存在を歪んだ解釈で捉えた。即ち、【菩薩眼】が時代の棟梁を選ぶのではなく、【菩薩眼】を手に入れたものが天下を取るというようにな。――当然、【我こそ時代の覇者】と名乗る連中は【菩薩眼】を巡って戦乱を引き起こした。大地が乱れれば【菩薩眼】も現れる。そして江戸時代、俺の先祖もそのために徳川と闘い、滅んだ。実の娘である【菩薩眼】の娘を護る為にな」

「え…?」

「織田信長が擁護したキリシタンから【菩薩眼】の存在を知り、それを求めた事は豊臣秀吉も徳川家康も知っていた。信長亡き後、秀吉はキリシタンを弾圧する事で秘密を己だけのものにしようとしたが、運のない事に、【菩薩眼】は徳川に仕えていた九角家に現出した。しかし自分の娘が更なる戦乱を巻き起こす事を怖れた九角家は徳川からも豊臣からも娘を護ろうとした。しかし政権の基盤が弱かった徳川は【菩薩眼】という安易にして確実な【力】を手に入れる事を選び、九角家を急襲し、屋敷を焼き討ちにした。そうやって奪った【菩薩眼】の謂れは正しく、徳川は豊臣方の勢力を打ち滅ぼし、長き繁栄と発展を遂げたのだ」

「そんな…それじゃ…!」

「俺とお前は遠い先祖で繋がっている。共に生きる縁を持って産まれたと言って良いのさ。徳川は【菩薩眼】を己だけのものにする為に、その後の歴史に連なる一族を尽く飼い殺しにした。いつか、世が乱れた時に顕現する【菩薩眼】を即座に手中に収める為にな」

 絶句する葵に九角は、昔話はここまでだと言った。

「外にいる奴らは、その伝説を知って群がってきたのさ。【菩薩眼】は【龍脈】を視る事ができる。そして【菩薩眼】を護る為に、【力】に目覚める者たちが現れる。奴らはその秘密が欲しいのさ。死蝋とかいうイカレ野郎やあのクソ――ジルを野放しにしていたのもそのためだ。【神威】の家系である俺と龍麻…俺たちが【力】に目覚めた事で伝説が真実だと知った連中だ。普通なら百万年待っても目覚めっこねェ【ダゴン】や【盲目のもの】をちょいと引っ張り出して脅したが、お前らが奴らを倒しちまったんでてんで逆効果だったな。――おまけについ先日、【奴ら】の軍勢にIFAFの前線基地がいくつかぶっ潰されちまってる。この危機を打開し、世界の頂点に立つ事もできる切り札が【菩薩眼】となれば、奴らはここを戦場にしてでもお前を奪いに来るぜ。もっとも、最初からそのつもりで【ここ】の結界に穴を開けてやがったんだろうがな」

 その時、ズズン…! と重苦しい地響きがして、シェルターが小刻みに震えた。

「…始めやがった…。――良く見ておきな。これでお前も、戦争を知っている子供だぜ」







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