第拾四話外伝2  【Re】ヒーロー(笑)がいっぱい





 ※このお話はフィクションです。実在の国家、団体、会社、乗り物等とは一斉関係ございません。





「京一、遅れるな!」

「わ、解ってるよッ」

 ここはJR京都駅。真神学園の三年生一同は二泊三日プラス一泊の修学旅行を終え、いよいよ帰宅の途に付くところであった。

 【家に帰るまでが遠足】とはよく言ったもので、学校側もまだ気を抜いていない。他校を巻き込む風呂覗き事件は起きるわ、結構大きな地震が発生するわ、今回の旅行は非常にスリリングなものとなっていたのだ。更に帰りの新幹線が一部不通になる不具合が発生し、真神の一同は余分な一泊を過ごす事になったのである。生徒全員が帰宅するまで、何があるかわかったものではない。

 そして今回は、特にこんな生徒もいた。

「うむむ…。荷物の大きさで別座席への変更を求められるとは思わなかった」

 ご存知、我らが真神の少尉殿こと、緋勇龍麻である。彼はこの修学旅行を他の生徒の五倍は楽しんだようで、土産物の量が半端ではなかった。所持金の上限額を、防犯の為に持ち歩く現金を制限するものと勘違いしていた彼は、初心な外国人観光客の如く目に付いた土産物を片端からカードで買い漁り、実に百キロ近い大荷物(常識人主観)を背負っていたのであった。

「自業自得よ。いくらみんなへのお土産だと言っても、限度というものがあるわ。せめて宅配にすれば良かったのに」

 今回は葵もフォローに廻るつもりはないらしい。小蒔や醍醐と同様、呆れ顔で彼の大荷物を眺めている。

「いや、送料を考慮すればこそ自分で運ぶと決めたのだ。思わぬ出費ではあるが、ギリギリ黒字ではある」

「お黙りなさい! ――とにかく、今更叱って済む事じゃないし、早く特大荷物スペースに行ってらっしゃい。ちゃんと係の人に挨拶をするのよ」

「了解しました」

 朝っぱらからお怒りモードのマリアに促され、大荷物を手に特大荷物スペースへと移動する龍麻。今度ばかりは完全に身から出た錆なので、気の良い醍醐も手伝わない。確かに雨紋やマリィたちへの土産物に加え、如月の仕入れものなども購入しているのだが、少なくとも荷物の中の半分ほどは彼自身の私物なのだ。ここで手助けしないのも友情というものだ。

「ふむ…。ここが特大荷物スペースか。…たのもー!」

 毎度おなじみ、緊張感のかけらもない上に全く以って的外れな男の掛け声に、特大荷物スペースを整理していた係員がびくっと肩をすくませた。

「…なんですか?」

「失礼。一〇号車12―Aの客なのだが、こちらで荷物を預かっていただきたい」

 係員は龍麻の差し出した手荷物証明書を見ると、軽く頷いた。

「はい、分かりました。すぐに片付けますので、そこに置いといてください」

 特大荷物スペースをひょいと覗き込むと、中には大きな箱と小さな箱が一つづつ。

「ふうむ。【舌切り雀】のようだ」

「え…!?」

 龍麻の、何の脈絡もない突然の言動に驚いたか、係員の顔が青くなる。

「大きなつづらに小さなつづら、どちらが良いか?」

「お、大きいつづら…」

「ふ、貴殿は戦死した。大きなつづらにはトラップが仕掛けられているのだ」

「…!?」

 と、まあ、一般人には到底理解できない言動で係員の目を白黒させていると、不安になって様子を見に来た葵がその後頭部を盛大につついた。

「――申し訳ありません。受験勉強のし過ぎでちょっとSAN値が下がっているものですから」

 うふふ、と口元に手をやって愛想笑いを浮かべ、気絶した龍麻を引きずっていく葵。係員は滅多にいないほどの美少女の使った特殊単語が理解できずに呆然としつつ、それを見送った。しかし、二人がドアの向こうに消えるや、はっとして特大荷物スペースに立ち戻る。そして大きいつづら…もといコンテナの蓋に手をかけた。

 謹厳実直そのものの、中年係員の顔に凶暴な笑みが浮かぶ。

「ククク…こいつが爆発すれば、軽薄で我欲塗れの日本の学生どもなど木っ端微塵だ」

 カチリ! とスイッチが入れられ、息を吹き返すように目を覚ます機械群。男はコンテナの蓋を慎重に閉め、ロックされた事を示す緑のLEDを確認するや、素早く新幹線を降りた。

 定刻、〇九〇〇時ジャスト。新幹線【ひかり】は東京に向かって発車した。

 一九〇人の真神学園の生徒と教師たち。そして、二一〇〇名の乗員乗客を乗せて。







「アラ、あなたたち――って、今日は敬礼なしで良いわよ」

 新幹線内の自動販売機コーナーで、今まさにいつもの挨拶をしようとした龍麻は、苦笑している天野絵莉に軽く頭を下げた。

「こんな所で会うとは奇遇ですね」

 醍醐も両手一杯に缶ジュースを抱えながら頭だけ下げて挨拶する。3−C第七班班長美里葵の【命令】で、昨夜の極悪非道な悪戯(葵主観)の罰として龍麻と、その悪戯を阻止できなかった醍醐が【パシリ】をやらされているのであった。

「ええ、本当に。私は仕事だけど、龍麻君たちは修学旅行ね。楽しめたかしら?」

「肯定です。存分に楽しませていただきました」

 機嫌良く大きく頷く龍麻であるが、天野は彼の隣で醍醐が難しい顔で苦笑しているのを見て、やはりただの旅行では済まなかったのを悟って笑いを噛み殺す。

「それは良かったわ。なんだかんだ言っても、学生時代の思い出って素敵なものだから。学生時代って、人生の中で一番たくさんの思い出を作れるんじゃないかって思うわ」

「そのようなものですか」

 龍麻の言葉は質問ではない。自分に含めるような口調だ。初めて会った頃を思い返すと、目の前の少年とは別人のようにさえ感じる天野であった。

「ふふ。ちょっとだけ人生の先輩のお言葉ってトコね」

「貴重な助言、感謝します」

「うん。今は仕事中だから、また今度、旅行の話聞かせてね」

「了解です。しかし移動中にも仕事とは大変ですね」

 龍麻の言葉にちょっと驚くと共に、頬も綻ぶ天野。龍麻が他人の事情に対してこのような事を言うのは珍しいと、彼女にも解っているのだ。

「ええ。知り合いの代理だけど、仕事自体は楽しいわよ。――実はね、インタビューの相手はアイドルの舞園さやかちゃんなのよ。確か京一君が大ファンだったわよね?」

「肯定です。――同じ列車に乗り合わせているとなると、奴には秘密にしておかねばなりませんね」

「うふふ。それは任せるわ。もっとも記者が一杯で近寄る事は出来ないでしょうけどね。私もインタビューの順番がずっと後なのよ。でも彼女、とっても良い子だから楽しみだわ」

「なるほど。その話もいつか京一に聞かせてやってください。悔しがるのは勿論でしょうが、喜ぶ方が大きいでしょう」

(…へえ…)

 内心、深く感心する天野。また、彼が一回り大きくなったように見える。修学旅行中にさえも何か悟り、成長したのだと想像するのは容易だった。

「ええ、きっとね。まあ、順番はまだまだ先だから、席に戻って原稿の荒書きをする事にするわ」

「――それでは、失礼します」

 やはりいつものように敬礼しかけた龍麻は、少し躊躇った後で頭を下げた。

 天野と別れ、自動販売機コーナーを出ようとしたその時である。ドアを抜けてきたばかりの二人連れの学生と鉢合わせ――

「ご、ごめんなさいっ。――って、た、龍麻君ッ!?」

 龍麻も同時に気付いた。去年まで自分も着ていた学生服の少年と、見慣れたセーラー服に。

「――さとみ。それに焚美も。こんな所で会うとは奇遇だな」

「ああ、まったくだぜ!」

 人懐こそうな顔に満面の笑みを浮かべ、かつての旧友――明日香学園の比嘉焚美は龍麻の肩を叩き、青葉さとみはジュースを抱えて握手できない彼の手に軽く触れた。

「おっと、知り合いか、龍麻?」

 龍麻が無防備に笑みを見せた相手なので、醍醐も自分なりに穏やかな声で口を挟む。

「はい。私、明日香学園の青葉さとみといいます。龍麻君が転校する前に色々助けてもらったんです」

「俺は比嘉焚美って言います。君は…醍醐雄矢君ですね?」

「おや、俺の名前も知ってるのか」

 龍麻から転校前の事はほとんど聞いていないので、自分達の名前を教えるほどの友人がいたという事に、醍醐は少し驚いた。転校当時の軍人気質を考えると、それほど友人が多かったとは思えなかったのである。

「はい。転校して間もない頃は火曜日と金曜日に手紙もらってましたから。今は第二と第四月曜日ですけど、色々聞いてます。皆さんの事とか、最近あった事とか」

「ほう、そうなのか。ちょっと意外だったな、俺としては」

「そうでもないと思いますよ? だって龍麻君からの手紙って、何かの定期報告書みたいですから」

 これには醍醐も破願一笑した。

「はは、解る解る。日付だけじゃなくて、書式から何からきちんとし過ぎているんだろう? 読み易いのは確かなんだが、固っ苦しいと」

「そうそうっ。で、唐突に変な冗談が混じるんですよね〜」

 笑い合う三人に、しかし龍麻はまったく堪えない。

「何を言うか。文章とは主語を明確に、文節を適度な長さに揃え、改行はやや小まめに、情景描写は詳しく行うのが基本だ」

「はいはい。ちゃんと解ってるわよ。――醍醐さんたちの事とか、凄く特徴を捉えて書いてあるからすぐ解りましたよ。初対面の筈なのに、少しもそんな気がしませんもの」

「敬語は要らないよ、青葉さん。しかし、どんな風に書かれているのかちょっと気になるな」

 龍麻は他人を過小評価したり陰口を叩く事は皆無だが、では転校前の友人たちに今の自分達の事をどう伝えているのか。これは醍醐ならずとも気になるところだろう。

「はい。――心配しなくても、凄く良く書かれてますよ。醍醐さんは力が強くて、実直でとても頼れる人ですって。転校二日目で勝負を挑まれたけど、正々堂々としたとても良い勝負だったって書かれてました」

「ほうほう…」

 なるほど、龍麻はそのように自分を評価しているのかとちょっぴり頬が緩んだ醍醐である。しかし――

「でもさ、テーマソングを聞くと変身するってどういう意味なんだい?」

「――ッッ!」

 ブン! という唸りと共に噛み合う二本の足。共に両手が塞がっているので必然的に蹴りでのドツキ合いである。

「――お前は友人に何を吹き込んでいるんだッ!」

「俺はただ、客観的事実を伝えたに過ぎん」

「何が客観的事実だっ。全部お前の仕業だろう!」

 常人から見ればとても激しい蹴り技の応酬だが、龍麻の事を知っている焚美もさとみも驚かない。

「まあまあ、抑えて。確かに固い手紙だけど、ひーちゃんが楽しく過ごせているのが解って嬉しいよ。クラスにも馴染んでいるようだし、友達も一杯増えてるみたいだしさ」

「本当は、ちょっと心配だったんですよ。龍麻君って凄く真面目で固いから、また孤立しちゃうんじゃないかって。でもそれは…蓬莱寺さんって人が色々お世話してくれたみたいですね。――私もびっくりしましたよ。龍麻君がこんなに変わってるなんて」

 ピタ、と蹴り合いをやめる龍麻と醍醐。

「…それほど変わったか、俺は?」

「ああ、変わったよ。俺達と話す時は別だったけど、以前のひーちゃんって凄く影が薄いか、凄くピリピリしてるかどっちかだったもんな」

「それが今の龍麻君だと、なんだか凄く大きくてあったかいような…そこにいると安心できるような雰囲気があるわね。それに口調は相変わらずだけど、声の質がとても優しくなったわ。たくさん手紙をもらってるから久しぶりって感じはしないけど、やっぱり直接会うと変わったなって実感できるわ」

「そういうものか、自分では解らんが…」

「良い事だから気にしないの。ねっ?」

 そこでふと、焚美が何かに気付いたのかはっとなった。表情は明るいので、良い事のようだ。

「そうだ、ひーちゃん。悪いけど、後でちょっとこっちに来てくれるかな? 会わせたい人がいるんだ」

「む? 俺は構わんが…」

 そこで醍醐が気を利かせて助け舟を出した。

「こんな所で立ち話もなんだ。後でと言わず、今行くと良いだろう。ジュースは俺が預かろう」

「おお、悪いな、醍醐」

「気にするな。――じゃあな、二人とも。良かったら後で他の連中にも会ってやってくれ。皆喜ぶだろうからな」

「はい! ぜひ!」

 にっこりと笑うさとみに目礼を返し、醍醐は真神の生徒がいる車両に戻っていった。

「それで、俺に会わせたい人物とは?」

「へへっ。まあ、来れば解るって」

「ふふっ、きっと驚くわよ」

 楽しそうな嬉しそうな焚美とさとみに連れられて二両分の座席を移動し、明日香学園の制服が埋める車両に至った龍麻であったが…

「あれ…緋勇か…!?」

「緋勇君だ…」

 時が事件の記憶を薄れさせるにはまだ足りないのか、龍麻にいくつもの奇異の視線が突き刺さる。しかし…

「なんか…変わったな、緋勇」

「緋勇君って、あんなに格好良かったっけ?」

「もっととっつきにくい感じの奴だったと思ったけどなあ」

「やっぱり都会に行って垢抜けた?」

「うー、ちょっと勿体無かったかも」

 事件当時の独り歩きした噂話のせいで、畏怖や忌避どころか恐怖まで篭っていた視線は最初だけ。話しかけて来る事こそないものの、穏やかな、むしろ好意的な視線とひそひそ話の中を進んだ龍麻は、一人の少女に引き合わされた。

「…ひー…ちゃん…?」

 度が強めの銀縁メガネをかけた少女は、龍麻の顔を見るなりそう言った。焚美とさとみを例外とすれば、明日香学園ではこの少女以外誰一人として使わなかった彼のあだ名である。

「君は…津守真弓」

 興味のない事には鶏並みの記憶力しかない龍麻も、初めて潜伏する事になった【普通】の学校で同級生となった者の名前は覚えていた。しかも、彼女は…

「――元気そうで何よりだ」

「うん! ひーちゃんも」

 かつて知っていた、そして今も変わらぬ明るい声。メガネの奥からパッチリとした目が龍麻を映している。――莎草によって失明させられた筈の目だ。

 何を話したものかと思案した龍麻であったが、そこは今も昔もムードメーカーの彼女である。龍麻が話題に困ったのを察知して、すぐに話を振ってきた。

「【これ】ね、一度はもう駄目だって言われたんだけど、格好良い髭のおじさんに東京に良いお医者さんがいるって紹介されたの。これが女医さんだったんだけど、もうすっごくでっかい人で、あたしなんか食べられちゃうかと思っちゃった。でもその先生に手術してもらって、すっごく苦い薬を飲んでたらまた見えるようになったのよ。ま〜メガネは必要になっちゃったけどね」

