第五話閑話 闇に駆けろ 1
世界が変わる切っ掛けは、いつも極々些細なものだ。 静かな水面に石を落とせば、その波紋はどこまでも広がっていく。落とした石は小石でも、波紋は意外なほど大きい。そして一旦投げ込まれた小石は、どこまでも沈んでいくより他になく、水面が静寂を取り戻せば、投げ込まれた小石の事など誰も覚えていまい。 自分は海に投げ込まれた小石だ。社会という海に投げ込まれた小石。その小石が起こした波紋はあまりにも小さく、誰も気付きはしなかった。そのまま自分は、どこまでも深い暗黒へと落ちていくしかない。 気取った奴ならばこう言うだろう。――それも人生さ 【彼女】にとってもそうだった。 表通りの華やかさとは切り離された世界。一歩【そこ】に立ち入れば、頽廃 【彼女】はそこの住人だ。【組織】の権力闘争に巻き込まれ、かつての【同僚】の命を奪った時以来、そこが彼女の居場所となった。孤立無援のまま、今日までに差し向けられた刺客は二桁に達する。先程も潜伏場所を襲撃され、二人返り討ちにしたが、目に見えぬ包囲網は確実に狭まり、まもなく夜――闇に蠢くものたちの時間が否応なしにやって来る。 果たして、今日は死ぬには良い日か? 不眠不休で繰り広げられた連日の死闘は、全身の細胞に澱 最悪の環境だが、静寂だけは心地良い。目を軽く閉じ、路地裏の壁に身を寄せていた彼女であったが、ふと顔を上げるや、ゴミ箱の陰から一瞬だけ顔を覗かせた。 よろめきつつ歩いているのは、白いワンピースに身を包んだ女性であった。こざっぱりした身なりに純朴な美貌。ただし息は無意味に忙しなく、長い黒髪は乱れに乱れ、疲労のためか目の焦点が宙を泳いでいる。足など素足だ。 【彼女】の存在には気付かず、しかし脅えたように周囲を見回した女性は、堆 ――追われる身か。【彼女】は厄介な事になる前に退散を決めて立ち上がりかけ、素早く電信柱の陰に身を潜めた。 「――チッ、あのアマ、どこ行きやがった?」 腹の底から不快感を込み上げさせるような声が、ゴミ溜めと化した路地に響き渡る。――少なくとも自分を追っている連中ではない。【彼女】はそれを悟った。 「あんな身体でそう遠くまで行ける訳がねェ。その辺にいる筈だ」 「――かくれんぼはやめて出ておいで、早百合 ゴミの山が、それと解らぬほど小さく震える。――彼女が早百合 「…うう…!」 低い呻き声が女性の唇を割る。全身から脂汗が噴き出し、身体がガタガタと震え始める。彼女を襲っているのは猛烈な寒気と蟻走感 ――まずい事になった、と【彼女】は思った。この女性が見つかれば、自分も確実に見つかる。――たかが街のチンピラごとき始末するのはたやすいが、【敵】に察知されるのはまずい。 この場を離れるか――壁から背を引き剥がした【彼女】であったが、少しばかり遅すぎた。女性の震えが酷くなり、潜んでいるゴミの山からポリバケツの蓋を滑り落とさせたのだ。 「――いたぞ! こっちだ!」 ――見つかった!? そんな女性の【恐怖】が伝わってくる。ほんの一〜二秒後に伝わってきたのは【どうでもいい】という諦観 ――気に入らない。まったく、気に入らない。生きようとする意志はないのか? 従うべき必要があるとすれば、それは自分より確実に優れた人間である筈だ。たかがチンピラごときに自分の生殺与奪 ――解らない。そんな考えも、それを気に入らないと感じる自分自身も。――自分を害しようとするものと戦うのは生物としての本能だ。だから自分はその様に振る舞う。向かって来る者がいれば殺すし、関わりなき者は無視する。――気に入らないと感じる必要はない筈なのだ。 「ケッ、手間ァ掛けさせやがって。さっさと来いよオラァ!」 女性がゴミの山の中から引きず摺り出される。