第伍話 夢妖 4





 
 《夢》という特殊な空間からの帰還。その瞬間こそ認識できないものの、漆黒の闇の一点に小さな光が生じ、それが爆発的に広がるや、見知った現実の中に龍麻はいた。

「…どうやら、戻れたようだな」

 龍麻は時計を確認した。そして少し首を傾げる。

 時計は一七三〇時を指している。夢の世界での闘いであったとは言え、眠りに付いてから十分しかたっていないのだ。夢の中で経過した時間は、やはり現実とシンクロしないようであった。

 《夢》をアン子が話題にした時、龍麻が挙げた《荘周》では、《蝶になった男》の話がある。いわゆる《夢見》学や心理学方面では有名な一節、「これは私が蝶になった夢を見たのだろうか、それとも蝶が私になった夢を見ているのだろうか、それを確かめる術はない」を残した物語だが、この主人公は僅か数分の眠りの中で、実に二七年にも及ぶ蝶としての人生を歩んだ事になっているのだ。

 左腕に濡れた感触。コートと上着を脱ぐと、そこは血で汚れていた。しかしその下の腕には傷はない。あるのは…昔の古傷だけであった。

「……」

 だが、龍麻にとっては目で見て、手で触れて、体験した事だけが現実だ。夢の中における時間概念も、現実世界に与えた影響も無視して、彼は周囲を見回した。

「うう…ん…」

「うお…ちちち…」

 ガスで眠らされていた仲間たちも次々に目を覚ます。藤咲たちが使用したのはクロロフォルムだったろうが、どうやら《力》を持つ者は薬品に対する抵抗力をも備えるようだ。

「エル…来てくれたんだね…」

 藤咲に抱き締められ、嬉しそうに尻尾を振っているのは一頭のボクサー犬であった。この犬の鳴き声が、夢の世界にまで届いたのだ。それはひとえに、このエルという犬が主人に寄せる信頼と愛情の証だろう。現にエルと向かい合う藤咲の顔は童女のように澄み切っている。

「あいつでもああいう顔をするんだな…」

 意外、という顔で京一がそんな呟きを洩らす。小蒔も醍醐も同意見のようだ。そして龍麻は、あっさりと言う。

「人間は簡単に裏切りもするが、動物は易々とは裏切らん。人間同士で信頼関係を築くのは並大抵の事ではないが、動物は善人か否かを鋭く見分ける事が可能だ」

 これが、藤咲を初っ端で射殺しようとした男の言うセリフか? 真神の三人は龍麻に対する認識が、また一つ不可解なものに変わったのを感じた。

「ところで、嵯峨野はどうした?」

 何気ない口調の中に何を見たのか、藤咲が苦しげな声で答える。

「…死んではいないわ。でも…もう目覚めないかもしれない…。麗司の心は、夢の世界に閉じこもってしまったから…」

「生きているならば良い。いつか目覚める」

 きっぱりと、自信に満ちた声で断言する龍麻に、藤咲が激昂した。

「あんたに何が判るってんだい! 麗司が、弘司がどれだけ苦しんだか知りもしないあんたに!」

「それは知らぬ。だが、彼は立ち向かう事を覚えた。必ず目覚め、自分の足で歩き始める事だろう」

 龍麻は下手な希望や憶測、同情などしない男だ。その龍麻が断言した以上、きっとそうなる事だろう。龍麻の言葉には、理屈抜きでそう信じさせてしまう力があった。そして、最後に嵯峨野が見せたあの笑顔。あれを見てしまった以上、必死で敵意を持続させようとする努力は徒労に過ぎなかった。

「後は、お前がどうするかだ。藤咲亜里沙」

「え!?」

「弘司というのはお前の身内か。自ら死を選んだのだな?」

 単刀直入な龍麻の物言いに、藤咲は再び怒りをたぎらせたが、この男が自分の想像を遥かに超える修羅場と哀しみを背負っている事を思い返し、ため息と共に語り出した。

「そうだよ…。あたしの弟さ…。たった一通の遺書を残して、このビルから飛び降りたのさ…」

 一度口を突いて出ると、後は堰を切ったように恨みつらみが藤咲の口からあふれ出た。

「遺書には《生きて行くのに疲れました。お姉ちゃんごめんなさい》って…。ふざけるんじゃないよ! たった十歳やそこらの子が、何でそんな事が言えるんだい! 生きる事よりも死を選ばせるなんて、どんな辛い目を見てた事か…! あたしは弟をいじめた奴らを一人一人探し出しては半殺しにしてやった。それだって、弘司の苦しみの万分の一にもあたりゃしないよ! どんなに痛い目を見たって、あいつらには泣きつく相手がいるんだからね!」