 格好良い髭のおじさんにでっかい女医…考えるまでもなく思い当たる名前が二つ。直接対処は出来なくとも、被害者のフォローに労力は惜しまなかったのだ。

「なるほど。日本の医療技術の発展に感謝だな。実に喜ばしい事である」

 と、日の丸センスをぱっと広げてパタパタと振った龍麻であったが、周囲からどよめきが上がったので少なからず驚いてうろたえた。

「お、おい、あいつ本当にあの緋勇なのかッ!?」

「いくらなんでも変わり過ぎだろうっ!?」

「思いっきりスベッてる感じだけど…ちょっと可愛いかも…ッ」

「うー、やっぱり勿体無かったか…!」

 などなど、聞き様によっては不穏当ではあるが、好意的なひそひそ話が上がる。

「あの…ひーちゃん…だよね?」

「正真正銘、徹頭徹尾、真神学園の緋勇龍麻と言えば日本全国で俺一人だが、どうかしたか?」

「う、ううん。随分変わっちゃったから、びっくりしただけ」

「ふむ。何はともあれめでたい事である。そしてメガネを忌避する事はないぞ。世にはメガネッ娘という【萌え】要素が存在していてな。眼鏡越しに異なる個性を発生させる重要なアイテムと位置づけられているのだ」

「………は?」

「更に材質やデザインでも異なる個性や特徴を発生させやすく、同一人物であろうとも丸型、角型、下フレーム等を使い分ける事により、時に意外な【萌え】要素を追加する事が出来るのだ」

「は、はあ…」

 かつての龍麻からは想像も出来ない言葉を聞いたからであろう。真弓が呆けた顔で絶句する。と、その時、龍麻の背後に巨大な気配が膨れ上がった。そして…ガン! と鳴る龍麻の頭。サザエのように無骨な拳の一撃で哀れ龍麻は床に沈んだ。

「心配して来てみれば…訳の解らんオタク哲学で旧友を混乱させるんじゃない!」

 気配の主は醍醐であった。さすがの龍麻もボケている時だけは無防備なので、ややスピードに欠ける醍醐のツッコミでも入る。最近になって葵と京一が発見した、龍麻の弱点である。

「――済まんな、比嘉君、青葉さん。ちょっとヤボ用が出来てしまってな。龍麻は回収していくぞ」

「あ、ああ。――本当に、手紙にあった通りの展開だな」

「う、うん。でも、今の龍麻君の方が確実に好感度高いね」

 こんなやり取りの事まで手紙に書いてるのか…とげんなりする醍醐。やはりこの男は妙なところで素のボケが入るところが痛い。

「他にどんな事が書いてあったのかは聞かない事にするよ。とばっちりはゴメンだからな。――では、また後でな」

 と、目が点になっている明日香学園の一同の最中、醍醐は気絶した龍麻を引き摺って真神の車両に戻っていった。









 焚美たちと別れた龍麻が3−Cの面々がいる一〇号車まで引きずられてくると、葵と小蒔が待ってましたと言わんばかりにやって来た。

「ね、ねっ。ひーちゃん、前の学校の友達に会ったんだって?」

「うむ。彼らは本日、修学旅行で仙台に向かうところだそうだ」

「あら素敵。仙台と言えば伊達政宗公の偉業の数々が有名ね。東北地方にもたくさんの神社仏閣があって、八幡太郎義家ゆかりの神社とか、奥州文化の中心たる平泉とか、私も一度は行ってみたい所がたくさんあるわ」

「うむ。忘れてはならんのは、かの商売繁盛の福の神、仙台四郎氏であるな。幼少期の水難事故により不幸にも知的障害を負ってしまった氏だが、氏の笑顔は実に福々しく、人を幸福にする魅力に満ち、氏の行くところ人々の笑顔が絶えなかったという。――ところで旧友と歓談中の俺の頭をこかしてまで俺を呼び付けた理由は何だ?」

「う、うんッ。あれ見て、アレ」

 小蒔の指差した先で、歓声と唸り声が上がる。京一がクラスメートの男子達とカード麻雀で熱戦を繰り広げているのだ。

「……何か問題か?」

 への字口の角度を鋭角にしつつ、あっさりと言う龍麻。旅行中、暇な時間を見つけては京一が他の男子生徒たちと麻雀や花札で盛り上がっているのを見た彼ではあるが、【賭け事はいかん!】という強固な精神の元、麻雀や花札は勿論、ポーカーやブラックジャックに至るまで手を出す事はなかったのだ。

「よっしゃあッ! ロンッ! ――メンタンピンドラ…裏も乗って六! 倍満だァッ!」

「ぬおおッ!! また京一の一人勝ちかよォッ!」

「わははははははッ! いくらでもかかって来なさい!」

 これ以上はないくらい鼻高々の京一。何しろ専用車両なので、この馬鹿騒ぎを収めることは教師にも無理な相談である。京一にカモられたクラスメートの慟哭が車内に響く。

「ホラッ、さっきからあの騒ぎなの。もうッ、男子ったら、騒ぎすぎだよッ」

「確かに旅行も今日で最後だから、少しくらい大目に見ようとは思うのよ。でもちょっと騒ぎが大きくなり過ぎて…。その内他のお客さんから苦情が来るかも知れないから注意はしたんだけど、効果が薄くて…」

 そこで龍麻は「いつものようにやれば良いのでは…」と言いかけたのだが、顎の骨がきしむ勢いで醍醐に口を塞がれた。こういう時に不用意に地雷を踏みに行く龍麻は本当に放っておけない。

「そっ、それにさっ、京一にばかり勝たせてちゃ、他の男子がかわいそうだよ。――ボク達と違うんだから」

 小蒔の言葉の前半は醍醐のフォロー、後半は付け足しだが【裏】のある現実である。言われてみれば確かに、旧校舎での訓練の際に入手できる遺物を換金する事で、【魔人】たちには普通の高校生がアルバイトをして得られる報酬以上の収入を得ることができる。無論、この命懸けの収入は龍麻が厳しく管理し、仲間たちの卒業に合わせて等分配する事が決定しているのだが、全員で頭割りしても一般人にはあっと驚く金額になっている筈だ。まして龍麻が収入の一部を投資に利用しているため、そこから得られる株主配当も結構な額になる。そして仲間たちの要求(お願い?)があれば月額五万円以内(高校生としては破格だろう)ならば各自の口座(あくまで龍麻管理)の中から小遣いを捻出する事さえできるのだ。(京一は一万円、亜里沙は三万円以内だが)

「――という訳で、クラス委員長補佐修学旅行対策委員男子担当の緋勇龍麻君、なんとかできる?」

 そんな事を言われた龍麻は、さすがに不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「…役職なれば義務は果たすが、俺は放置を推奨する。たとえ少ない所持金を京一に巻き上げられようと、それは彼らがギャンブルなどに手を出した結果だ。従って、俺が彼らを救済する必要性はどこにもない」

 出た! 必殺の【鬼軍曹】口調。龍麻はギャンブルで身を滅ぼした者たちを一刀両断に切り捨てた。

「それは一理あるけどさ、あんまり京一を図に乗らせてると、後が大変な気もするじゃん。それに肝心なのはそこじゃないし」

「むう…」

「とにかく、このままだと騒ぎが大きくなる一方で、それは私たちの責任で解決すべき事なの。残りの【懲罰】を帳消しにするから、何とかして」

「……」

「…いかに騙されたとは言え、事もあろうに女子の部屋に夜這いした挙句、不純異性交遊に及ぶならまだしも、人の額に肉とか頬にうずまきとか書きやがりあそばしたのを、海のように広い心で許して差し上げようって言ってるのよ。何か逆らう理由がかけらでもあるのかしら?」

 年頃の娘としてはいささか不穏当かつ怒るポイントが逆であろう単語を交えつつ超低温の炎に彩られた葵の言葉に、今朝寝袋に突っ込まれた上に【ジハード】と【火龍】三連発と方陣技でシメられた龍麻は顔中を脂汗で埋めつつ、珍しく嫌そうな雰囲気を隠しもせずに席を立った。ちなみに龍麻をノせた犯人である響豹馬は弥生のハリセン、パメラのマッハビンタ、レイバーのヘッドバット、舞のメキシカン・サスカッチで折檻されている。

「…繁盛しているようだな、京一」

「おうッ。これで五連続一人勝ちだぜッ。儲け儲けッ」

 懐が暖かいのと、可愛い女の子を見つけた時と、同じ顔をする京一である。しかしそんなホクホク恵比須顔も、次の龍麻の一言で引き締められた。

「では、俺も参加させてもらおう。――代わって貰えるか?」

「な、何ィッ!?」

 これには周囲の男子も驚く。龍麻のギャンブル嫌いは、既にクラスメートに知れ渡っているからだ。

「お前が一人だけ勝ち続けるという状況が気に入らん。見ろ、彼らは少ない小遣いを巻き上げられて極めて不幸な状態に陥っている。たとえそれが自業自得であろうとも、貧困は戦争の元だ。――お前も不幸になるがいい」

 逆らいがたい葵の【命令】で出てきたとは言え、やはり気は進まないらしい。その口調にも言葉にも、【破産】したクラスメートに対する同情は皆無だ。しかし京一はにやりと不敵に笑った。

「へえ、ひーちゃんがこの俺に麻雀で勝負するってか? ――いいぜ。すっからかんになって後で泣くなよ。けどよォ、やり方知ってるのかよ?」

「問題ない。――後では泣かん」

「? ――まあいい。それじゃおっぱじめようぜ」

 とりあえず四人打ちで卓が囲まれ、龍麻の珍しすぎる行動になんとなくギャラリーが集まる。【命令】した手前、葵も小蒔も卓を覗き込んだ。醍醐だけは、とりあえず場が静まったのでやれやれと肩をすくめて寝に入る。

「――でも葵、ひーちゃんって麻雀知ってるのかなァ?」

「わ、私もこんな事になるとは思わなかったから…」

 自分で【命令】しておきながら、何気に酷い葵である。いくら京一の一人勝ちを納めるためとは言え、あの龍麻が、まがりなりにも勝利を納めた京一に獲得金を強制返還させる訳がないのだ。ギャンブルとは言え、一応【正当】な報酬なのだから。

 そんな葵たちの思惑も知らず、麻雀が始まった。(作者より・解らない人は飛ばしてもオッケーよ)







「親は俺からだな。――ほれ」

 まずは字牌整理。京一は手牌から【中】を捨てた。

「ポン」

「!?」

 始まったばかりだというのにいきなり【哭き】を入れたのは、あろう事か龍麻であった。

「おい、ひーちゃん。いきなり【哭き】かァ?」

「早【哭き】は自滅の元だぜ、緋勇」

 京一を始め、他の面子も声を上げるが、龍麻は取り合わない。

「問題ない。――次だ」

「――まァ、別に良いけどよ。――おッ、来た来た」

 二巡目にして京一は既にイーシャンテン。しかも面前で参、四、五のタンヤオ三色満貫狙いである。参萬がドラで、頭は八萬、未完の面子は四ピン、五ピン、六萬、七萬、九萬で、九萬が浮いている。そこに参ピンをツモって来て、聴牌である。待ちは四萬と八萬の両面待ち。既に満貫確定で、一発ツモでも来ようものならハネ満も期待の大当たりである。そこで強気の――

「ほい、リーチ――っと」

「何だよ、またそんなに早く――ッ!」

 南家が声を上げるのと重なって――

「ポン」

 龍麻がまたも、今度は九萬を【哭く】。

「オイオイ、ひーちゃん。またかァ? 俺がリーチかけてるってのに」

「――気にするな」

 捨て牌は強気な事にドラである三萬。一つ前の巡りでは八萬を切っている。

(ひーちゃん…何やってんだ? 【中】と九萬を【哭き】って事は対々和か【中】のチャンタなんだろうが…ドラ切りで突っ張ってまでやる役じゃねェよな…)

 一発狙いを流されてちょっと不満げに京一がツモるが、三枚目の【白】で全くのスカ。南家も西家もベタ下りしている。そして、龍麻は――

「カン」

「な、なに!?」

 四枚目の九萬を引く龍麻。リンシャンから一枚持って来て、捨て牌は壱萬。新たに増えたドラは、六萬!

(おッ! ドラ一枚追加! ――って、ひーちゃんは何狙いなんだよ…?)

 南家も西家もベタ下りしているのだから問題ないとしても、龍麻が麻雀を知っているというのは京一にしても計算外だった。しかも龍麻の打ち方はまるっきり素人のようでいながら、何かとんでもない手を打っていそうな気もする。

 京一は参ソー、南家は九ピン、西家は【南】を切り、動きなし。そして、龍麻のツモ。

「カン」

 龍麻、【中】をカンする。そしてリンシャンからツモって――

「ツモ」

「な、何ィッ!」

 龍麻はテーブルの上に自分の牌を並べる。

「対々【中】ホンイツドラ三――いや、ドラ七。――三倍満だ」

 【中】のカンで出たドラは、【中】! ただでさえ九萬のカンで暗刻のドラを作ったところに、一気に四枚の大化けである。龍麻の役は壱萬を頭に【中】と九萬のカンツ、六萬と七萬が暗刻――である。ツモは七萬であった。

 点数、一挙に二万四千点――

「ぐうッ! まずったぜ――!」

 龍麻は途中からの【乱入】であるから、親である京一はマイナス一万二千点を食らってもまだ余裕があった。しかし残りの二人は一発でハコ下寸前である。

(クソ! 今まで麻雀なんかやった事ねェって言ってたじゃねェか! ビギナーズラックに決まってる!)

 こうなると京一は面白くない。【これ】なら龍麻をけちょんけちょんにできると思っていたのに、いきなり三倍満を食らうなど。

 龍麻が加わって二局目の五巡目。

「リーチ!」

 京一が叫ぶように言うが――

「悪いな――ロンだ」

 平和タンヤオ――二千点。基本中の基本とも言える役だが、倍満の後ではせこいとも言える龍麻の上がりである。

「ク、クソオッ…!」

 再び仕切り直して参局目の七巡目、龍麻が再び【哭き】を入れる。

「ポン――カン――ツモ。対々和ドラ六」

「ぐぬぬ…ッ!」

 龍麻が親になった四局目。

「――ダブルリーチ」

「ぬ、ぬわぬいィィィッッ!!?」

 京一の手から牌がこぼれ――

「高めでロンだ。――ダブルリーチ一発平和タンヤオドラ二」

 五局目。再び龍麻が【中】とマンズでメンホンイッツードラ二でツモ上がる。しかも親倍だ。

「お、俺たちもうダブハコだよォッ!」

 南家と西家が悲鳴を上げるが、

「問題ない。次だ――」

 そんな様子を見ている葵と小蒔。クラスメートの驚愕の歓声に、また騒ぎ出したのかと醍醐も身を乗り出してくる。

「ねえ…葵。ひーちゃんってひょっとして、凄いギャンブラーなんじゃ…」

「――あり得るな。いくつ正体があるか判らん男だしな」

「うふふ。――麻雀って、結構面白そうね」

 葵の台詞に、スザッと引く小蒔と醍醐。

 そんなこんなで、勝負の方は八局目の五巡目。ちなみに六、七局は龍麻が京一のフリコミで平和タンヤオドラ一と純チャンタ三色の満貫を上がっている。

(よし! 来た来た来た来た来た来たァッッ!!)

 心中は鼻息荒く、京一は平静を装って捨て牌を切る。

(これ以上狙い打ちされてたまるかってんだ! 四暗刻の【西】単騎! 【西】は残り三枚の上、【中】、【白】、【發】、【北】で迷彩を利かせて、ひーちゃんが【東】と【南】を捨てている! 地獄待ちだぜチクショー!!)

 しかし、誰も捨てないままに龍麻のツモ。龍麻の捨て牌はまたしても【南】。

(――読めねェ! コイツ、本当に何やって――クソッ! 【北】じゃねェ!)

 気合を入れすぎて、テーブルに叩きつけるように出される紙の牌。

「京一。もっと大事に扱え。――止めのロンだ」

「な! ぬわんだとゥッッッ!!」

 ズラッと並べられる、字牌の嵐!