ろくな抵抗も出来なかったのは麻薬のせいか、それとも、女性が自らそれを望んだせいか? 「オイッ! 手荒な真似するんじゃねェ! 傷付けたら価値が下がるじゃねェか」 命令口調が強いところを見ると、そいつがリーダー格らしい。ただし、他の連中と見分けがつかない。 「なんだよぉ、お前だって今まで散々オモチャにした挙げ句、裏ビデオでもしっかり儲けたクチじゃん」 「俺らも出演したけどなァ。ヒャハハ」 口汚い笑い声を上げるチンピラに、しかし女性はすがり付いて行った。 「クスリ…! クスリを…ちょうだい…!」 「あァ!? 逃げ出しておいて、勝手な事言うんじゃねェよ。もう少しそのまま苦しんでな」 ズボンにしがみ付く女性を払い除けるチンピラ。女性はベチャッと地面に崩れ落ち、そのまま嘔吐 それでもなお、女性はチンピラたちにすがり付きに行く。顔立ちは純朴な感じのする美形なので、より凄惨な光景――美しいゾンビである。そして女性は、服従の姿勢を知っていた。汚れきったワンピースを引き裂き、胸元を露にしたのである。――奇妙な事に、麻薬の乱用は明らかでありながら、肌の艶や肉付きは全く損なわれていなかった。 当然のように、チンピラどもはだらしなく顔を歪ませた。 「へへへ。最初っからそうしてりゃ良かったのによぉ」 女性の前で、金魚の形をした容器を振るチンピラ。――本来は出前の寿司に付ける醤油の容器だが、中に詰まっているのは透明な液体――水に解いた麻薬であろう。 「これが欲しいか? え? 早百合 震えながら、それでも勢い良く首を縦に振る女性。――もはや理性など望むべくもない、飢えた獣のそれであった。しかし伸ばした手は虚しく空を切る。チンピラが薬を遠ざけたのだ。 「おっと、ただで貰えるなんて思っちゃいけねェよ。――もう逃げ出したりしねェかい?」 ぶんぶんと首肯 「俺たちの言う事をちゃんと聞くかい? 言い付けが守れるかい?」 女性はひたすら頷く。チンピラたちはそれを楽しんでいた。――さっさと連れて行けば良いものを、と【彼女】は胸の内で舌打ちする。愚劣な精神の持ち主ほど、他人を貶 「もしまた逃げ出したりしたら今度こそただじゃおかねェぞ。後は…」 散々服従の誓いをさせ、さすがにネタが尽きたか、チンピラが口ごもった時である。今までただひたすら頷いていた女性に変化が生じた。涙なく泣いているとしか思えない絶望に彩られた目が俄かに危険な光を帯び、汚れた黒髪がなにやらざわざわと揺れ始めたのである。そして――口から低い唸り声…。 「…なにやってるんだ、お前ら」 女性の漏らした唸り声以上に、新たに現れた男の声にチンピラたちはビクウッと直立不動になった。 「あ、安生 品性そのものは大差なくとも、チンピラたちよりは確実に大人。身なりも金に不自由していない者のそれだ。体格もがっしりしていて、夜の街では目を合わせたくないタイプである。 「見付けたらすぐに俺を呼べって言っただろう? そいつをキレさせて、お前らでどうにかできるのか? ――ほら、さっさと薬をやらねェとぶっ殺されるぜ」 女性の口から洩れる唸り声は低く地を這い、しかしひ弱な存在である事は疑いようもない。それなのにこの男は、チンピラたちが女性に【ぶっ殺される】と言ったのだ。そして―― 「おっ、落ち着けよ、早百合 先程までの威勢はどこへやら、明らかに怯みながら、麻薬の容器を投げるチンピラ。女性の手は鋭くその容器を掴み取るや、蓋を開けるのももどかしく、そのまま容器に齧り付き、喉を鳴らしてそれを呑んだ。その時―― 「――ッッ!」 凄絶な殺気の照射が【彼女】の背筋を刺した。 思わず振り返り――とんだミスを犯す。その殺気は自分ではなく、チンピラに向けられているものだったのだ。