「…だから、嵯峨野を焚き付けたのか?」

「そうよ! 相手はちょっと力が強いだけで、徒党を組んでいるからって、弱い者をわざわざ見つけ出していじめるような屑どもじゃないか! そんな奴ら相手に手加減なんかする必要はない。やられた事は倍以上にして返してやればいい! 自分を殺すほどの勇気があるなら、それをいじめた相手にぶつけてやればいい! そうじゃないかっ!」

 肉親を理不尽な暴力…それも陰湿な苛めという手段で奪われた藤咲の憤りを、この場の誰もが一〇〇パーセント理解してやる事などできないと悟っていた。嵯峨野は藤咲に出会い、そして龍麻たちと闘った事で《勇気》の意味を知る事ができた。しかし藤咲の弟がそれを知る事は、もはや永遠に叶わないのである。そして藤咲自身、もっとも肝心な時に弟の力になれなかった自分を責める事しかできないのだ。

「…理不尽な行いに対する報復の倍返しには賛同する。だが、死ぬのに勇気など要らぬ」

 龍麻は藤咲の言葉を否定も肯定もしなかった。

「嵯峨野にも言った事だが、人を殺すのは《諦め》だ。歩く事を、生きる事を諦めた時、人は死ぬ。諦める事は、勇気とは関係ないのだ。お前の弟の不幸は、その意味を知りうる事ができなかったところにある」

「…知った風な事を言うんじゃないよ!」

 激発した藤咲は龍麻に平手打ちを見舞った。するとどうだろう。龍麻はそれをかわしもせずに受けたではないか。これには藤咲の方が驚いた。

「…残された者の哀しみ、憤りは、俺でも多少は推測できる」

 左肩を押さえ、龍麻は言った。その位置には、彼が失った仲間との絆、そして彼の誇り、レッドキャップスの紋章が刻まれている。

「だが、復讐は何も生み出さん。それはお前も判っている筈だ。相手を皆殺しにしたとて、最後に残るのは血に塗れた己の手だけだ。お前の弟は、姉の手が血に染まるのを望んでいるか?」

「ッッ!」

「…良く考えてみる事だ。死者の想いは、所詮生きている人間には推察できぬ。良かれと思ってした事が間違いであっても、確かめる術はないのだからな」

 それは慰めでも説教でもなかったが、全員の心に重く響いた。かつて最前線の兵士であった彼は、敵味方関係なく、生死の場面に何度も直面してきたのだ。死に行く者に願いを託された事も一度や二度ではあるまい。だが、それを果たそうと果たすまいと、死者はまさに《死人に口無し》であり、特殊な例外を除いて現実世界に影響を及ぼす事はできないのである。

 いや、そうでもなかった。

「あなたの〜後ろにいる子って〜、弟さんだったのね〜」

 突然高見沢が発した言葉に、藤咲の表情がさっと強張った。(醍醐も同様だが、とりあえず置いておく)

「もう逝くって〜。緋勇君たちにありがとうって言ってるよ〜。それから、あなたにはごめんねって、もう僕のために苦しまないでって言ってるよ〜」

「ふ、ふざけんじゃないよ! そう言えばあたしが改心するとでも思っているのかい!」

 およそ常識では図りきれない事だけに、高見沢の言葉は返って藤咲には反発を招く事になってしまったようだ。しかし怒りも露に高見沢に詰め寄ろうとする藤咲を、龍麻が押し留めた。

「落ち着け、藤咲。彼女は決していい加減な事を言っている訳ではない。黙って耳を澄ませてみろ」

「え…?」

 この言葉に、藤咲だけではなく、京一たちも耳を澄ませた。



 ――お姉ちゃん――お姉ちゃん――



「き、聞こえるぜ! 俺にも声が…!」

「ほ、ホントだ。ボクにも聞こえるよ。《お姉ちゃん》って…」



 ――お姉ちゃん…お姉ちゃん、ありがとう…――



「この声は…弘司!? で、でもどうしてあんたの声が…まさか!」

 驚愕の表情を浮かべる藤咲の顔に、青白い清浄な光が照らし出された。高見沢の全身が優しい光に包まれ、ふわふわの巻き毛が揺れる。

「あなたはかわいそうな人…」

 高見沢は、先ほどまでとはまったく異なる、優しさと威厳に満ちた声で語りかけた。

「自分を傷付ける事でしか、人を愛する事ができない。だから教えてあげる…。誰にも等しく愛が降り注いでいる事を…。私の《力》で――」

 ふわ、と一同の面貌に、圧力という形で高見沢の気が触れた。それは龍麻や京一、醍醐のような高圧的なそれではなく、誰をも優しく包む《癒し》の気であった。葵と同じく、しかし死者にさえ届くほどの。