「だだだッ、大三元字一色ゥゥゥゥッッッッ!!!!?」

 麻雀最高の役――役満をダブル(この場のローカルルールです)。しかも面子に【西】の暗刻を含んで京一の当たりを完全阻止――もはやこの時点で、京一のトリプルハコ敗北は決定であった。

「これ以上は時間の無駄だ。有り金を全部出せ。それとも勝負を続けて借金を背負うか? 俺は一向に構わんが」

「ぐぐ…ぐ…! ひーちゃん…テメエ…ギャンブル嫌いの癖に…!!」

 【勝負は引き際が肝心】とよく言われるが、この時ほど当てはまる事態はないであろう。怒りと屈辱にぶるぶる震える京一の手から千円札の束を受け取り、しれっとした顔で数え始める龍麻。

「俺は【ギャンブルはいかん】とは言ったが、ギャンブルが嫌いとは言っていない。この世界――半端な実力で粋がると俺でもこういう目に遭うのでな」

「て、テメエ…まさかジャンゴロかッ!!?」

 愕然とする京一に、龍麻はふっと鼻先で笑った。

「京一、背中が煤けてるぞ」

 某麻雀劇画の主人公の台詞を全パクリする龍麻。龍麻の隠された正体の一つがまた明らかになった。――と、その時である。

「――何を勝ち誇っているんだ、お前は」

 ガン! と龍麻の後頭部で拳骨が鳴り、彼はひとたまりもなく床に沈んだ。あの龍麻にさえ気付かせずに彼の背後を取ったのは、真神の生物教師、犬神であった。

「教師同伴の新幹線内で賭け麻雀とはいい度胸だな、緋勇に蓬莱寺、その他大勢。――賭け金は没収する。卒業まで返還せんぞ」

 床でゴキブリの如くのびている龍麻を残し、犬神は千円札の束を白衣のポケットに押し込んで去っていった。







「ひーちゃん…大丈夫?」

 小蒔が心配などこれっぽっちもしていないのは、龍麻を日の丸扇子でつついているところから明らかだ。

「うふふ。龍麻、ギャンブルは良くないわ」

 それは絶対酷いぞ美里…と、心の中でツッコむ醍醐であった。

「むう…このタイミングで摘発とは…図ったな、犬神先生」

「…ツッコまないからね?」

 しかし、龍麻がやっと身を起こそうとした時、【それ】は起こった。

 パン! パラララパパンッ!

「キャアッ! 熱いッ!!」

「な、なんだよ畜生!」

 3−Dの車両の方から花火と思しい火薬の炸裂音と、悲鳴が響いてくる。当然、他のクラスの生徒達も騒ぎ始めたが、マリアや犬神らが着席を呼びかけながら現場に走ったので、皆、首だけ巡らせて3−Dの車両の方に注目した。

「誰!? こんな悪戯したの?」

 見ればただの爆竹らしい。黒革のカバンに入れられていたものらしく、3−Dの女生徒が「これ誰の?」と呼びかけつつ持ち上げたら、爆発したらしい。そして女生徒は、手に軽い火傷を負ってしまったのだ。

「…ちょっと見せてもらえますか?」

 着席していろと言われたにも関わらず、ちゃっかりと現場にいる龍麻と、【真神愚連隊】の面々。

「緋勇、お前達は――」

「そう仰らず…ふむ。自動販売機の排熱で暴発した模様です」

 カバンを二度ほどひっくり返した龍麻は、それだけで満足したのか、すぐに身を翻して自分の席に戻った。

「…何だったんだ、ひーちゃん?」

 京一が問うのへ、人差し指を立てて見せる龍麻。【真神愚連隊】の一同はさっと緊張した。【喋るな】の手信号である。

 龍麻は自前の衛星通信機を受信モードにして、情報収集を開始していた。

『…が…爆弾…同時…する…』

(爆弾!?)

 途切れ途切れに聞こえる警察の緊急回線からの音声。いくら最新式の衛星通信機とは言え、この位置ではうまく電波を拾えない。

「葵。皆に席を立つなと言え。なるべくおとなしくしているように命じろ。他の者は現状のまま待機」

 そう一方的に告げると、龍麻は通信機を抱えて席を立ち、車両の継ぎ目に走った。

 小型のパラボラ・アンテナを展開した龍麻の背後から、見知った者の気配が忍び寄る。

「ちょっと――龍麻君」

「天野殿。自分は今――」

「――忙しいのは判るわ。これの事でしょ? ――聞いて」

 天野はいつも携帯しているカセットレコーダのスイッチを入れた。



『――我々は、【地球防衛軍】である。我々は、この地球環境の守護者なり。お前たち呪われし機械文明の申し子どもが、この母なる地球をこれ以上汚す事を我々は許しはしない。よって、世界主要五カ国の首都に爆弾を敷設させてもらった。特に諸外国に対する環境破壊を促進している日本には、お前達のもっとも恐れる炎の鉄槌を用意してあると心得よ。もしお前達に、この地球を愛する気持ちが僅かでも残っているならば、各国における森林伐採、石油その他の資源開発、産業廃棄物の不法投棄を直ちに止めると確約せよ。そして我々【地球防衛軍】に対し、五兆ドルの金塊を進呈するのだ。繰り返す――』



「…さっき、各国政府と一部メディアに対してこの犯行声明が送られてきたの。政府は秘密裏に処理しようとしたみたいだけど、報道管制に同意しなかった新聞社がいくつかあったのよ。既にパリとモスクワ、ロンドンでは爆弾処理に失敗したみたい。ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルでも解体処理をやっているそうよ」

「…世界同時多発テロか。しかし【地球防衛軍】などというふざけた名のテロリストなど、今まで聞いたことがないが」

 戦場を離れているとは言え、龍麻は対テロ組織の一員だった男だ。世界中に存在するテロ組織は大小取り混ぜて、相当数を知っている。しかしその彼をして【地球防衛軍】などというテロ組織は心当たりがなかった。

「…龍麻君が知らないのも無理ないかもしれない。【地球防衛軍】は○リ○ン○ー○…世界的環境保護団体から派生した組織らしいわ。○リ○ン○ー○は基本的に暴力とは無縁の組織ですものね。だけど一部過激な行動をとる輩が現れ、諸外国の資源探査船や、特に日本の遠洋マグロ漁船や調査捕鯨船をターゲットに、鉄筋やコンクリートで武装した高速船で体当たりをかけて沈めたりするようになったの。最近では中古の潜水艦を手に入れて、延縄漁船や巻き網漁船を引っ掛けて沈めるという陰険な手段に変わってきているわ。中でも酷いのは、鯨を獲らなきゃ生活もままならないスウェーデンの小さな猟師町で、漁船を根こそぎ沈めたって事よ。挙句に政府の緊急支援物資を積んだ船まで沈めて、人口千二百人の小さな村の八割が凍え死んだわ」

「…テロリストそのものではないか。なぜそんな危険な連中がテロリストとして認定されていない?」

「本家の方でも彼らは追放したと言っているわ。でも元○リ○ン○ー○だったという事が、各国政府の対応を鈍らせているのね。環境保護問題は世界レベルで考えられている事だし、彼らは国境に左右される事が殆どない。下手な事をやって、世界中のエコロジストを敵に廻したくないってところかしら。それ以前に、普段は公海上にいるから各国政府も迂闊に手が出せないのよ」

 珍しく、憮然とした雰囲気を放つ龍麻。ほんの二日前、京都の山で地元の環境問題に首を突っ込んだばかりだ。政治家の裏金作りの為だけに破壊されるところだった山を、山の守護者であった【天狗】と共に護り抜いた。他にも色々原因はあるものの、あの山の開発は二度と行われまい。

 その一件が落着したと思ったら、今度は環境保護のためと称して爆弾テロを起こす輩の出現である。龍麻が憮然とするのも無理らしからぬ事であった。

「主義主張を唱えるのは勝手だ。それが政治的な事でも、環境保護でも構わん。だが無辜の市民を犠牲にして唱える主張なぞ笑止千万。――それで、この新幹線にも爆弾が?」

「恐らくね。――聞いて」



『――なお、我々の主張をことごとく無視してきた日本政府に対しては、我々は一切の良心を排除して事に臨む事にした。現在東京に向かって走行中の東海道新幹線【ひかり】五三号には、我々の手によって四発の爆弾が仕掛けてある。うち一発は我々の言っている事が正しい事を証明する花火だが、残りの三発は新幹線のスピードを百キロ以下に落すと爆発するようにセットされた本物の爆弾だ。――日本政府の色好い返事を期待する。なお、我々の要求を拒否した場合、東京は核の炎に焼かれると知れ――』



「…【核】だと…?」

 世界唯一の被爆国、日本において、それは絶対の禁忌である筈であった。ほとんど有名無実と化していると噂されるが、日本憲法には【非核三原則】が存在する。即ち【核】を【作らない、持たない、持ち込ませない】だ。この、世界に向けて掲げられた平和憲法を、これほど公に破ったのが、環境保護を訴えるテロリストとは…。

「政府はハッタリだと言っているようだけど、それには何の根拠もないわ。私の知り合いに調べてもらったら、先日、日本海ルートで行われた使用済み核廃棄物の裏取引を摘発したそうなの。もしこれ以前にも取引が行われていたとしたら、あるいは…」

「天野殿。その情報は絶対洩らさないように」

  龍麻は壁にある車両の配置図に目をやった。【ひかり】五三号は一般的な十五両編成だ。一発目の花火の爆発が発生したのは十二号車。残り三発を仕掛けるとしたら…。

「…警察の対応は?」

「現在のところ、対策本部を設置中。ただし、最悪の事態を想定して本部は大阪に設置するそうよ」

「…やけに早い対応だな。胡散臭い事夥しい」

「え?」

「ハッタリだと思うなら、東京に対策本部を置く。【核】が本物であるという確証がない限り、敵前逃亡との謗りを受けるケースだ。――恐らく、【核】というのは本当だ。恐らく政治家をはじめ財界人は大慌てで首都圏を離れていることだろう。――腰抜けめ」

 龍麻はコートのポケットからツールセットを取り出す。小型のペンチやドライバーのセットであるが、軍隊で使用しているものだからかなり本格的なものだ。ただし、爆弾処理となると役不足にも程がある。

「――どうするの?」

「まず爆弾の所在を確認する。可能なら――俺が解体する」

 龍麻の言葉には、さすがの天野も驚愕した。確かに彼は元対テロ特殊部隊だが、爆弾の解体処理となるとより高度な専門知識を求められるのだ。

「このテロは金が目的ではない。世界各国に対して自らの存在を誇示し、恐怖と混乱を与えるのが目的だ。金を払おうと払うまいと、このテロを仕掛けた奴は全ての爆弾を爆発させるだろう。仮に交渉ができるようになったとしても、ここの爆弾は二時間しか猶予がない。時速百キロ以上で走行するこの車両に爆発物処理班を乗り込ませる方法があったとしても、解体処理に要する時間がない」

 天野にこの場で待っているように告げ、龍麻は自分の車両に戻り、【真神愚連隊】を招集した。

「――何があったんだ、ひーちゃん?」

 龍麻の様子から、ただならぬ事態が起こっていると察したのだろう。京一が声を潜める。

「極めて厄介な事態だ。そして時間もない。まず二人編成でこの車両を五両ずつチェックする。俺と葵は一号車から五号車。京一と裏密は六号車から一〇号車。醍醐と小蒔は十一号車から十五号車までを捜索しろ。――強い【陰気】を発している部分を発見し、俺に報告。ただし、絶対に手を出すな」

「ちょっと待て! なんで俺が裏密と…!」

「発見するものは、爆弾だ」

  京一の言を途中で遮る龍麻。思わず声を上げそうになるのを、各自必死に口を押さえる。

「犯行声明では四発との事だが、テロリストの言う事など信用できん。【陰気】を発している場所、物品――なんでも良いから探知したら俺に報告。ただし、絶対に触れてはならん。急げ、時間的猶予はないぞ。――【真神愚連隊】、戦闘開始だ」

  修学旅行中に、二度もこれを聞く事になろうとは!? しかし、京一たちが表情を引き締め、行動を開始しようとした矢先であった。

「なッ! なんだとおッ!!」

 一般乗客の車両の方で、驚愕の叫びが次々に上がった。次いで、真神学園生徒の専用車両でも。

「――龍麻! 見て!」

 壁に張り付けられた液晶パネルを指差す葵。そこには味も素っ気もない白い背景に、血文字で【この車両には爆弾が仕掛けられている】と表示されていた。

 次いで、車内アナウンスに紛れ込む耳障りなガラガラ声。



『我々は【地球防衛軍である】。我々は地球環境を護るものとして、ここに闘争を宣言するものである。諸君らの乗っているこの車両には、既に我々の親愛なる同志の手によって爆弾が仕掛けられている。先の花火は、我々の言う事が本当である事を示す警告だ。そして各国政府が我々の要求を呑まぬ場合、諸君らは首都圏に住む愚民もろとも、核の炎で消滅するものである。――繰り返す――』



 急激に騒ぎ出す生徒たち。――否、全ての車両でパニックが誘発された。

 狭い新幹線内で、悲鳴と怒号が飛び交う。真神の専用車両においてはマリアや犬神ら、教師陣が必死になって落ち着くように呼びかけるが、一度湧き起こったパニックを収拾するのは容易な事ではなかった。

「ひーちゃん!」

「――やられたな。パニックを誘発されたか」

 龍麻はするりと席を立った。そして、一喝した。

「ATTENSION!!」(注目!!)