殺気の照射があまりにも強すぎた為に反応してしまい――ゴミの一角を崩してしまった。 「――誰だァ! そこにいるのはァ!」 チンピラの手が懐に突っ込まれ、安っぽく銀色に光るサバイバルナイフを取り出す。――実用性のかけらもない代物だが、脅しには効果的だろう。 「さっさと出て来いって言ってるんだよぉっ! ぶっ殺すぞコラァッ!」 ――どうする? ここでこのチンピラどもを片付けるのはたやすいが、【敵】の注意を引くのはまずい。しかも今は、あの殺気の主が見ている。うまくこの場を逃れるには―― 【彼女】はポケットから取り出した香油を一口飲み、電信柱の陰から出た。 「オッ、女ァ!?」 こんな路地裏のゴミ箱の傍に隠れているのだから、恐らく浮浪者かなにかと思ったに違いない。予想外の【彼女】の出現にチンピラは面食らい、次いでやに下がった笑いを浮かべた。 「運の悪い姉ちゃんだぜ。こんな所にいなきゃ良かったのによォ」 「エラくサイバーパンクなナリだけどよォ、見たとこツラもボディもなかなかじゃねェか」 相手が一人きり――それも女だと知り、ジロジロと【彼女】の身体に無遠慮な視線を飛ばすチンピラたち。――彼女が身に纏っているのは黒一色のフィットネス・レザーだ。これから暖かい季節に入るというのにハイネックで、手袋まで填めているので肌の露出はないに等しい。しかし身体のラインが浮き彫りになっているので、ショートのアッシュブロンドと一体化した無表情な美貌と合わせてチンピラの目を釘付けにした。 「こいつぁ楽しみが増えたぜ。――殺されたくなけりゃおとなしくしろよ、姉ちゃん」 ナイフをひらひらさせるチンピラ。だが彼女は無表情に言い放った。 「その人を放せ」 一瞬、何を言われたのか理解できなかったチンピラたちは、顔を見合わせてからどっと笑った。 「なんだぁ? 正義の味方気取りかよ、姉ちゃん?」 「今時、他人事に口出しするのは馬鹿だけだぜ?」 口々に小馬鹿にしたような言葉を吐くチンピラ。彼女は何も言わず、拳を固めて胸前に引き上げた。――ボクシングの構えである。 「なんだぁ? 本気でやろうってのか、お嬢ちゃん?」 「おとなしくしてりゃ可愛がってやるところだったのによぉ。そんなに痛い目見てェかよ」 最後まで無駄口を聞く事なく、【彼女】は突っかけた。 「――ッ!」 慌ててナイフを突き出そうとするチンピラにフックを一発。――たったそれだけでチンピラは昏倒 やり過ぎはまずい。殺気の主は【双頭蛇 ――が、残りのチンピラを片付けようとした【彼女】の足が何者かに掴まれた。 「ッッ!」 あの女性であった。もはや目の前にいるのが誰かも判断できず、【彼女】に掴み掛かったのだ。とっさに女性を振り払った【彼女】であったが、背後から肩口に何かが打ち込まれた。 振り向いた【彼女】の視界に飛び込んできたのはピストル型の無針注射器。中身は――筋弛緩剤 「――ったく、だらしねェ。女一人になにやってやがる」 その女一人に筋弛緩剤など使ったのは自分だろうに、安生 「…まさかこいつが、さっきの殴りこみヤロー…ってこたァねェな」 「――ンなワケねェだろ。あのガタイはどう見たって男だ。こんな女がどうやってナイフだけで大の男五人をぶっ殺すってんだよ?」 「何でも良いじゃねェかよ。余計なトコを見られたんだ。さっさと始末――」 その時なぜか男達は、申し合わせたかのように【彼女】に視線を這わせた。よく見ればまだ高校生くらいであるが、猫のような冷たい印象が漂う美貌に、少女のラインを残すスレンダーな肢体。しかし…少女から発散されている【何か】が男たちの腹腔 「…始末するにゃ惜しいな…」 「…ああ。ついでに拉致って姦 チンピラたちは目を爛々 「…そうだな。