 ――もうやめて…僕のために…苦しまないで…――



「弘司! 弘司なのッ!?」

 これが高見沢の真の《力》か。彼女の発する気は藤咲の前に集まり、青白く輝く小さな少年を形作った。その少年を見た途端、藤咲の目に涙があふれた。



 ――もうだれも恨まないで…ボクの分まで…幸せに…――



「弘司! あたし…あたしは…!」



 ――もう行かなくちゃ…大好きだよ…お姉ちゃん…バイバイ――



「ま、待って! まだ話したい事が――!」

 だが、その先は声にならず、藤咲は弟を抱き締めた。人肌とは明らかに違う、しかし優しい温もりに藤咲は声にならない嗚咽を洩らす。



 ――ゴメンね、お姉ちゃん…それから…ありがとう…――



「あ、あたしの方こそ…あり…ありがとう…」



 ――バイバイ――



 その言葉を伝えた直後、藤咲の腕の中で少年は無数のきらめきとなって宙へと散華した。同時に、気力が尽きた高見沢が龍麻の腕の中に倒れる。たった今まで確かに存在していたぬくもりを尚も抱き締めるように、藤咲は我が身を抱き締めて号泣した。人目もはばからず泣き崩れる藤咲に、誰も声をかけることはできなかった。

 代わりに、龍麻は小蒔と京一に向き直った。

「小蒔。桜ヶ丘に救急車を要請。嵯峨野の収容を頼め。京一、醍醐を回収しろ。任務完了。帰投する」

 龍麻対醍醐の勝負以来、またしても失神した醍醐の巨体を担ぐ羽目になった京一が悲鳴を上げたが、龍麻は我関せずとばかりに高見沢を抱いて速やかに部屋を退出していった。小蒔と京一も慌ててその後を追う。部屋の中には藤咲一人が残された。





 廃ビルの外に出ると、既に日はとっぷりと暮れていて、周囲には人影一つなかった。

 頼りない街灯の明かりを頼りに歩く一同には、しんみりと重苦しい沈黙が下りている。

「…今日は…大変な一日だったね。でもボク、結局誰が悪いのかよくわかんなくなっちゃった」

「難しいものだな。いろんな小さなすれ違いが、やがて取り返しがつかないほど大きくなって…。龍麻…お前ならそういう時はどうして来た?」

「…聞きたいのか?」

 珍しく、龍麻が言葉を濁す。醍醐はゆっくりと首を振った。あの《少佐》も《ナンバー14》も、龍麻の《仲間》だったのだ。彼らの間にどんな齟齬が生じ、敵対することになったのか? だが今は――聞くべき時ではない。

「済んでしまった事でくよくよ悩んでいてはいかんな。前を向いて進まねば。だからこそ、藤咲を一人で置いてきたのだろう?」

「そうなのか? ひーちゃん」

 龍麻はゆっくりと歩を運びながら頷いた。

「本来なら伝えられなかった言葉を伝えられたのだ。そして自分の行いと弟の望みは違っていた。後は、彼女次第だ。弟の望みは、姉が幸せになる事。あの性格では自分一人だけ…とは考えられまいが、弟の願いを託された今の彼女ならば、もう道を踏み外すまい。…ところで高見沢、もういいか?」

「え〜っ、もうちょっとこうしていたい〜」

 高見沢は駄々をこねたものの、龍麻が何事か考えているようなので、渋々ながら彼の腕の中から降りた。

「今回の一件、必ずしも無駄な事ばかりではなかった。制圧し、殲滅する事だけが闘いではない…か。お前たちも判ったのではないか。闘いの空しさが」

「空しいッつーか…ま、これで良かったのかって気はするけどな」

 軽い口調で言いつつ、京一はポケットの五百円玉に触れてみる。ここに出かけてくる直前、龍麻が見せた忍耐と殺意の凝縮した品だ。龍麻は仲間を傷付けられる事を恐れている。それは《仲間》を失い、《仲間》とも殺し合いをせねばならなかった彼の経験から来ているのだ。それを最後まで激発させずに済んだのは、ひとえにこの高見沢のおかげだろう。

「終り良ければ全て良しだ。過去に縛られてはいかん。忘れないだけでいい」

 その言葉に醍醐ははっとなったが、龍麻がウッズマンを取り出し、サイレンサーを外したそれを空に向けたのを見て沈黙した。



 ターン! …ターン! …ターン!