 他の車両はいざ知らず、龍麻の一喝で3−Cの生徒たちは一瞬で静まり返った。無意味な悲鳴も怒号も、息をする事さえ止めて彼に注目する。

「各自着席して待機! 無意味な言動と行動は厳禁とする! 各班長は班員を点呼確認後、マリア先生に報告! 各自行動開始せよ!!」

 教師の呼び掛けも無視した生徒たちが、龍麻の【命令】に従って席に付いて行くという奇跡! それを目の当たりにした他のクラスの生徒たちは呆気に取られ、それが元で落ち着きが広がって行った。このような場合は群集心理で暴走が始まるものだが、龍麻の鋭い【命令】が暴走を止め、彼に判断を委ねるという形で現れたのである。臆病な羊の群れには、ヤギを混ぜておくと羊はその周囲に集まるという現象と同じである。

「――助かったわ、緋勇君」

 教師たちだけでは、この騒ぎを収める事はできなかっただろう。マリアは張り詰めていた息を吐きつつ礼を述べた。

「礼は無用です。それよりも、他の乗客の自棄行動に巻き込まれぬよう、真神の車両は隔離した方が良いでしょう」

 それだけ言うと、龍麻は京一たちを率いて隣の車両に向かった。

「緋勇――お前たちは――」

「我々はこれより独自の行動を開始します」

 犬神の言葉を遮り、宣言する龍麻。これは車両の継ぎ目で行われている会話なので、他の生徒の耳には届いていない。

「猶予は二時間とありません。この新幹線内に仕掛けられた爆弾を発見し、解体処理します。先生方は生徒たちの保護を。この先の車両には和歌山の明日香学園の生徒もいますので、先方の教師陣と連携を取る事も可能でしょう。爆弾は、我々にお任せください」

 京一たちは、龍麻が犬神に対してすらすらとそんな事を言うのを、驚愕の表情で見ている。仁和寺での一件から、犬神が何か知っていそうだと気にはなっていたが、まさか彼が龍麻の正体を知っているとまでは考えていなかったのだ。

「――何をするにも時間が足りないか。解った。こっちは何とかしておく。言っておくが、無茶はするな」

「――それは無理です」

 生真面目な表情を崩さぬまま敬礼する龍麻。これで――教師の協力を取り付けた事になる。

「――まずは運転席に向かう。車内アナウンスでパニックを少しでも押さえる」

 真神学園の専用車両を抜けると、待たせていた天野の他、二人の男性客が床に倒れていた。

「エリちゃん! ――って、なんだよ、こいつら?」

 こんな事態でも喜色を示した京一に微笑を返し、天野は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「いきなり襲い掛かってきたのよ。【どうせもう死ぬんだ】ってね」

「もう…ですか?」

 醍醐はやや赤い顔を天野から逸らしながら問う。自暴自棄になった暴漢に襲われ、天野のブラウスはボタンが飛ばされ、手で押さえていてもブラウスの隙間に素肌が覗いている。その報復は、龍麻から貰ったスタンガンの一撃だった。

「ええ――情けない事にね。さっきの放送もそうだけど、インターネットを通じてモスクワやロンドンが爆弾処理に失敗した事まで暴露されちゃったのよ。情報を流したのは当然、【地球防衛軍】の連中よ」

「気に入らん真似を次々と。テロの中でも最悪のパターンだ。犯人はこの事態を楽しんでいる」

 珍しく、吐き捨てるように言う龍麻。緊急用の車内電話を取り、運転席と連絡を取ろうとする。

「楽しんでいると、最悪なの? ひーちゃん」

 恐らく誰かが運転席に文句を垂れているのだろう。話し中である。そこで小蒔がちょっとだけ口を挟む。

「そうだ。――声高に主義主張を唱えるだけの連中には、交渉という手段が使える。しかしテロそのものを楽しむ輩は、多くの死と混乱だけが目的で、金銭の要求もそこに最後のチャンスがあると匂わせ、最後に絶望させる布石に過ぎん。この二時間という時間の中で、いかに乗客に恐怖を与え、その恐怖を全世界に伝えるか。このテロを仕掛けた奴は、逃れられない死を前にうろたえる乗客たちの姿を楽しんでいる」

 と、そこで運転席と話が通じた。かなり動揺と言うか、キレているらしく、凄い怒鳴り声が受話器から響いてくる。

 そして龍麻は、【あの】声を出した。

「――自分はこの新幹線に偶然に乗り合わせた者だが、爆弾解体の技術を持っている。速やかにその旨を乗客に伝え、パニックを収拾しろ。無意味に騒ぎ立てると、そのショックで爆弾が暴発すると言え。――我々は二分後に爆弾の捜索を開始する。それまでに着席しない者はこれをテロリストと判断し、実力をもって排除するとも伝えろ。なお、貴殿は新幹線の速度を時速百十キロに維持するように努めろ――以上!」

 やはり、こんな時に頼りになる男である。数秒を待たずして、車内アナウンスが龍麻のメッセージを放送し始めた。騒がしかった車内が、徐々に落ち着きを取り戻し始める。

「――さて。こちらも行動開始だ」

「応ッ! ――って、ひーちゃん、何やってんだよ?」

「装備だ」

 龍麻が取り出し、並べ始めたのは、何でそんなものを買うんだと誰もが突っ込んだ京都土産の数々。ひょっとこのお面やらゴムマスク、新撰組と火付盗賊改めの法被である。しかし、装備というのは…

「龍麻ったら…こんな時にふざけてるの?」

「俺はいつでも真剣だ。お前たちもこれらを装備しろ。顔と体形を隠すのだ」

 懐かしき往年のヒーロー、黄○バット(昭和二五年実写版バージョン)のレプリカマスクに手を伸ばし、少し考えてから龍麻が選んだのは、骨董品屋でおまけに貰ったひょっとこのお面だった。不出世の天才面彫り師弥勒万斎なる職人が作ったという一五〇年の歴史がある名品だそうで、色々大量購入した龍麻に店の主人が【この子があなたと一緒に行きたがっている】と寄越してきた品である。

 しっかりと珍妙なお面を固定し、制服を忍び装束に着替えて法被を羽織る龍麻。ご丁寧に、十手と【御用】の文字が書かれた提灯も装備した上、唐草模様の風呂敷をマント代わりに羽織る。――うむ。どこから見ても関わってはならないレベルの【ヤバイ奴】である。

「天野殿。インターネットの方に何か情報が流れていないか?」

「え!? ――ちょっと待って」

 先ほどから情報収集していたモバイルコンピュータで、最新情報にアクセスした天野は、彼女をしてクラッと目眩がするようなとんでもない情報を見付けた。

「何て事…! この新幹線内の映像がライブで流されているわ…! でもこっちのは…さやかちゃんに同行取材している記者のカメラ映像!?」

 一同は一斉にモバイルコンピュータの画面を覗き込み、絶句した。

「――こういう事だ。ただ被害者を出すだけではなく、乗客に救いようのない恐怖と絶望を与え、その恐怖を全世界に共有させる事こそが目的なのだ。同時に世界の株式市場でも、東京関連株の大変動が起きるだろう。インターネットで流された上に、乗り合わせたマスコミが既に情報発信したとなれば、各放送局も報道管制には応じまい。ディレクターの良心に期待するのも無駄だろう」

 しかし、と、龍麻は言葉を継いだ。

「何もかもテロリストの思い通りになどさせるものか。大衆への恐怖戦術を逆手に取り、【悪】は滅びるものだと全世界に知らしめてやる。それも――こういう正義の味方に倒されれば物笑いの種にもなろう。テロリストになりたがる者も多少は減らせるさ」

 なるほど、どこに潜んでいるか判らぬテロリストに対するには、こちらもまた正体不明を貫く事が肝要だ。まして相手は、環境保護を訴えて最悪の核テロを起こそうというテロリスト。【地球防衛軍】などと名乗っている事からも、自分を絶対正義と信じて疑わない連中だと判る。そんな連中がひょっとこの面を被った凶悪な武装の火付け盗賊改めに倒されたとなれば…不謹慎だとは思うが、笑いが込み上げる。

 車内の喧燥がかなり納まる。予告した二分が過ぎ、龍麻は宣言した。

「【真神愚連隊ラフネックス戦闘開始コンバットオープン幸運をグッドラック!」







 予定とは未定であり、決定事項ではない。この時ほど、この言葉が当て嵌まる事態もなかった。

 テロリストにとっても、警察にとっても、走行中の新幹線内にカウンターテロリズムの専門家がいた事は、予想外の出来事であった。

 警視庁警備部に属する若林警視が最初にその報告を受けたのは、機能し始めた警察の対策本部であった。ただし、【現場】の対策本部である。情けない事に、大阪に設置された対策本部では未だ人すら集まってすらおらず、会議室の席順がどうのこうのと無意味な舌戦を繰り広げている有様だ。

「――なんですって? もう一度言ってごらんなさい」

「は、はい…ッ!」

 優しい顔立ちで性格も穏やかであると評判の、理知的な美人の女性上司に恐い顔を向けられ、無線オペレータは固い声で応じた。

「【爆弾十二発を確認。これより解体作業に入る。各国で使用された爆弾のデータを送れ…】…メールの内容は以上です」

「対策本部宛にインターネットを通じてって…ふざけているの?」

「じ、自分に怒らないで下さい! これが車内から送られてきたメールと、添付ファイルです」

「核爆弾が仕掛けられている新幹線に、そんな都合よく爆弾解体技術を持つ人が乗ってて、わざわざ警察に協力すると言って来たの? そんなでき過ぎた話、ある訳ないでしょう!」

 白い顔を紅潮させて怒る女性警視の肩を、同じ階級章を付けた、やや派手なスーツを身にまとったこれまた女性警視が軽く叩いた。

「そう興奮しなさんな。でき過ぎだって何だって、専門知識がある人間があそこにいる事だけは間違いないようだし、情報がもらえるだけでもありがたいと思わなくちゃ」

「それは…そうだけど…」

 若林警視は、むしろ愛らしく見える、眉間にしわを寄せた表情で、同業で同階級の南雲警視を見た。――水と油と評せられたこの二人ではあるが、最近ではサラダドレッシングとも言われている。そのココロは、普段は分離しているが使用前に良く振って混ぜ合わせると美味しくなるからだ。つまり、二人揃うと事件に対して隙がなくなるともっぱらの評判である。

「このメールに返信はできるの?」

「返信は可能ですが、指示の中に返信しないようにとあります。あと、添付ファイルの中には私設掲示板のURLが記載されていました。掲示板の管理人名は【怪傑ひょっとこ仮面】となっています」

 それを聞いた途端、南雲と若林は顔を見合わせた。そして共々、背後に控えていたお付きの刑事…秋葉警部補と五十嵐警部に向き直る。

「秋葉君…アタシ、このネーミングセンスにものすごーく心当たりがあるんだけど?」

「奇遇ですね。僕にも心当たりがあります」

「でしょうね。――それで、その掲示板にアクセスできたの?」

 その質問に、オペレータが渋い顔をする。

「はい。しかしパスワード認証式です。管理人の許可がないとアクセスできません。パスワードのヒントは【ボウヤ】となっていますが、何を意味するか不明です」

 それを聞いた南雲は、てきぱきと指示を下した。

「この部屋に隔離ブースを設置して、インターネットに接続可能なPCを三台とマイクを用意して! 手透きの者は一連の事件で使用された爆弾の資料を収集して電子媒体に保存! 尚、ブース内への入室はアタシと若林警視、秋葉警部補に限定します! 五十嵐警部! ブースの外で資料の受け渡しをお願い!」

「えっ!? そんなあ。仲間外れにしないでくださいよお」

 世にも情けない声を上げる五十嵐警部に、南雲はぴしゃりと言った。

「じゃあキミ、PCの操作できる? キーボードのブラインドタッチを?」

「え、えっと、キーボードは見ながらじゃないと…」

「でしょう? それに資料の受け渡しは重要な、信用の置ける人物じゃないと任せられないのよ。ね、オ・ネ・ガ・イ」

「は、ハイィッ! 誠心誠意! 務め上げるであります!」

 かくして、即席で組み上げられた隔離ブースから五十嵐警部は追い出され、中には南雲、若林、秋葉の三名が残された。

「どういう事? 確かに五十嵐君はPCを使えないけど、何も追い出さなくても…」

「無意識でスパイされるのは二度とゴメンって事よ。特に【ボウヤ】が絡んでいるとなればね」

「【ボウヤ】って…例の男の子?」

「間違いないわ。修学旅行の出発当日に新横浜で見送ったもの。向こうで足止め喰らって、今日帰るって連絡貰ったしね。おみやげ買って来てくれるって」

「新横浜でって…南雲警視! まさかあの新型白バイを勝手に持ち出して交通管制システムの実験をやったって言うのは…!」

「ああ、もう! 余計な事は思い出さないの!」

「余計な事じゃないでしょう! 選定前のシステムを勝手に実験するなんて! それに高校生にお土産を買ってきてもらうなんて事…恥を知りなさい!」

「彼だってアレは有効なシステムだって言ってたわよ。それにお土産くらい良いじゃないの。あの子って礼儀の塊だし、アタシにとっては大事なお友達よ。――で、どう? 秋葉クン」

 話の脱線しそうな二人の女性上司を尻目にPCとにらめっこしていた秋葉が頷く。

「もうパスワード入力画面ですよ。――心当たりを入れてみます」

 パスコードを入力。【redcaps】

「――アクセスできました」

「やっぱりね。彼、警察じゃなくてアタシに協力を要請してきたわ」

「どういう事? 南雲警視を名指しでって…まさか!」

 画面にずらずらと並ぶ情報を読み取りながら、南雲は頷いた。

「これは環境テロリストが単体で引き起こした事件じゃないと、彼も推理したのね。――ホラ、これ見て。TNT火薬五〇キロに核廃棄物を詰めたケースを取り付けた爆弾ですって。これは核爆弾とは言わないわ。東欧でよく使われたデザスター・ボムってヤツよ」

「あのね、解るように説明して。核爆弾じゃないとしても、危険な事に変わりはないんでしょう?」

「もちろん。でもね、今やテロを商売にする事自体は珍しくもないわ。この一件で政府から金を強請り取るよりも、株で儲けた方が確実且つ合法的な収入になるわ。それを踏まえた上で、東京で核爆発が起きた場合、得する人間に心当たりはない?」

 若林はちょっと考え、それから真っ青になった。

「まさか…【シグマ】構想の首都移転計画…!」

「それも一つの計画の内ね。――首都機能を地方に分散させてリスクを抑えようという計画は以前から検討されてきた事だけど、東京がデザスター・ボムによって放射能汚染されたら、まず首都放棄は免れないわ。そして立地的に、この日本で最も地盤的に安定している地方都市が新たな首都に指定される、と。当然、その街には企業も人も大量に集まり、それに伴う大規模なインフラ整備も行われるでしょう。一方で、日本で最も高い地価を誇っていた東京は土地の価値も、そこに本拠地を置いていた企業も見捨てられるでしょうね」

「そんな…! 東京は一千万以上の人がいるのよ。その人達はどうなるの!?」

 ふう、と南雲は溜息を付いた。しかし若林を馬鹿にしたのではない。彼女としてもこの事態はスケールが大き過ぎるのである。自分を落ち着かせる為でもあったのだ。

「奈菜、金に狂った人間にとっては、他人なんて虫けら以下の価値もないのよ。おおよそ東京に拠点を置けるような企業は業績も高いし、株価も高い。でもそれが軒並み暴落すると確実に判っている場合、最初は元手のかからない空売りだけで莫大な利益を得られるわ。最近は経営能力もなければ産業界に人脈がある訳でもない人間が大企業の役員に天下って、無茶な人員整理とコスト削減で無理矢理捻出した金を持って退職するケースが激増しているし、そういった連中こそが貴重な技術を海外流出させて小銭稼ぎしてる。技術者を失い、屋台骨を折られた企業のネームバリューが落ちる前に換金しようという連中がいても少しも不思議じゃないわ。また海外には、それを歓迎する連中も星の数ほどいる。一千万都民が悶え死ぬ様を見ても、手を叩いて笑い転げるでしょうね。そしてこれは、東京だけに限った話じゃない。日本の東西を結ぶ東海道のどこで起爆しても似たような効果を出せるわ」

「……ッッ」

「でも、誰にとっても唯一の誤算は、【ボウヤ】が爆弾のある所にいたって事よ。恐らく世界中で同時に起爆させるつもりの所を、どこかの司法当局に感付かれたから計画を早めたのね。だから日本だけ、移動する新幹線に爆弾を仕掛けざるを得なかった。もっともそのおかげで、爆弾には他所の国に仕掛けられた奴ほどのトラップは仕掛けられてないわ。だから即席に作った小型爆弾をカムフラージュと時間稼ぎの為に設置したのよ」