――おい、テメエら、いつまで寝てやがる! さっさと車を取ってこい」 安生 それをビルの屋上から二つの黒い人影が見下ろしていた事には、遂に気付かずに。 「――やっぱりまずいですよ、御厨 薄暗いアパートの一室で、新宿署勤務の刑事、望月俊作 部屋は大家と交渉して借りているもので、いわゆる【張り込み】である。既に夜の帳 「そんな事を改めて言われるまでもない。だがな、望月 望月 「結構いけるんですよ、それ。――御厨 「根拠なんかない。強 「勘って…そんな…!」 望月 「お前も上を目指して勉強しているなら、犯罪心理学の本くらい読んでいるだろう? この勘って奴も、これまでの経験やら集めた情報から推理しているもので、一から十まで当てずっぽうなんて事はないんだそうだ。ま、全部息子の受け売りだがな。――なんだこりゃ、甘いんだか酸っぱいんだか」 「コーヒーも買ってありますよ。御厨 「今のところ、俺の経験がそう囁いているのさ。お前は知らなくても良い事だが、本庁から来た蘭堂 奇妙奇天烈 「…思い出させないで下さい。あんなの、まともな人間のやる事じゃありませんよ」 齧 「両手両足を指まで一本残らず砕いた上、目、鼻、耳、舌まで潰されたなんて…。不謹慎な事は解っていますが、死んだ方がマシっていうのは正にアレですよ」 「おまけにタマも根元から切り取られていた。――だが、あの瀬川は一連の事件の中では初の生存者――と言うより、死なないように殺された被害者だ。そんな事をする目的は、今も昔もそれほど変わらない」 「警告あるいは報復の意思表示…」 御厨 「瀬川の父親も裏では相当やばい事をやっている。――本庁の連中が【必殺仕事人】かぶれのイカレた奴が犯人だと考えるのも無理はないが、俺にはどうもそれだけとは思えない。相当頭の廻る奴が犯人だってのは間違いないだろうが、猟奇殺人に付き物のイカレた感じがしないんだ。瀬川竜一を殺さず生かさず残していった事には、必ず意味がある。だからこうして奴の遊び仲間を張っている訳だ。――おっと。【大物】のご帰還か…って、なんだありゃ?」 望遠レンズの向こう――見張っているマンションのドアが開かれる。そこに数人の若者…麻薬の売人として顔と名前が一致しているチンピラが入り乱れ、手錠を掛けられた上にぐったりしている二人の女性を運び込むのが見えた。 「――御厨 「待て! 望月 背広を掴んで監視所…アパートの部屋を出ようとする望月 「――なんで止めるんですか!? 今のを見たでしょう!? どう見ても誘拐の現行犯じゃないですか!」 「そんな事は解っている!」 御厨 「解っているが、俺たちが張っているのはあいつらを始末している殺し屋の方だ。――今ここで令状 「でもそれじゃ…!」 そこで望月 「な、なんで…!」 「何で持ってるかって? いいか、こいつは内緒だぞ。――近頃俺の周囲で盗聴器やらなんやらがやたらと見つかるようになってな、部長に相談したら、恐らく今回の一件がらみだろうから、注意しろって持たせてくれたのさ。できればこっそり、管内にいる売人を張って、あわよくば本庁の連中よりも先に殺し屋を押さえろってな」 御厨 「そんな無茶な! 御厨 「だから、あわよくばと言っているだろう? 事 「それって…なんか凄くヤバくないですか?」 「ああ、ヤバい。だからこそ後には退けないのさ。市民生活を守る筈の警察が、何か裏でキナ臭い事をやっているんだからな。――本当は俺も尻尾を巻きたいところだ」 これには望月 「そんな! 御厨 「――そう言うな、望月 「……」 チーフをホルスターに納め、御厨 「御厨 「なあに、外の電話からマンションに連絡するだけさ。女を連れ込むところを見たって通報があったってな。うまくすれば場所を変えて――おっと」 御厨 視界に飛び込んだ影はロングコートと見えたが、それは一瞬で消え去った。