 元々廃ビルの密集している地域で、近くに民家はない。二二口径自動拳銃の発砲音なら、車のバックファイアーほどにも響かなかった。龍麻の行為が軍隊葬の儀礼である事を悟った三人は、龍麻が瞑目をやめるまでじっとしていた。

「待って――!」

「む…藤咲か?」

 おそらく銃声を聞き付けたのだろう。藤咲がこちらに向かって走ってくるのが見えた。今更隠す必要もないので、龍麻は消費した3発の22LRを弾倉に詰め直し、空薬莢を拾ってポケットに納めた。

「はあはあ…って…なんであんた、そんな物を持ってるの? いくら、元兵士だからって…」

「…それを聞きに来たのか?」

 藤咲の第一声に、さすがの龍麻も呆れた声を出す。

「だ、だって普通の高校生じゃないって事は知ってたけど、現実に拳銃を振り回しているなんて思いもしなかったから…」

「この世には答えのない秘密が多いのだ。それより、何の用だ? 別にガンの事を聞きに来た訳ではあるまい?」

「そ、それなんだけどさ…」

 藤咲は先程とは打って変わって、恥ずかしがり屋の少女のように頬を染めた。

「あ、あたしも、アンタたちの仲間に入れてくれない?」

「はあ?」

 思わず間抜けに問い返したのは京一、醍醐、小蒔の三人だ。龍麻だけが一人、平静を保っていた。

「理由を聞こうか」

「それは…その、アンタたちといると何か楽しそうだし、大きな借りもあるし、それに…罪も償わなくちゃならないし…。あたしの《力》も、アンタたちみたいに誰かの、何かのために役立てたい。それが今のあたしの想い。多分弘司も、それなら喜んでくれると思うんだ」

 藤咲は龍麻を真っ直ぐに見つめて言った。

 その目には、初めて出会った時のような濁りは既にない。考える時間が充分にあったとは思えないが、しかし藤咲は新たな生き方を見つけた。少なくとも、その片鱗は。――京一達が、元兵士という素顔を見せた龍麻に感じたものを、藤咲も感じ取ったのだろう。曰く、《この男に付いていけば、何かが見える》と。――この先どうなるか判らないが、自らの力で歩く事は喜ぶべき事だろう。

「…バイト代は出ないぞ。藤咲」

「は?」

「それがお前の決めた事ならば、俺は拒否しない。ただ、葵には一言謝っておけ。知らなかった事とは言え、命を危険に晒したのだからな」

「う…うん…。ごめんなさい」

「俺たちの分はもういい。後は葵にな。それと、もう一つ言っておくぞ」

 不意に龍麻の口調が厳しくなったので、藤咲のみならず、京一たちも緊張した。

「お前たちがやった事は、確かに罪かもしれない。だが、その罪の償いをしたいというのであれば、自分の命を捨てるような真似はするな。そして、不必要に悩む必要もない。非情な言い方だが、死んだ六人は《たかが夢》に脅えて死んだのだ。サム・ライミやジョン・カーペンターの映画を見てショック死したからといって、監督が責められる筋合いはないのだ。判るな?」

「う、うん」

「良かろう、藤咲亜里沙。歓迎するぞ」

 きっぱりした物言いと、敬礼。藤咲は自然に背筋が伸びるのを感じた。居丈高に言われれば反発して当然なのに、龍麻の言葉には反発など微塵も考えさせない信頼性抜群の響きがある。そして何より、自分が迎え入れられた事が藤咲には嬉しかった。

「ねえねえ、緋勇く〜ん。あたしも仲間に入る〜」

 新たな仲間の誕生に、京一たちもぴりっと背筋を伸ばしていたのだが、まるで遊びのグループに入るかのような、緊張感のない高見沢の声にへなへなと腰砕けになる。

「高見沢。お前には病院があろう」

「ええ〜っ、でもでもぉ、私だって役に立つしぃ〜」

「それは認めるが、お前に付いては我々の一存では決められん。岩山先生の許可が必要だ。ただし、俺に関しては無条件で」

 龍麻の言わんとしている事が判った京一と醍醐は露骨に青ざめる。

 《俺に関しては無条件》という事は、京一と醍醐に関しては構わないという事だ。高見沢の《癒し》の能力は戦闘では重宝する。それを得るためなら、京一と醍醐のどちらか、あるいは両方を差し出す事を厭わないかもしれない。