 若林が絶句し、よろっと椅子に座り込んだ時である。

「テキストを読み上げている最中に失礼ですが、南雲警視、【ボウヤ】から素性確認の問い合わせが来ています。ここは名乗っても構いませんか?」

 秋葉がのほほんと言った事で、若林の顔に生気が戻る。

「ちょっと! 今のってあなたの推理じゃないのッ!? あの子の推理を読み上げてただけ!?」

「――失礼ね! アタシだって同じ推理に行き当たったわよ!」

「嘘おっしゃい! いくら傍若無人で倣岸不遜なあなたでも、爆弾の性質を知らなければ推理できない事でしょ!」

 二人の美人がぎゃあぎゃあ言い合いを始めてしまったので、とりあえずPCと向かい合う秋葉は掲示板を通じての会話に集中した。

『何をしている? 素性を明かせ』

『素性は明かせない。だが君はそれを是とする筈だ。こちらは【女王様】の付き人【助手A】だ。【女王様】と【優等生】が同席している。【腰巾着】は部屋の外だ』

『了解。次は敵味方質問だ。――カラスはなぜ鳴く?』

『カラスの勝手だ』

『オーケー。現時点での状況を伝える。――爆弾の種類は十二発中、三発がただの花火、五発がC4(プラスチック爆弾)十五グラムを使用した対人殺傷用、三発がガソリン使用の発火型爆弾だ。そして一発は声明文通り、放射性廃棄物のタンクを繋いだミンクス3タイプの改良型だ。爆薬はBコンポを五〇キロ。核分裂反応を誘発する事はないが、爆弾基部の構造から推察するに、放射性物質の拡散範囲は半径七キロから十キロ。風向き次第では二〇キロに及ぶと思われる』

 さすがは対テロリスト部隊出身である。すらすらと流れる、警察か軍関係者でなければ知り得ない情報を前に、美人警視たちも喧嘩をやめて画面に注視する。

「秋葉君。さし当たって必要なものはないか聞いてみて」

 秋葉がその旨を伝えると、すぐに返事があった。

『可能な限り迅速に、解体に失敗した際の映像を確認したい。解体の模様を記録してある筈だ。それと、警察無線には常に欺瞞情報を流し続けてもらいたい。更に貴殿らのいる部屋においても盗聴対策を徹底するように』

 テロリストが警察や軍の無線を傍受しているというのは、カウンターテロの世界では常識だ。しかも龍麻は、警察内部のスパイを否定していない。

『了解。直ちに用意する』

『感謝する。それともう一つ、こちらは意図的に情報を流してもらいたい。この新幹線に対する犯行声明を出している組織、団体が他にもないか調べて欲しい』

『犯人は【地球防衛軍】だけではないと?』

『肯定だ。爆弾の設計からの推測だが、最大で三種類の組織もしくは個人が関わっていると思われる。恐らくは偶然の一致だろうが、そちらの目的も知っておく必要がある』

『了解した。全力でバックアップする』

『感謝する。なお、解体には時間を要するが、新幹線の走行に支障がないようにして貰いたい。特に、途中で車両ごと爆破して東京を護ろうという手段を行使しようとする短絡的な連中を押さえて貰いたい。――以上、通信終わり。追って連絡する』







「――二本とも導通がある。一本はトラップだろうが…いや、そうとも限らんな」

 床に毛布を敷き、座席の下に身を潜り込ませた龍麻は、そっとアーミーナイフの刃を赤と青のリード線の陰に差し入れる。鏡面処理されているブレードに、ひょっとこの口に挿したライトの光が反射して、リード線の裏側が映る。

「――トラップだ。赤のリード線に沿わせてあるという事は、青がタイマーか…」

 しかし龍麻は、ニッパーをトラップである剥き出しの銅線に当てた。

「――そう思わせる多重のトリックだろうが、使い古された手だ」

 銅線そのものを切断。プラスチック爆弾はその機能を失う。爆薬から信管を外し、鞄の中に放り込む。

「――マキコ。時間は?」

「…(イラッ)。十七分よ。【ひょっとこ仮面】」

 新幹線内の映像も音声もライブで流されている為、どちらも互いの名は呼ばない。龍麻はひょっとこの面を付け、火付け盗賊改めの服装を身に付けた上に唐草模様の風呂敷をマントに羽織るという、奇妙奇天烈珍妙且つ敵味方に心理的圧迫を与える(少なくとも龍麻はそう主張している)装備に身を包み、葵たちも今は私服で行動し、顔には不本意な事に龍麻がお土産に買った面を付けた上、新撰組の法被を着せられている。ちなみに天野は【おっかさん】ことウルト○の母、小蒔は【ニャンコ】ことネコ○ス、醍醐は【タイガー】こと初代タイ○ーマスクのレプリカ、裏密は見た目が怖い狐面で【玉藻】だ。ここまではまあスムーズに決まったが、最も不本意だった京一は因縁(笑)のオス〇ル様(!)で、葵に至っては般若(!)のお面で【マキコ】(誰の事かは想像にお任せします)である。(最強の家政婦市○悦子さんのリアルお面では肖像権に引っ掛かる為、それしか残らなかったのだと龍麻は主張している)

 しかし、この極め付けに怪しい集団が、確実に爆弾を解体して行くので、乗客たちの表情にも緊張と恐怖が薄れつつあった。

「次はどこだ?」

「三号車よ。急いで!」

 この新幹線に爆弾を仕掛けた犯人は、かなり偏執狂的な思考の持ち主であったらしい。最初の花火で爆弾が本物である事を示唆した後、一発目の爆弾が起爆。乗客の何人かが死に、あるいは怪我をする。そうなれば当然、乗客たちは爆発のあった個所から遠ざかろうとするだろう。そして人が集まったところで、第二第三の爆弾が起爆するという仕掛けだ。それらの小型爆弾が殺傷力を押さえられているのは、次々と倒れて行く犠牲者たちにパニックを起こした乗客が自らの恐怖に押しつぶされ、絶望のままに死んで行く様を楽しむ為であった。生き残れば生き残るほど、確実な死の刻限が迫って行く。小型爆弾からは逃げられても、時速百キロ以上で走る鉄の棺桶からは決して逃げ出せない。その恐怖を全世界に伝える為に、わざとそうしているのである。

 だが、乗客の中に龍麻がいたのは計算外もいいところだった。

「今度は鞄か…」

 まずはバッグの留め金をチェックする龍麻。小さなひっかき傷と、隙間から見えるワイヤー。――バッグの口を開ければ、ドカンと行く仕掛けだ。

 日本のOL垂涎、エルメスのバッグ…のコピー品に、アーミーナイフで切れ込みを入れて行く。慎重に合皮を切り、裏地を裂いて行く事二分。一センチ四方に切り抜いた穴から、ライトで中を照らす。

「二重コイルで覆ってあるな…。通電させたらアウトか…」

 幸い、トラップに凝った分、爆弾そのものは単純なタイマー式である。作業可能領域五ミリ四方の隙間から京都土産の竹の箸(竹は完全な絶縁体なのだ)を差し込み、スイッチを切る。これで十二発の内、十一発は解体できた事になる。

「――時間は?」

「二三分。残り――八二分」

「際どい所だな…」

 【般若】と【ひょっとこ仮面】がそんな事を話し合いつつ、メインイベンターの鎮座している特大荷物スペースへと向かう。タイ○ーマスクやらオス〇ル様やらは、乗客の避難誘導だ。【ここ】だけは特に注意を要するからである。

「さて…コイツが一番厄介だ」

 この新幹線に乗り込む時、特大荷物スペースに置かれていた二つのつづら…もといコンテナ。大きな方が爆薬と信管で、小さな方が放射性物質のカプセルである。共に複雑に絡み合ったリード線で繋がれていて、迂闊に触れば起爆する仕掛けになっているようだ。

「…何とかなりそう?」

 やはり不安が先に立ち、そんな事を聞いてしまう【おっかさん】天野。葵はそれを口にしないだけだが、やはり不安でいっぱいの様子であった。

「正直なところ、自信はない。一通りの爆発物解体技術は叩き込まれたが、高度なトラップを配された爆発物となると、専門家の知識と経験が物を言う」

(レッドキャップスでも、主にナンバー8と13が担当していたからな)

 龍麻の知識は、【彼女たち】に比べれば微々たる物だ。爆弾処理には鋭い洞察力と観察眼が求められる為、敢えてこの二人の女性メンバーには精神凍結処理が施されなかった。特にナンバー13はアメリカのある州で行われた実験…妊婦にとある試薬を投与する事で極めてIQの高い子供を産ませるという計画の被検体で、レッドキャップス・プロジェクトのメンバーに組み入れられた六歳当時ですらIQ一八〇越え尚上昇中という驚異的な頭脳を有していた。そして同じレッドキャップスのメンバーでありながら、爆発物に関してはメンバーたちの教官でもあったのだ。

(彼女ならどうするか…)

 まず、龍麻が考えたのはそれであった。テロリストと闘うには、自分がテロリストとなって考えろと言ったのはスウェイニー・ラング少佐であったが、それは爆発物に関しても同じだと、彼女は言っていた。

 さしあたって検討すべきは、解体処理に失敗した者たちのデータである。――彼らの命と引き換えに残してくれたデータだ。大いに活用させてもらう。それが――敵討ちというものになるだろうから。

そして、送られてきた映像を確認すること五分――

「――結論から言おう。こいつは俺の手に余る。解除不可能だ」

「「「エエッ!?」」」

 滅多に吐かない龍麻の弱音。だが、それにしては口調がまだ強気だ。

「さっきも言った事だが、これを仕掛けた奴は殺しを楽しんでいる。呆れるほどトラップを仕掛けているが、これは全部ダミーだ。一つ一つのトラップを解除して行けば解体できるように見せかけておいて、必ずどこかで引っかかるようにしている。――最終スイッチが入ったら、これを作った本人にも解体できない。交渉は最初から無意味だったのだ」

「そんな! それじゃ、どうするのさッ!」

 魔物が相手ではない、無機質な爆弾が相手の闘い。どうしようもなく無力な自分に、思わず声を大きくしてしまう小蒔。あと一時間と少しで爆発するのは、核爆弾なのである。ここにいる自分たちは元より、東京に到着してから爆発すれば、家族も、親しい友達も、東京都首都圏に住む多くの人々が放射性物質の降灰に晒され、深刻な放射線傷害を引き起こす。そして大戦時より純度の高い放射性物質は首都圏を相当量の残留放射能で汚染し、今後数百年間、生物の住めぬ不毛の地に変えるであろう。

「落ち着け。――無理にコイツを解体する必要はないのだ。要は、爆発させなければいい」

「え…?」

「――よく言われる事だ。【銃が人を殺すのではない。人が人を殺す】――銃は、そこにあるだけでは、人を殺せないのだ。人の手によって構えられ、安全装置を外され、狙いを定められ、引き金が引かれねばならない。そして最大の要点は、弾丸が込められていなければならぬという事だ」

「――するってェと…」

 さすがは自他共に認める龍麻の【相棒】。専門知識を持たずとも、京一は彼の言いたい事に気付いた。

「――爆薬さえ何とかしちまえばいいって事か」

「その通りだ」

 この瞬間、他の者がこのやり取りを聞いていれば「馬鹿か?」と思ったに違いない。何を当たり前の事を言っているのだと。

 しかし龍麻の指摘は極めて重要な意味を持ち、この場にはそれを理解する者が集っていた。

「これを作った奴は天才かも知れんが、俺に言わせればただの殺人狂だ。賞賛する言葉など一つも持たんな。この数々のトラップを前に各国の爆弾処理のプロたちはファイトを沸かせたのだが、基本知識しか持たぬ俺としては爆薬を外すか、うまく爆破処理するかの二択だ。そして、爆薬そのものには凝った仕掛けを施せないという事だ」

「ええと…爆薬と信管が揃って初めて爆弾となる。爆薬だけでは単なる危険物…そういう事ね」

 うむと頷き、龍麻はチタン合金製のナイフを取り出して制御装置の側面に刻みを入れた。

「貴重な情報を提供してくれた六人の命は決して無駄にしない。必ずこの爆弾を無力化し、ふざけた自称エコロジストに一泡吹かせてやる。――扉を閉めろ。制御装置の外郭を切り取り、光センサーを潰す。――タイガー、やれ!」

 扉を閉めさせ、真の闇に包まれた特大荷物スペース内。ここもライブ中継されているので、声には出さず手指による一種のモールス信号で醍醐に指示を出す龍麻。その意を悟り、醍醐は【白虎変】を発動させ、鋼鉄をも切り裂く【虎爪】を龍麻の刻んだ線に沿わせて制御装置の外板を切り裂いた。

 真の暗闇の中では龍麻も目が利かないが、【白虎変】した醍醐には見える。

「いいぞ…そのまま少し右。そこからまっすぐ…そこだ」

 醍醐の指示に従い、超小型スプレーで光センサーを潰す龍麻。解除不能とは言ったものの、この爆弾は新幹線に仕掛けられている為、ニューヨークその他に仕掛けられた物とは違い、振動センサーやジャイロセンサー、気圧センサーなどは最初から省かれているので、解体難度はさほど高くない。コンテナの蓋にある仕掛けも単純なピン式だ。龍麻程度の知識でも簡単に無力化できる。

「いいぞ。――戻れ」

 【白虎変】を解く醍醐。光センサーさえ潰せば、後は明るいところで作業できる。外板を外すと思った通り、爆薬はほぼ剥き身に近く、放射性廃棄物を詰めたタンクにも妙な仕掛けは見受けられない。

「全員、この車両から離れろ。俺も五分以内に作業を完了する」

 廃棄物とは言え放射性物質。密閉されていても微量な放射線は漏れ出す。その影響は【神威】であっても防げるものではない。備えあれば憂いなしと、基本装備の奥底で眠っていた対放射線防護シートを取り出して広げ、まずはタンクを取り外しにかかる。一応トラップの有無を確認するが、タンクと爆薬に一つずつ、感圧式のセンサーがあったのみ。――死亡した六名の先達のおかげだ。数々のトラップ群が時間稼ぎ用のダミーと見抜けなければ悪戯に時間を費やし、彼とて無視できない量の放射線を浴びていたに違いない。

「…ふう」

 センサーを殺してタンクは防護シートにくるみ、爆薬は信管を取り除いて無害化する。これで全ての爆弾解体が完了。その旨を【女王様】に伝えるべく貨物室を出た時――



 ――PAN!



「――キャアァァァァッッ!」

 龍麻を出迎えた京一たちの背後、更に向こうの車両から銃声と甲高い悲鳴が響いてきた。続いて、怒号が。

「――どけどけ! どけえっ!」

 そこは折悪しく、明日香学園の生徒たちが乗っている車両。その中央まで移動しつつで喚き散らし、周囲を威嚇しているのは三十台前半と見られる青年であった。腕には新聞記者を示す腕章をしている。だがその右手には小型の回転式拳銃を握り締めて振り回し、左腕では少女の首を締め上げて引きずっていた。その少女はテレビなどで良く見られる顔…あの舞園さやかであった。

「――さやかちゃ…ッッ!」

 隣で叫ぼうとしたオス〇ル様に一発かまし、素早く状況を探る龍麻。

(――あの映像の主か)

 車内をライブ中継していた映像の内、一つだけあった一般市民提供だという映像。【女王様】の情報では舞園さやかを取材中の記者の物だという事だった。動画サイトを通じて事件の渦中にある舞園さやかの様子を映し続けていたらしい。

(こいつが犯人の一人か。だがなぜ急に?)