――高さ三メートルからある壁を、その人影はどうやってか跳び越えたのである。 「出たぞ! 今の奴がそうだ!」 「――ちょっと待ってください! 俺も行きます!」 望月 「お前は残れ。――相手はヤクの売人と殺し屋だ。警棒一本で何とかなる相手じゃない。お前はそこで見張っててくれ。十分たっても俺が戻らなかったら部長に連絡してくれ。――頼んだぞ」 顔色を変える望月 一人取り残された望月 「何だってあの人はああなんだ…。そんなに真剣になったって何の得にもならないのに…。もっと利口に立ち回らないと、本当に早死にしてしまうぞ…」 もう一度深く溜め息を付き、望月 「…もしもし? ――はい、望月 一方的に通話の切れた電話をポケットに突っ込むと、望月 尊敬する先輩刑事を裏切ったつもりはない。だが、もう少し現実を見て欲しいものだ。彼のような古いタイプの刑事は、これからの警察からはどんどん切り捨てられて行くだろう。使い捨てにされて殉職――なんて事にはなってもらいたくない。 その頃、御厨 (望月 【彼女】が麻薬中毒の少女と共に連れ込まれたのは、白亜の外壁を持つ随分と高級な高層マンションの一室であった。玄関ドアはパスワード認証式で、監視カメラも無数に存在し、ドアを潜ってすぐのところに警備員の詰め所がある。その中には二桁に届く人員が配置されているようだ。 どこをどう見ても、このチンピラどもには似つかわしくないマンションだが、あからさまにぐったりしている女性二人を連れ込みながら、警備員は誰一人として彼らを咎めようとはしなかった。それどころか安生 警備員に先導され、エレベータで最上階まで移動する。部屋のドアもパスワード認証式だ。そこを潜った途端、視界に霞が掛かり、ぷんと甘い香りが鼻を衝 「――なんだァ? こちとら街を駆けずり回ってたのに、もうおっ始めてやがったのか」 充分に麻薬が回っているのか、ケラケラと笑いながら「お帰り〜」と告げる若い男女たち。たっぷり三〇畳はあるリビングを埋めている者の多くは大学生だが、何人か雑誌の表紙を飾っている顔も混ざっている。いずれもこのサークルの人気にあやかろうという連中だ。実際、今日は二人ばかりエリート官僚がこのパーティーに参加しており、そういう連中と顔繋ぎをしておく事で、今後の活動に様々な援助や便宜を図らせる事が出来るのだ。そして実際、このサークルには彼ら以上の大物がバックに付いているらしい。 「薄情モンどもが。――おいナミ、田嶋 「田嶋 サークルの重鎮にして馴染みの女子大生モデル〜ナミの伝言に、顔をしかめる安生 「ケッ、またあの連中か。二度手間掛けやがって。――しゃあねェ。迎えが来るまでこっちの部屋には入るんじゃねェぞ。皆にも言っとけ」 「――はぁい。――ねぇ、安生 ナミがけだるそうにしなだれかかってくる。その隣では、売り出したばかりの新人グラビアアイドル――ナミの後輩がすっかり蕩 「ああ。そうしてェが、早百合 「写真もビデオも脅しには良い感じになってるわよォ。絡みがあれば完璧だけどね」 「それならもう帰しとけ。迎えの奴らに目を付けられたくねぇ。――きっちり因果を含めて、しばらくおとなしくさせて置けよ。そうすりゃ来月には本命をゲットできるからよ」 今夜は【仕事】優先だ。現場を任されている身として、安生 「来月の本命って…新体操の暁弥生 「なに言ってんだ。ありゃお前が仕込んだネタじゃねェか。そりゃまあ楽しませてもらったが…お前って、何が気に入らなくてあんな普通の子を痛ぶるんだよ?」 「――別にいいじゃん。気に入らなかっただけよ」 「それだけかよ? この早百合 「――別に」 「――ケッ。気楽そうにしてりゃそれだけで目障りたァ、お前もホントにワルだな。