「大丈夫よ〜、院長先生も話せば判ってくれるから〜」

「それは高見沢に任せよう。まず問題はあるまいから、先に言っておこう。歓迎するぞ、高見沢」

「わ〜い。ダーリンありがと〜」

 『ダーリン!? 』

 全員の、藤咲も含めて声がハモった。

「ひ、ひーちゃん…いつのまに高見沢とそんな仲に…!」

 京一がそう言った瞬間であった。小蒔と醍醐がすざっと彼から離れた。その後の龍麻の行動は分かりきっているからだ。

「高見沢…《ダーリン》という言葉の意味、判っているのか?」

「え〜、判ってるよォ。舞子、好きな人ができたらそう呼ぶ事に決めてるんだもん」

「…俺をどう呼ぼうと勝手だが、あまり特異な呼び方だと命知らずの発言をする奴がいる事を覚えておけ。藤咲も、いいな?」

「う、うん…!」

 龍麻は肯くと、ゆっくりと京一を振り返った。その手がコートの内側に伸びる。

「ちょ、ちょっと待てひーちゃん! 本物の殺気を放ってるぞ!」

「当たり前だ。俺はいつでも真剣だ。たとえ冗談をやる時でも」

 その冗談が、いつも思いきり外す事を、本人は分かっているだろうか? しかし恐くてとてもそんな事は言えない醍醐と小蒔であった。

「ねえ…なによそれェ!?」

 コートの中からズルリ、と引っ張り出された円筒を見て、藤咲が裏返った声を出す。龍麻はその円筒を二つ折りにして、缶コーラより一回り小さい円筒を装填した。

「M−79榴弾発射機だ。通称《チャーリー・キラー》。四〇ミリグレネードを使用する対人、対装甲車両兵器だ」

 するとあれはハッタリではなかったのか!? 藤咲は龍麻との最初の接触を思い出して総毛立った。現役の高校生が、まさか拳銃どころかロケット砲まで!? 

「ま、待てひーちゃん! マジか!? マジなのか!?」

「心配するな京一。桜ヶ丘なら葵の抜けた後のベッドが空いている。岩山院長にたっぷり可愛がってもらうがいい」

「おわあっ!!」

 今まさに龍麻が引き金を引かんとした時、意を決した醍醐が彼を羽交い締めにする。

「待て龍麻! 気持ちは分かるが落ち着いてくれ!」

「ええい! 放せ醍醐! 今日こそはこの木刀男を銃殺刑に処す!」

「放すな醍醐! 俺は逃げる!」

「ああ! こら! 一人で逃げるな!!」

 先ほどまでの重厚な雰囲気はどこへやら、小蒔はこめかみに人差し指を当ててため息を付いた。

「ああ…まただよ。ねえ、高見沢さんも、藤咲さんも、ひーちゃんって普段はあんなだけど、いいの?」

 なんとなく、この二人が仲間になりたいという理由に察しが付いた小蒔はそう言ってみたのだが、この時の二人の表情を見て《おおっと》と引いてしまった。

 藤咲も高見沢も、両手を胸前で組んで、目をうるうるさせている。それはまさに、恋する少女の眼差し。

「素敵…龍麻…!」

「ダーリン、かっこい〜!」

 これは、《力》を持つ仲間が増えた事を喜ぶべきか。それとも更に悩み事を抱え込んだと嘆くべきか。この時の小蒔が判る訳もなかった。

 ただ、その視線の先にいる男は…

「迷わず逝けェィ!!」

「のわあっ!!」



 ………………………



 その夜、謎の爆発音と共に、取り壊し予定のビルが倒壊するという事故が起こったのだが、付近に民家もなく、また怪我人もまったくいなかった事から、公には特に事件性はなしとして処理された。

 その晩、命からがら逃げ延びた京一は、二度と龍麻をからかう事は止めようと心に誓ったそうだが、一晩中、榴弾とマシンガンで武装した龍麻と、身長一〇メートルの岩山に追いかけられるという悪夢に魘されたとの事であった。





 第伍話 夢妖 4    完



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