 ふと壁のテレビを見ると、そこには犯人からのメッセージが。



 【核爆弾の解体おめでとう。しかしその成功を引き替えに最後の爆弾にスイッチが入った。この爆弾は放射性廃棄物利用の廉価版にあらず、高純度ウランのペレットを使用した本物のデザスター・ボムだ。この新幹線は時間経過もしくは東京駅到着と共に東京を壊滅させ、諸君らは最初の犠牲者となる名誉が与えられる】



 そんなメッセージと共に添付されているのは、新幹線の先頭車両に設置されている箱型の物体の、これもライブ映像だ。そして残り時間を示すタイマーが無情に時を刻んでいく。

 走行前の車両点検を徹底している新幹線に爆弾を設置――ただのテロリストではなく、国家レベルのバックアップがあるプロの仕事か。

(…厄介な)

 推理通り、こいつが三つ目の勢力だ。正確には、【地球防衛軍】のテロ計画に便乗した組織だ。そしてこの勢力の難儀な点は、爆弾を無力化した事を即座に察知されてしまった事だ。これは…この走る棺桶と化している新幹線に、命を賭した監視者がいる事を意味する。

 しかし、今は舞園さやかの事だ。こちらは仕掛けられていた【花火】の性質からして【地球防衛軍】のテロとは全くの無関係。大方、テロの標的となった新幹線に現役の国民的アイドルがいるというシチュエーションでの自作自演ドッキリだったのだ。しかしこちらにもこの便乗犯がいて、番組の演出を装って舞園さやかに何らかの危害を加えようとしていた。それが、本物の命の危機を前に自棄になって行動を起こしたと。

 そんな男の前に立ち塞がれば、その銃口は当然、龍麻に向けられた。

「そこのふざけた奴! よくも俺の計画を邪魔してくれたな! てめえなんか――!」

「――御用だ御用だ御用だ御用だ!」

 火付け盗賊改めの決めセリフと共に、龍麻はずんずんと前に突き進んだ。

「!!」

 ドッキリではないと判明した今、それは余りに無謀な突撃! 驚いた男が反射的にトリガーを引く。銃弾は容易く龍麻を捉え、新撰組の法被が弾け、唐草模様の風呂敷がちぎれ飛ぶ。五発全弾をその身に受けた龍麻は仰向けに倒れ、明日香学園の生徒たちの悲鳴が空気を震わせた。

 しかし――

「――フハハハハハハッ!」

 妙にくぐもった、何故か奇怪な反響エフェクトのかかった笑い声と共に、ひょっとこ仮面がムクリと身を起こす。敢えて言うならば【黄〇バット】の笑い声だ。弾切れの銃のトリガーを引き続けながら、男がひきつった声を張り上げる。

「な、なんなんだよテメエ! テメエ! 何者だ!」

 あちゃ〜と天を仰いだのは、ひょっとこ仮面の仲間達だ。そう。男は無意識に、この状況で、このコスプレ大好き男が一番喜ぶ聞き方をしてしまったのだ。ふわりと立ち上がったひょっとこ仮面がタン! と床を踏み締め、香ばしいポーズを取る。――演出は大事なのだ。

「――問われて名乗るもおこがましいが、知らざあ言って聞かせやしょう! ある時は不敗のギャンブラー! またある時は滑る落語家! またある時はインドの山奥で修行した怪傑ひょっとこ仮面! かくしてその実態は!」

 ばっとマント代わりの唐草模様の風呂敷を投げ捨てるひょっとこ仮面。その下から現れたのは――通路をまたいで座席の背もたれに両の爪先のみで立って決めポーズをとる、赤と青のタイツスーツを身にまとった男――

「――爆弾魔を退治しに来た男、スパイーマン!」

 台詞の合間にすらエアあやとりの決めポーズを入れての口上。そしてなぜかその場にて右を向いて決めポーズ、左を向いて以下同文、後ろを向いてry

(スパイピーマン? って、全国放送だからって伏字まで自分で入れて…龍麻君ったら、悪ノリし過ぎ! そもそもいつからそんなの着てたのッ!?)

(なげーよ! 色々混じって意味不明だし解る人には怒られそうだし、東映版二九話の口上そのまま言っちゃった上に十八話のセルフ視点移動まで! とりあえずひーちゃんに代わって色々な人、ゴメンナサイ)

 焚美とさとみのツッコミを始め、微妙な空気が流れてしまった新幹線内と事情通の者たちであったが、テレビを通じてそれを見ていた者たちの反応は違った。

 日本全国どころか、世界中でこの大規模テロの特別番組が流され、【怪傑ひょっとこ仮面】なる正義の変人が爆弾を解体しているという事で、多くの者の目がテロの渦中にある新幹線内の映像に見入っていたのである。そこに現れたのは数多のアメリカン・ヒーローの父、スタン・リー・マーティン・リーバー氏の産み出した【息子】の一人、スパイ○ーマン! 少なくともその出現が二度目になる日本のチビッ子とお父さん達の歓声が全国のお茶の間に響き渡った。

「新幹線に核爆弾を仕掛けて人々を脅し、金を奪おうとし、あまつさえ罪なきアイドルを傷つけんとする! ――許せん!」

 そこでようやく、男が我に返る。――名乗りや口上中に攻撃してはいけませんという【お約束】に協力したのではない事は確かである。

「ふざけるな! 何がスパイ…!」

「――えいッ!」

 伊達に人気ナンバーワンを張っていない、国民的アイドルの度胸一発。自分への注意が逸れた男を突き飛ばして脱出するさやか。しかし男がポケットから取り出した物を見た瞬間、スパイ○ーマンの手が鋭く閃く。

「スパイ○ーストリング!」

「――キャアッ!」

 スパイ○ーマンの必殺技に絡め取られて吹っ飛んだのはさやかであった。そのまま彼女はスパイ○ーマンの胸に抱き止められたが、その判断は正しく、男の放ったビンから飛び散った液体が白い煙と刺激臭を振りまく。さやかを抱いたままスパイ○ーマンは身を捻って飛沫をかわし――

「スパイ○ーネット!」

 情熱的なタンゴの優美な決めポーズから放たれる必殺技。男はネットで簀巻きにされ、芋虫の如く床に転がった。口にもネットが絡まったので、無粋な罵り声は上がらない。「許せん!」から一分にも満たない、スパイ○ーマンの勝利であった。

「無事か?」

「――ッッ!? はっ、はいっ!」

「もう安心だ。落ち着いて息を整えろ」

 すっとさやかを下ろしたスパイ○ーマンであったが、さやかは胸の動悸を抑えつつ、スパイ○ーマンを凝視する。そう、憧れの人物に出会ったかのように。かつて言われた言葉を思い出すかのように。

 しかし、ヒーローとは忙しいものだ。彼は醍醐…タイ○ーマスクを手招き、指示を飛ばした。

「窓を切り抜け。四〇センチ四方だ。俺が車外に出たら元に戻して空気の流入を止めろ。――なお、決めポーズは忘れずに」

「…了解した。――ぬうん!」

 いつもなら一発ぶん殴る所だが、時間が惜しいので不本意ながらぎこちないジョ〇ョ立ちと共に【白虎変】発動! 腕のみ獣化させ、【虎爪】で強靭なポリカーボネイト製の窓に菱型の斬線を刻む。そこにスパイ○ーマンが手のひらをぴったりと押し当て、気合一閃引き抜くと、切り抜かれた窓がくっついてくる。そこから激しく風が吹き込み、さやかは翻る髪とスカートを押さえた。

「車内は任せる」

「うむ。気を付けてな」

 そこにかけられる、第三の声。

「あ、あのっ!」

 どうしてこういう時、もっと気の利いた言葉が思い浮かばないのだろう。もっと勉強しなければと見事なプロ根性を発揮しつつ、さやかは胸前で拳を固めて言った。

「が、頑張ってくださいっ!」

 それに対する返答は――

「任せろ」

 敬礼を一つ残し、スパイ○ーマンはするりと車外に滑り出た。一瞬で肩関節をコントロールする驚嘆の技だが、さやかは別の事を考えていた。

(今の感じって…もしかして…)







 兄弟子の壬生紅葉が無駄に凝りまくって作ったスーツの機能で容易く屋根へと滑り出た龍麻であったが、想像通りに困難なミッションであると再認識していた。

 新幹線の速度は指示通りに百十キロである。勿論ハリウッド映画のように物理法則を無視する事はできず、風の抵抗が強烈で、足元は滑りやすい。加えてパンタグラフを支える鉄骨が一定間隔で駆け抜けるので迂闊に立ち上がる事もできない。少々時間はかかるが、匍匐前進するしかない。

 幸い世界に誇る新幹線故に震動は少なく、鉄骨の高さはそれなりにあるので、無駄に直立しなければ何とかなる。龍麻は正にクモそのものの軽やかさで前進を開始した。

 報道管制が無意味になった今、駆け付けた中継ヘリによって、新幹線内のモニターでもその様子が映されている。新幹線内のモニターでもその様子が映されており、微妙に気色悪いながらもシャカシャカ進む彼にこれならいけそうだと思った時、オス〇ル様が警告の声を上げた。

「っ!? 避けろスパイ○ーマン!」

 本来聞こえる筈のないその声に反応し、飛びのいた龍麻のいた地点で激しく火花が飛び散る。何かしなやかな鞭のようなものが襲いかかり、新幹線の天井を陥没させたのだ。

「――うまく避けたな。スパイ○ーマン」

「――ッッ!」

 その事実に、誰もが騒然となる。そいつの声はイヤホンを通じて龍麻に、対策本部の【女王様】達に、そして全国のテレビの前の視聴者に届いたのである。警察無線と龍麻の使う秘匿回線に加え、ヘリから中継中のテレビクルーの無線さえも同時にジャックし、話しかけてきたのだ。しかも隔離ブース内にいる筈の【女王様】たちの会話をもテレビに中継するおまけ付きで。

「あー、一篇に喋るなよ。ここは黙って主役の言葉を聞け」

 自己顕示欲の塊のような事を言う男だが、通信が繋がっている者たちは一斉に口をつぐむ。いつから、どこから聞かれていたのか? これは最初から秘匿回線を使用していたスパイ○ーマンは勿論、隔離ブースを自分で作るように指示した南雲達にとって由々しき問題だ。

(――ここまで動きを読まれていたか)

 【敵】の尋常でない組織力を思い描き、憮然とする龍麻。こいつは最初からこちらの動きを全て把握していた。だが、なぜわざわざ姿を現す? そもそも、なぜここにいる? その答えは、最悪なものになる筈だ。

「何者だ?」

 ぬらり、と屋根に上がってきたのは中肉中背、取り立てて特徴のない、色褪せた茶のトレンチ・コートを纏った男だった。

 だが、走行中の新幹線の天井によじ登れる段階で、ただの人間である筈がない。少なくとも、黄色く光る眼は爬虫類のそれと同じであった。しゅるり、と伸びた舌も。

 だから、敢えて問うた。むしろ名前よりも、その存在を。

「――名前はない。一度死んでこの身体となり、俺は何者でもなくなった」

 つまり――軍人。それも特殊部隊で、非合法活動専門の。

「それで、爆弾を最後まで見張っていたのか。死ねという命令に従ったのだな」

 あの爆弾の構造では、交渉結果がどうなろうと起爆させるつもりだった筈。もし監視者がいたならば、爆弾と運命を共にする任務になる。非人道的と非難する事はたやすいが、古今東西、割と【よくある事】だ。人は、それが他者の命である限り、【正義】、【国】、そして【愛】の為に命を賭けろと平気で口にする。それを拗らせると己の自己満足に他人を巻き込み、【みんなで仲良く死んで差し上げましょう】と隣人に刃を突き立てるのだ。

「少し違うな。その任務にあたっていた者はこの新幹線には乗っていない。――俺が殺した」

「!?」

 いわゆる決死隊を始末し、自分が爆弾のある車体に乗り込んだ? 何の為にそんな事を?

「お前の推理通り、【地球防衛軍】とやらの爆弾が爆発すれば首都圏は放射能汚染される。だが、実はそれほど大した汚染ではない。ガイガーカウンターで検知できるが、汚染そのものは微々たるものに設定されていた」

「…なるほど。目的は首都圏の乗っ取りか」

 男は楽しそうに、実に嫌な笑いを浮かべた。

「察しが良いな。そうとも。放射能汚染という餌を撒けば、放っておいても日本のマスコミがいくらでも風評被害を拡散し、企業を潰し農地を破壊し、地価を大暴落させる。後は空売りで儲けた金を突っ込めば、世界有数の大都市をインフラごと買い叩けるという寸法だ」

 キリ、と龍麻の歯が鳴る。これは単なる金儲けの話ではない。テロを起点とした、日本の乗っ取りだ。なぜこうも次々と…と思いつつも、非暴力を喚き過ぎて無防備になり過ぎた日本人に対しても溜息が出る。無防備ですよと宣伝すれば強盗が喜んで襲撃するのが人間の浅ましい真理の一つだろうに、己ばかりか家族一族郎党の生命財産すら投げ捨てて強盗をおもてなしせよと言わんばかりの馬鹿さ加減だ。

「だが、俺の目的は違う」

 男は続けて言った。

「連中は首都圏を買い叩く為に多額の融資を集めている。ところが東京が本当に壊滅したらどうなる? 世界中から募った融資が焦げ付いたら? 困った時の円頼みも、いつもやっていた負債の押し付けも、東京が壊滅すれば不可能になる。世界の富の大部分を手にしながらまだ欲しがるような金食い虫の泣きっ面が目に浮かぶぜ。行きつく先は、借金回収の為の戦争だ」

 ――そういう事か。龍麻は納得する。この男は経済的な国家機密にまつわる任務…恐らく【日本軍事大国化計画】に就いていた為、機密保持の為に殺されかけたのだろう。そして個人として巨大組織に立ち向かう…のではなく、どうせ逃げ切れぬならば組織に、世界に、壊滅的な損害を与えてやろうと。世界そのものを道連れにする、壮大な自殺をしてやろうと考えたのだ。

 有り得ない、不可能だ――否定するのは簡単だが、欲に狂った人間には理性的判断や第三者的視点がない為、他人からは狂気の沙汰としか見えない行動も平気で実行できるものなのだ。実例を見たければ経済新聞を一カ月ほど購読すれば、業務提携やら国際化という甘言に釣られて技術も資産も人材も流出するアホな企業が意外と多い事に気が付くだろう。

「――解ったか、スパイ○ーマン。これは正義の戦いだ。世界中の富を搾取する悪を滅ぼす為の戦いだ。邪魔をするな」

「その歪んだ正義とやらの為に一千万都民を殺し、首都圏の住民を追い立て、日本を滅ぼすか。ふざけるな。命を何と心得る」

「金の亡者と平和ボケしたウジ虫どもなど何人死のうと構わん。貴様こそ正義の味方なら、まず滅ぼすべきはこの日本だ。世界の為に、この国は滅ぼすべき――ッッ!」



 ――キン!



 男の鼻先に唸り飛ぶスパイ○ーストリング! 首を振ってそれを回避すると同時に右手を振るい――その手が鞭となってスパイ○ーマンを打つ! しかしその時既に彼はトンボを切って回避しており、鞭は新幹線の天井を破壊するのみに留まった。

 そして――テレビの前で見ている良い子の皆には格好良い、中の人を知っている人には微妙に香ばしいポーズを取る龍麻。本日第二弾、Bパート(笑)の口上は!