まっ、そのおかげで良い目を見てるのはホントだけどな」 ナミに臍 ――その途端、泣き声と怒声が溢れ出す。既に先客が入っていたのだった。もはやボロキレでしかない服を身体に絡み付かせた、暴行の跡も生々しい少女が二人、天井から鎖で吊るされている。――ここまで来て麻薬を吸う事を拒否したり、乱交パーティーを承諾しない女を【調教】する為の部屋がここであった。しかし、顔が醜く腫れ上がっている少女の一人は、びくびくと身体を痙攣 「――オイオイ、またか。やり過ぎんなっていつも言ってるじゃねェか。こっちのはもうくたばっちまうぜ」 「なに言ってるんスか、安生 素肌にレザーの袖なしシャツを着た、いかにもSM好きそうな男は舌を出して笑い、肉塊のごとく吊るされた少女の頬を指で弾いた。するとどうだ? ただのデコピン一発で少女の顎が嫌な音を立て、口一杯に溜まっていた血の塊が、辛うじて残っていた奥歯と共に床に飛び散った。 「よせって言ってるんだ! リサイクルできねェだろうが! ――そいつらは下の部屋にでも閉じ込めて置け。――オイ」 火が点いたように泣きじゃくるのと、もはや死体と見分けがつかないのと、二人の少女が連れ出されるのを尻目に、部下に顎をしゃくり、少女…早百合 「後は――コイツだ」 安生 「まったく、手間掛けさせやがる。――しっかり見張ってろよ。あの馬鹿の親父に特別ボーナスを請求してからお楽しみタイムだ」 「へ〜い。――今夜で早百合 「――もう手ェ出すなよ。今の早百合 SM男がブルッと震える。早百合 「冗談じゃねぇス。俺はこのくらいでいいっスよ。――早百合 「ああ。ここんとこ人気が上がって、ずいぶん随分使い込まれていたからなァ。竜の親父は【あの子】が欲しかったらしいが、竜には【資格】がねェんだと。で、竜のバディは早百合 「でも…竜一の奴、ボッコボコにされてたんスよね? あんなんで本当に治るんスか?」 「おうよ。手足だろうとタマだろうと、また生えてくるのさ。竜の奴は元々サイズが足りなかったんだから、かえって良かったんじゃねェか?」 下品な笑いを洩らし、安生 「おっと。余計なコトを聞いちまったな。こうなったらもうオメーを逃がす訳にはいかねェ。薬が切れたらたっぷり可愛がってやるから、今の内に覚悟決めときな。たまにはオメーみてェな気の強ェ女を犯 「……」 床に転がされた【彼女】はピクリともしない。当然だ。意識はあっても筋肉に力が入らないので、まともに喋る事も出来ないのだ。もっとも喋れたとて、今の意味不明な会話に加わる事はできまい。安生 「コイツ、なんか格闘技やってるみてェだから、しっかり縛っとけ。――味見くらいなら良いが、姦 「へいへい。お任せっス。――ふっふ〜ん。味見ならオッケーなんだよな」 口約束など、所詮形だけに過ぎない。安生 しかし急に目標が掻き消え、SM男は床を思い切り頬張ってしまった。 「――わっぷ! 汚ねェ!」 室内にも関わらず唾を吐いたSM男は、既に【彼女】が身を起こしているのを知った。驚く間もなく、【彼女】がすっと立ち上がる。 「な、なんだ! て、テメッ…!」 SM男の声はそこで途切れた。――筋弛緩剤は一体どうしたのか、【彼女】の手が彼の顎を掴んだのである。それも、骨が軋 「――血の匂いが濃いな。ここは、どこの誰の家だ?」 感情に乏しい、少女にしては低い声。だが、SM男の背筋に氷の毛虫が這って行った。喉を掴む手はおろか、声にも薬の効果がまったく見られない。――フリをしていたにしても、呻き声どころか身じろぎ一つしなかったのに!? 「だ、誰のもんって訳じゃねェ…! だ、大学のサークル名義で借りている部屋だ…!」 「…大学?」 SM男は躊躇 「有名どころだな。