「盗人にも三分の理あり! されど愚者の戯言に価値はなし! ――大東京の破壊を阻止する男、スパイ○ーマン!」

 そして再びエアあやとりから連なる香ばしき連続決めポーズ! お茶の間では子供たちの歓声が上がり、中の人を知る者たちはそっと心の中で溜息をつく。(うんうん。たとえ的外れでも物事に対して徹底的な所も変わってない)とか(今度は三二話のアレンジか…。色々な人、ゴメンナサイ)とかいう旧友の心の声は彼には届かない。

 だが、東京を破壊せんとする男には、高らかに謳い上げようとした主義主張を中断された事も含めてこの上ない挑発となったようだ。気合一閃で飛び上がり、天井に仁王立ちになった時、男は変身を終えていた。顎と鼻面が前に迫り出して大きく裂けた口の中にはずらりと並ぶ牙、両眼は左右に分かれて顔面は鱗に覆われ、腰には長い尻尾。――獣人化現象。緋勇龍麻としては二度目の遭遇となる、リザードマンだ。その、伸縮する鞭と化す両腕も含めて。

「――欲まみれの豚どもには一片の希望もやらん。死ね、スパイ○ーマン!」

 しかし、リザードマンがまだ何もしていないというのに、スパイ○ーマンは突然ぐっと胸を押さえ、よろめくように倒れた。

「ッッ!? ――ガッッッ!!!」

 轟音と共にスパイ○ーマンの頭上を吹っ飛んでいくトカゲ男! ――何の事はない。スパイ○ーマンはトンネルが近付いて来たので撃たれたフリをして伏せたのだ。進行方向に背を向けていたトカゲ男は見事に騙されてそのままトンネルの天井に激突してしまったのである。

「ええええ…!?」

「そんなんアリか…」

 特撮ヒーロー番組ならばここで殺陣シーンとなってヒーローが格好良く悪者を退治するのだろうが、ばっちり決まったスパイ○ーマンの口上の直後に展開した余りにもアホ過ぎる決着に、新幹線内ではそんな声が上がったりもした。しかし事情通の者たちは「まあ、そうなるわな」「挑発に乗る奴が悪い」「うん。こうなると思ったー」「うふふ。ブザマね」とトカゲ男氏を酷評し、更に今時のお子様たちは慣れたもので、全国のお茶の間では歓声やら称賛やら、「ヒャッハー! 汚物は消毒だァ!」とか「さすがスパイ○ーマン! 俺たちにできない事をやってのける! そこにシビれるッ! 憧れるゥッ!」と叫んだチビッ子がいたりして緊急家族会議が勃発したようだ。

 【必殺死んだフリ】だけで大口を叩いたアホの脅威を退け(?)たスパイ○ーマンは、熱海近郊のトンネル地帯を抜けてからは全速で先頭車両を目指し、遂に最後の爆弾の下へとたどり着いた。

 しかし、いかにスパイ○ーマンと言えどどうにもならない事態が待っていた。

 爆弾が設置されていたのは通信設備などの整備用スペースだったのだが、強化アクリル板でわざとらしく中が見えるようにしていながら、アクリル板を破壊しようとすると放射性廃棄物入りのカプセルをも破壊してしまうという配置だ。そしてその外板を留めているのは…

「むう…。――聞こえるか? トラップはなく、爆弾さえ取り出せば放射性物質の拡散は阻止できるが、ボルトが太すぎる。手持ちのプラスチック爆弾では放射性物質のカプセルが損壊する恐れがある。専用工具が必要だ」

 もはやなりふり構っていられない。盗聴の中継は続いているので【女王様】に話しかけるスパイ○ーマン。

『猶予はどのくらいあるの?』

「自爆用タイマーが既に起動している。残り――四二〇秒」

『――間もなくそちらに支援部隊が着くわ! 何とか頑張って!」

「了解した。次の指示を待つ」

 一方、その会話に混ざるように、取材ヘリとテレビ局との通信が交わされる。テレビ局からは緊急事態への順応が高い司会者が必要だという事で、今はフリーの「ズー○イン!」と「ニュー○ークに行きたいか!」の掛け声が有名なアナウンサーが応援に呼ばれており、リポーターに呼びかける。

『中継ヘリの春本さん。これ以上の中継は危険です。直ちに退避してください』

「し、しかし!」

『春本さん春本さん。気持ちは解りますがもう危険です。我々が被害を拡大させてはいけません。戻ってください」

 年若いリポーター春本は絶句して唇を噛む。――彼は直撃世代でこそないが、親が特撮ヒーローを、それも昭和世代のヒーロー好きだった為、彼もその影響で子供の頃はどっぷりハマっていた口である。平成世代のニヒルなヒーローと子供に理解し辛いシナリオと違い、子供が端的に理解できる勧善懲悪のストーリーに感化されて育った彼は、時として【子供っぽい】と揶揄されるような正義感の持ち主でもあった。

 どうする? どうすれば良い!? 目の前でヒーローが戦っているのに、自分は尻尾を巻いて逃げるのか!? 本当に自分には、何もできないのか!?

「どうします? ――燃料はまだ保ちますよ」

 逡巡する彼に、パイロットが話しかけてきた。鏡越しに、無理に笑っている事が判る引き攣った口元が見える。思わずカメラマンと顔を見合わせると、彼もまた無理に作り笑いをして、ぐっと頷いた。

 怖いのだ。二人とも、本当はすぐに逃げ出したいほど。自分だってそうだ。爆発に巻き込まれたらヘリが墜落するかも知れないし、さっきのトカゲ男の言う事が本当なら、高純度放射性物質からまき散らされる放射線を浴びただけで二十分とかからず死ぬ。

 だから、こう言った

「――現場から、中継を続けます…ッ!」

『春本さん!』

「やらせて下さい! ヒーローが人を! 日本を護ろうと戦っているんですよ! 僕たちはこれを伝えなくちゃいけないでしょう!? ――スパイ○ーマン! 全国の、いえ、全世界の子供たちが応援しています! 世界の平和を、未来を護って下さい!』

 果たして、返答はあった。短く、力強く、信頼感溢れる声で。

『――任せろ』

 その瞬間、日本全国、否、中継の繋がっている全世界のお茶の間で、街頭テレビの前で、電気屋のテレビ売り場で、怒涛のごとき歓声が上がった。【任せろ】――ヒーローがそう応えたのだ。

 しかし――

『ちょーっと待った』

 全く唐突に、何者かの声が通信に紛れ込んだ。少し年配の人は「ちょっと待ったコール?」と首を傾げる。

『誰か忘れてるんじゃないか? 一人で格好付けてるんじゃねえよ』

 ゴオッ! と爆音を響かせ、一機の飛行物体が新幹線に向かって飛んでくる。

「あれは…【マー○ラー】!?」

 その呟きが聞こえた京一たちは「イヤイヤイヤ。ないないそれはナイ」と胸中で声を大にして突っ込んだ。勿論それはその通りで、飛来したのは航空自衛隊の輸送機川崎C1である。しかし…スパイダー○ンが【マ○ベラー】と誤認したのもむべなるかな。その機体には赤青黄の玩具の基本色に加え、クモの巣を模したペイントが施されていたのだ!

『そこのヘリ! 新幹線の右後方に付ければ作戦の邪魔にならない! 奴の雄姿をしっかり伝えろよ!』

『は、ハイッ! あ、あのっ、あなたは…!』

 その声に呼応した訳ではあるまいが、C1の後部貨物扉が開かれる。そこに立っていたのは…

『か、仮面○イダーク○ガ! それに、イナ○マンッ!?』

 マジか…と、またまた事情通の者たちに微妙な空気が流れたが、全国のチビッ子たちとパパさん達は大興奮である。良く見ればC1の操縦席にいるのも【科学特○隊】の制服を身にまとっているではないか!

 思ってもみなかったヒーローたちの参戦に、しかし当人たちは声のみで相手が誰か分かったのか、即座に状況を話し合う。

『三センチのボルトが六本、その下に爆弾とタンクだな? ボルトとタンクはどのくらい離れている?』

「約五センチ。タンクは正面から見て右寄りだ」

『よし。お前は少し離れていろ。――新幹線の運転士! 速度を二百キロまで加速しろ!』

『はっ、ハイィッ!』

 加速する新幹線とは逆に、タイヤを出して速度を落とすC1。――こんな状況だが、元特殊部隊隊員として輸送機に思い入れのある龍麻は興奮と感動を禁じ得なかった。かつて記録映像で目にした、日本各地で開催される航空祭でお披露目される輸送機によるアクロバット飛行。その妙技を、この身で体験できるとは!

『ボルトを飛ばす。お前は爆弾だけ取り出せ。スカイフックして洋上に投棄する!』

「了解」

 ク○ガは己の武器、コルト・パイソン・ハンター・八インチを抜き、弾丸を三五七マグナムKTWに交換した。

『フックの用意を頼む。あいつはすばしこいからな』

『知ってるさ』

 互いに中の人、東京一のスイーパーHIROと、自衛隊特殊戦【イプシロン】の桂木三佐は笑いあう。

『――弁天山トンネルまで六十秒! 射撃用意!』

 そしてC1はパンタグラフに接触寸前まで降下する。時速二百キロ以下、失速域に突入しつつも機首を起こしエンジンパワーを調節して高度を維持、新幹線を緩やかに追い越していく。そのハッチの縁から標的が姿を現した刹那、ワイヤーで身体を固定したク○ガがウィーバー・スタンスからの精密射撃で――



 ――ドドドドドドウンッッ!!



 一続きの雷鳴と共に三本のボルトが吹き飛び、カバーがめくれ上がる。失速状態の航空機機上、ジェットエンジンによる空気乱流、時速二〇〇キロで走行する標的――銃や射撃に関するプロフェッショナルたちには目玉ドコーレベルの神業だ。しかしヒーローならそのくらいできて当然と信じる子供たちは歓声を上げた。

 スパイ○ーマンは素早く走り寄り、カバーを剥ぎ取って爆弾を取り出す。プラスチック爆弾がざっと三十キロ。トカゲ男の言葉にハッタリはなく、放射性物質のタンクにはとある大学の名が書かれている。爆発を許していたら近隣住人が数千から数万単位で被害を蒙る事は間違いない。

「――確保!」

 爆弾を引っ張り出し、唐草模様の風呂敷で包んで肩に担ぐスパイ○ーマン。時代劇の盗人のような微妙にアホな姿になってしまったが、そこはスルー推奨だ。片手を上げると、イナ○マンがそれに応え――

『フック射出! ――五秒後に捻り込め!』

 スカイフック用のワイヤーが宙へと投げ出され、風に巻かれて踊る。勿論直接フックで引っ掛けるなどという器用な真似などできる筈はないので、そこは――

「スパイ○ーストリング!」

 パンタグラフの隙間を貫いて放たれるスパイ○ーストリング! フックを絡め取ると同時に躊躇なく宙へと身を躍らせるスパイ○ーマン。そして弁天山トンネルをかすめるようにC1が急上昇し、誰ともなく「よっしゃ!」と声を上げた時――

「――ガァァァァッッッ!」

「――ッッ!」

 宙へと飛んだスパイ○ーマンに向かって唸り飛ぶ茶色の鞭。――あのトカゲ男だった。スパイ○ーマンの首に絡み付かせた鞭によって彼も宙へと飛び上がる。

「――逃がさんぞスパイ○ーマン! お前らも道連れだ!」

 すでにトカゲ男は満身創痍。体中から出血し、両足はあらぬ方向にねじれ、左腕の鞭は肘の辺りでちぎれている。トンネルに激突しておきながらなお落下を免れたようだが、その代償は大きかったようだ。

 しかしスパイダーマンもまた、両手が塞がっていては反撃ができない。強風に煽られるままに右に左に揺れ、パイソン・ハンターを構えたク○ガも発砲できずにいる。

『クソッ! 先に爆弾を捨てろ!』

 ク○ガの叫びに、しかしイナ○マンが制止の声を上げる。

『駄目だ! 前方に船舶を複数確認!』

『釣り船だと!? なぜ避難していないッ!?』

 せっかく洋上に出たというのに、海上には何艘もの船舶。このまま爆弾を投棄しては市民に被害が出る。――後に判明して猛批判を受ける事になるのだが、この日は快晴に恵まれた為に洋上には多くの釣り船が出ていた。無論、政府からの避難指示は出ていたのだが、全ての自治体が同意した訳ではなかったのと、一部政党を支持する市町村長が避難指示を握り潰した為であった。曰く、【無能な与党の命令で市民生活を圧迫してはならない】と。

(――このままではいかん…ッ)

 トカゲ男を振りほどけず、爆弾を捨てる事も出来ぬまま、さすがのスパイ○ーマンも目の前が暗くなり、意識が途切れそうになる。しかも――脳裏に京一ら【真神愚連隊】の仲間たちや、レッドキャップスの仲間たちの顔が行き過ぎる。――死の間際に見る走馬灯!? 冗談ではない! こんなところで死ねるものか!

 その時だった。

『――頑張って下さい! スパイ○ーマンさん!』

 インカムから流れた美しい声が耳朶を打った。

 次の瞬間、怒涛の如く激励の声が響いてきた。

『気合入れろ! スパイ○ーマン!』

『とっととぶちのめしちまえ!』

『やっちゃえ! そんな奴!』

『ヒーローは負けないものよ!』

 最初の声は…国民的アイドルの声か。続いたのは仲間たちの声。そして――

『負けちゃやだよ! スパイ○ーマン!』

『頑張れ! スパイ○ーマン!』

 なぜか届いたのは、大人の声も混じった子供たちの声援。後にそれは、スタジオを飛び出した司会者がテレビ局前に集まっていた子供たちに「スパイ○ーマンを応援して!」とマイクを向けたのだと知る。彼は平成版【ガ〇ラ】にも本人役で出演した、真の名司会者なのだ。

「ヌグウッ!」

 それらの声援が彼に力を与える。――比喩的な表現ではなく、【真神愚連隊】の支援班が駆使する【羅刹】や【金剛】と呼ばれる強化術のように、全身に力が漲ったのだ。

「っっ!?」

 首を絞めている鱗だらけの腕に指を喰い込ませ――単純な腕力のみで引き剥がすスパイ○ーマン。さすがに表情が引き攣ったトカゲ男の脇腹に肘打ち一閃。胴の反対側まで突き抜ける衝撃に、トカゲ男の口から血泡が吹き零れた。そして力尽きて落下するかと見えた時――

「グ…ガッ! ハッ! ――道連レダト言ッタダロウ!」

 ブン、と振るわれたトカゲ男の尻尾がスパイ○ーマンを巻き締める。それが精一杯と見えたが、違った。見せ付けるように引きちぎったシャツの胸元に覗いたのは自爆用ベスト。LEDのタイマー表示は、五秒…!

「!」

 それを見たスパイ○ーマンはワイヤーをカット! いや、そこは既に爆弾の投棄可能海域であった。そして両手が自由になったスパイ○ーマンのラッシュ――【八雲】! 瞬時に眉間、陣中、咽喉、檀中、水月に相当する急所を打ち、元人間らしく体機能を失って落下するトカゲ男に風呂敷包みを叩き付け――ヒーローが止めに放つ必殺技は――【神羅覇極流奥技・餓龍獄炎吼】!



 ――カッ!!



「――アアッ!!」

 空を駆けた巨大な炎龍の――閃光――轟音――振動。そして、弾け飛んだ二つの人影を呑み込んで天高く噴き上がる大量の水飛沫と水蒸気。C1も衝撃に揺れ、さすがのク○ガもイナ○マンも苦鳴を漏らす。そして…キノコ雲状に立ち上る水蒸気を見て思わず機体を殴り付けた。

 この爆発では…いくら彼でも…!

「そ、そんな…ッッ!」

 揺れるヘリの中で春本が、そしてテレビにかじりついていた群衆の中から、絞り出すような声が上がる。それを引き金にして、子供たちの泣き声と群衆の悲鳴が迸った。

「スパイ○ーマンが…死んじゃった…!」

 ヒーローは時として正義を護って死ぬ。だがそれは、ドラマとしての話だ。しかしドラマと現実の区別が曖昧な子供は勿論、現実をそこそこ弁えている大人たちも、その事実は受け入れがたかった。たった今、その瞬間まで、そこで戦っていたヒーローが、あれほどの爆発に飲み込まれて消えてしまったのだ。

「――大丈夫だよ!」

 大人も混じった泣き声を圧するように、その元気一杯の掛け声でアメリカを横断するクイズ番組を取り仕切った司会者が叫んだ。彼は近くで泣きじゃくる子供を三〜四人まとめて抱き締め、言った。

「大丈夫! スパイ○ーマンは不死身なんだ! 必ず皆の所に帰って来るから、泣いちゃだめだ!」

 それは大人から子供に送る、優しい嘘であったかも知れない。しかし現実は過酷で、残酷だ。そのヒーローは皆が見ている前で爆発に飲み込まれて消えたのだ。どう見ても、彼が助かるとは思えな…

「…本当に?」

 マイクが近かった事もあり、その子の声はテレビを通じて全国に届く。その子は涙に濡れた顔を上げた。司会者に追随したカメラマンはすぐさまその子にフォーカスする。

「…本当に、スパイ○ーマンは帰ってくる?」

「勿論だよ。あそこにはラ○ダーもイナ○ズマンもいたでしょ? ヒーローは助け合って悪と戦うんだから、きっと大丈夫だよ!」

「うん…。ボク…もう泣かない。泣いてたら…スパイ○ーマンに嫌われちゃう…」

「そうだよ。スパイダーマンは皆を護るために不死身なんだ。皆が信じてる限り、絶対に帰って来るんだからね!」

 そうだ、そうだよ、とざわめきが広がる。自分たちがヒーローを信じられなくて、誰が彼に守ってもらえるというのか。いや、自分たちが信じればこそ、彼は無敵であり、不死身なのだと。

 そのようなやり取りが全国の街頭やお茶の間などで繰り広げられている時、一つの連絡が中継ヘリの春本に届けられた。

「はい? 大磯ロ○グビーチに向かえと…? なんでそんな所に――って、まさか!?」

 マイクが繋ぎっぱなしであるにも関わらず、春本はパイロットに叫んだ。

「大磯ロ○グビーチに向かってください! 大至急!」

 テレビから響いてきた声に、誰もが泣き声を抑えて中継ヘリからの映像に注目する。さすがに巨大なプールと真正面に大海原を見渡せるホテルを有する巨大遊行施設でも、ヘリの発着場まではないので国道を挟んだ砂浜へと降り立った春本とカメラマンである。

「あっ、あれは…!」

 【マー○ラー】カラーのC1から飛び降りた二つのパラシュート。それを操っているのは…ク○ガとイナ○マン! 春本は手を懸命に振ったが、彼らはそれを制して海の方を指差した。

 そして、カメラマンが叫んだ!

「春本さん! あそこ!」

「と、撮って! あのボートを!」

 そこにいたのは波を蹴立てて疾走する一隻の軍用ゴムボート。――爆発直後にC1から投下したボートだ。そのエンジンを操るのはマリンブルーのスーツを纏ったヒーロー。そして跳ね上がるボートの船首で、ズタズタに裂けたスーツを纏って香ばしいポーズを決めているのは…

「あ…あ…ッッ! あれは…太○戦隊のバ○シャークと…!」

 春本は、男泣きに涙を溢れさせ、その名を叫んだ。それを画面の中に見出した大観衆と共に。

「「「「「スパイ○ーマン!!」」」」」

 その瞬間、日本及び世界各地で大歓声が上がった。街頭で、電気量販店で、避難準備を始めていた会社で、商店で、お茶の間で、手を叩き、飛び跳ね、誰彼構わず抱き合い、泣き笑いし、ヒーローの無事を喜び合った。

 そして、感極まった春本が間もなく岸辺に付こうかというヒーローを迎えようとした時である。



 ――BABABAUBABABAUBAUUUUUUUU!!



 背後の国道からけたたましい爆音が響いてきた。

「何だこんな時に! …って、えええええええっっ!?」

 最高の気分をぶち壊しにするとはどこの暴走族だ――とカメラマン共々振り返れば、そこには色彩の山! そして金属質な服が跳ね返す光の群れ! それは――!

『仮面○イダーだ! エッ○スにスト○ンガー! アマ○ンもスー○ーワンもスカ○ライダーも…ゼ○ロスもいる!』

『キカ○ダーもいる! 01も、ビジ○ダーもだ!』

『あっちにはアク○イザー3と…電人ザ○ーガー!』

『わあっ! キョー○インにコセ○ドンもいるっ!』

『うおおおっ! ライ○ン丸! 七色○面! 月光○面のおじさんだ!』

『え!? サ○ダ―○○クとかク××えはさすがにヤバいんじゃ…ああっ! 通り魔ヒーローのレッ○マンまで!』

『ちょっと待てィ! ロ○コンとかバッ○ンロ○丸とかペッ○ントンは何か違わないかッ!?』

『ちょ…っ! 春の高○バレーとかハニワって、何で春○高校OB連がいるのッ!?』

『え、え〜と、ガ○ャピンとムッ○はまあ解るが…ミニ○カ○リスとかニ○レットは絶対に違うだろッ!』

 子供たちの歓声にいい歳した大人たちの絶叫が混じる混じる。中には古過ぎたりコア過ぎたりするヒーローや、ヒーローとはまるで関係ないものも混じっていたようだが、誰もが童心に帰った事を責める謂れはあるまい。

 そして――

『あれっ!? そう言えば大御所がいないぞ!? 仮面○イダー1号とかV○とか、ゴレ○ジャーもアオ○ンジャーがいない…って、えええええっ!』

 太陽○隊サン○ルカンのバル○ャークに肩を借りて岸へと上がってきたスパイ○ーマンも、並み居るヒーローたちに出迎えられた事は勿論、その先頭にいる革ジャンパー姿の二人の男性の存在にも驚きの声を上げた。

「あ、あれは…あの方々はまさかっ! 藤おかひ…いや、本郷た…!」

『――あ、せが○三四郎だ!』



 ――バタッ



「――おや、死んだ」

 どこかの子供が上げた可愛らしい声に、ガクッとこけてクモと言うよりゴキブリの如く砂浜にへばり付いて倒れ伏したスパイ○ーマンに、呑気でいて冷酷とも言えるバル○ャーク…【音速の護り手ソニックキーパー】Kの止めが入る。洋上でのひと悶着を想定して軍用ゴムボートを用意したり、そもそもバ○シャークの衣装を纏っていたり、爆発後即座に海へと飛び込み、スパイ○ーマンを救出したとしても、そこまで面倒を見る気はないようだ。周囲の者も「いや、間違ってはいないんだけどね」「あの格好の時は本○猛だからね」とか様々な声が混ざり込むが、九八年度CM好感度第二位に輝いたキャラクターの方が子供たちに馴染み深いのは当たり前であると頷き合っている。

「大丈夫か、しっかりするんだ」

「タヒチで生きていたら完璧だったな。スパイ○ーマン」

 スパイ○ーマン、復活! 伝説のヒーロー、本○猛と風○志郎(早○健スタイル)に声を掛けられた彼は文字通り跳ね起きた。そして【本家】では絶対に見る事はないであろう、スパイ○ーマンの正座である。

「はっ! お心遣い、恐縮であります!」

 色々とキャラ崩壊してしまうが、正座のままびしっと敬礼してしまうスパイ○ーマン。――そりゃそうである。中の人は彼らの大ファンなのだ。

 しかしそこは偉大なヒーロー。本○猛と風○史郎は、見た目以上にダメージを受けているスパイ○ーマンがふらりと倒れ掛かるのを素早く支えた。

「良くやってくれた。君のおかげで平和は守られたぞ。後は俺たちに任せて、君はゆっくり休め。だがその前に――ヘイ、キャメラ!」

 何を喋ってもヒーローしている口調で春本を手招く本○猛。この【キャメラ】という言い回しをこれほど格好よく言える漢は他にいないと断言する(個人の感想です)。

「君が勝利を宣言するんだ。悪は滅び、正義が勝ったのだと」

「あと、子供たちにもメッセージを。次は君たちの番だよと」

 両側から本○猛と風○志郎に支えられ、カメラの前に立つスパイ○ーマン。いや、今の彼の背後には数多のヒーローたちが居並び、彼と共にある。どんな経緯があってこれほどのヒーローが集まったのか彼は知らないが、その事自体は問題ではない。悪がいれば、そこにヒーローは現れるのだ。

 だからスパイ○ーマンは、自らの足だけでしっかりと大地を踏み締めてポーズを取った。

「世界を破滅に導こうとするテロリストよ! お前たちの企みは打ち砕いた! この国の平和は! 世界の平和は! 俺たちの手で護る! ――良い子の友達。大きな良い子の友達。世界の平和と笑顔を護る男、スパイ○ーマン!」

 歓声が上がった。

 事情通の者にとっては、やはり悪ノリし過ぎだという【微妙】との評価なのだが、全国のチビッ子たちとその親たちは手放しで彼を褒め称えた。本来は虚構の世界の存在が、現実の日本の危機を救い、人を、街を、平和を護ったのだ。これほど印象的な事件解決などあろう筈もなく、大人にも子供にも、恐らくはどこかに潜む犯罪者にとっても、今日という日は忘れられぬものになったに違いない。

 そして、事件が解決すれば、ヒーローはしばしの休息を取る。

 本○猛の「さあ、帰ろう」の声と共に、ヒーローたちは帰途に付く。春本はその背を追おうとして、しかし足を止めた。ヒーローとは、正義の味方とは、誰もが知っていても、正体不明でなければならない。その素顔まで、知っている必要はない。真実を追うジャーナリストとしては失格かも知れないが、春本は足を止める事を選択した。

 だから、立ち止まった所で叫んだ。

「ヒーローの皆さん! ありがとうございました!!」

 本○猛と風○志郎に肩を借りたスパイ○ーマンが片手を上げ、数多のヒーローたちが手を振り、拳を突き上げ、サムズアップする。

 そして彼らは爆音を響かせ、去って行った。

 春本らは、その背を追わなかった。爆音が聞こえなくなるまで見送り、それからカメラに向き直る。そう。彼もまた、自分の使命を果たす為に。

「これで――世界の平和は守られました! 現場から、春本がお伝えいたしました」







「…うへえ、一時はどうなる事かと思ったぜ」

 こちらでも喜びの声が沸き起こる新幹線内で、モニターを見ていたオス〇ル様がふうっと息を吐いて座席に腰を落とした。他の仲間たちも同様だ。あの程度なら…と言うには爆発が大き過ぎたし、そもそも心配でない筈はない。しかしまあ、ヒーローの総出演でなんか色々まとめて持って行かれた感じである。一体どこの誰があれほどの人数を揃えた…と考え、まあ、龍麻の事だからなあ、で済ませてしまう一同である。

 それよりも問題なのは――

「あの人って…ひーちゃん…だよね?」

 津森真弓が声を上げると、明日香学園の面々にもヒソヒソ話が広がっていく。

「あいつってば、変わったどころじゃねえよな。ヒーローだぜ、ヒーロー」

「あんなに凄かったのか、あいつ」

「やっぱり都会に行ったせい? 東京ってヒーローになれる塾でもあるの?」

「うー、やっぱり勿体なかったか」

 何か、ものすごーく微妙な単語が飛び交うが、訳知りのさとみと焚実は冷や汗と乾いた笑いを浮かべて言った。

「あはは…大体その通りではあるんだけど、そういう秘密のアルバイトだから、皆も内緒にしてあげてくれないかしら?」

「東京にはまだまだたくさんの悪い奴がいるから、正体がバレるとまずいらしいんだよ。頼むよみんな。このとーり」

 さとみが困ったように笑いかけ、焚実が両手を合わせて拝むと、龍麻の元クラスメートたちもうんうんと頷いた。

「そうだよなー。正義の味方って正体を隠してなくちゃダメだよなー」

「東京って怖いのねえ。うん。内緒にしましょ」

「勿体ないけど…うん。邪魔する訳には行かないよねッ」

 何しろたった今、これほどの生命の危機から助けられたのだ。その正体が知人であったとしても、それを騒ぎ立てるなど不義理に過ぎると、クラスメートたちは互いに沈黙を誓い合った。

 その光景を見て一安心した醍醐は、こそっと二人に告げた。

(追及されないうちに、俺たちもこれで失礼するよ)

(はい。皆さんも気を付けて)

 そして、身を翻す怪しい一団。その背の一つにさやかは声をかけたのだが…

「あ、あの!」

 最後尾の女性…般若マキコ(笑)が振り返り、そっと人差し指を口元に当てる。勿論中の人的には優しく微笑み、【内緒ですよ】と告げたつもりだったのだが…

(ああ…わたし何か…威嚇されてる!?)

 はい。般若のお面が怖すぎて【余計な事しゃべったら食ってまうでぇ〜】としか意訳できませんでしたとさ。――合掌。







「はふう…ッ」

 日も暮れかけた六本木のとある喫茶店で、【女王様】こと南雲春奈警視は、その美貌と理知的な雰囲気をぶち壊しかねないような態度でテーブルに突っ伏した。

「――お疲れ様です。警視」

 労わりの言葉を掛けつつ、秋葉警部補はアップルティーとショートケーキをテーブルに置いた。

「ホントよ。盗聴器の発見と欺瞞情報の流布、HIROやらKやらこっちで手配できる限りを尽くしたのに、IFAFやら米軍やら自衛隊やらでとっくに結成されていた【ボウヤ】案件の対策チームが出張ってきてまさかのコスプレ大会。初美先生を通じて特撮界の大御所まで巻き込み済みって…。隠す気全くなしってレベルで大事にした以上、当分は騒がしい事になるわね。【ボウヤ】達は裏方だから良いけど、一応表向きのアタシは真相ガーとか証人喚問ガーとか突っ込まれるの必至だし…。ぶっちゃけ、アタシはいなくても良かったようなものなのに、あ〜、頭痛い」

(でもそこに首を突っ込んだのは警視自身ですよね?)

 それは自業自得というものです、と言い切ってしまうのは酷なので、秋葉は事務的にならないように気を付けて言った。

「いえ、警視がいればこそ、裏方チームの動きが察知されなかったみたいじゃないですか。【ボウヤ】自身もチームの存在を知らなかったようですし。まあ、今回も沈静化は早いと思いますよ。日本を救ったヒーローを逮捕しろとか証人喚問に呼べなんて言ったら、国内どころか海外からも非難轟々でしょうからね」

「それでも絶対言いだす奴がいるから頭痛いって言ってるの。大物連中は黙らせたんだから、野次要員の小物たちはヨロシクって事じゃない。本当ならもっと裏方の【ケルベロス】とか【イプシロン】とか【ナイト・ホークス】までノリノリで参加してたのに、どうしてアタシだけ…」

「表のキャストに混じっちゃった感じですから仕方ないですね。ここはヒーローの友達だからと割り切った方が良いと思います。あまり騒ぎ立てると有権者に嫌われるし、【触らぬ神に祟りなし】とでも言っておけば良いのでは」

 それもそうか、と南雲は難しく考える事をやめにする。

 【新幹線爆破テロ】と名付けられた事件は、正義のヒーローたちによって解決した。表立って動いた悪は計画の失敗と共に大恥をかき、裏で暗躍をしていた悪は途方もない金額の損失を被った。日本によろしくないちょっかいを掛ければ、正義の味方によって物理的に、精神的に、経済的に倒される。今は、それで良いだろう。

 幾分すっきりした顔で「よしっ」と南雲が気合を漏らした時、秋葉の携帯電話が【友人用】の【笑点】のリズムを紡ぎ出した。

 それに応えた秋葉は、二言三言のやり取りの後、南雲に向かって言った。

「――緋勇君からですよ。何やら事故に巻き込まれて遅くなったけど、【南雲さん】にお土産持って行って良いかと言ってます」

「――勿論良いわよ。とびっきり良いお茶を淹れて待ってるって伝えて」

 ぱっと花が咲くような笑顔を見せた南雲は、世界を救ったヒーローではなく、年下の友人を迎えるべく立ち上がった。









 第拾四話外伝2   【Re】ヒーロー(笑)がいっぱい   了







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