それが、勉強もせずにタチの悪い女遊びか? いい気なものだ」 「…いい気になってるのはそっちじゃねェか?」 「…!」 始めこそ驚きが優先されたのだろうが、SM男は自分の【力】を思い出し、【彼女】の手首を握り返した。【彼女】の手はあっさりと外れる。そうしなければ骨まで砕きそうな握力であった。 「喧嘩を売るのは相手を見てからにしやがれ。調子こいた分、たっぷり可愛がってやるぜ」 そう言ってSM男は、苦痛に歪む【彼女】の顎を掴んで引き寄せ、噛み付くような勢いでその唇を塞いだ。 「〜〜〜〜〜〜ッ!」 SM男の身体が震える。抵抗するどころか、躊躇 「――ッッ!!」 猛烈な熱さに引き剥がした手がシュウシュウと音を立てて白煙を噴き、ボロボロと溶け崩れて行く! 悲鳴を上げ――本人はそのつもりだった――て【彼女】から離れたSM男であったが、唇や顎の肉も同様に溶け崩れ、生赤い腐汁 「あがッ…ごごッ…ゴボボッ!」 観客が、その運命を与えた者しかいない事こそ幸い。背骨を限界まで反り返らせ、顔面――既に下半分は骨だ――を掻き毟るSM男の狂態は凄惨そのものであった。内圧が高まって膨れ上がった眼球が半分以上も零れ、破裂した毛細血管から血が溢れ出してくる。口内の血溜りがゴボゴボと耳障りな音を立てているのは、何かを必死で伝え――助けてくれとでも言っているようだが、既に舌は失われているので声になどならなかった。 「…お前にも【寿命】が来たな」 全ては、【彼女】の汗と唾液に含まれていた強烈無比な出血毒の仕業だ。一定量以上のアドレナリンと反応して体液の殆どが強い毒性を帯びる女――【毒揚羽 【寿命】が尽きるまであと二分ほど地獄の苦悶にのた打ち回るSM男をほったらかしにして、ラヴァはレザー・スーツのジッパーを引き上げ、ドアの傍に張り付いた。 今夜のねぐらにするには、ここの連中は様子が変で、物騒すぎる。さっさと退散する手だ。 ドアを少しずらし、隣室の様子を窺う。だが、様子がおかしい。先程まで雑多な賑わいに満ちていた部屋が、今は妙に静まり返っている上、緊張感が張り詰めている。 (…もう迎えとやらが来たのか? それにしても、何だ、この重武装は?) 【毒使い】であるラヴァだからこそ判る、ドアの隙間から流れ込むガン・オイルと火薬の匂い。どうやら迎えとやらは軍人か、それに類するものらしい。しかもこの匂いから推察するに、恐らく自動小銃を持っている。 (……) 虎の穴を抜け出したと思ったら、今度は狼の巣に入ってしまったらしい。ラヴァは素早くドアから離れ、反対側にある窓に取り付いた。――逃亡を許さぬために、鍵にはこれ見よがしに鎖が巻かれていたが、ラヴァはスーツの胸元から取り出した小さな壜の中身を口に含み、ぷっと吹き付けた。するとたちまち太い鎖が飴のように形を失い、ボロボロと崩れ去る。――薬液との化学反応で強酸性を帯びた唾液の仕業であった。 窓を開け放つと、夕餉 その時、早百合 「助け…て…」 常人ならば哀れを誘う、その声。しかしラヴァは無視した。――そんな義理は無論ないし、顔を見られたくらいで大騒ぎするような三流とも違う。何より先程、身を潜めていたところを台無しにされたのだ。現に今も――ガチャガチャと手枷足枷を鳴らして注意を引くような真似をしている。 しかし――ラヴァは指をしゃぶり、腐食毒を拘束具に塗り付けた。みるみる溶け崩れていく鎖を見る早百合 別に、感謝される謂 「グルル…ウゴォ…!」 突然、少女が苦しみ始め、全身をガクガクと痙攣 (PCP すぐに逃げ出すべきなのだが、自分でも訳の判らぬ衝動が、その光景から目を離すなと言っている。まるでそれを見る事が【義務】であるかのように、ラヴァはその光景に目を奪われた。 「来る…! 来るゥッ…! あいつら…あいつらが…!」 髪を振り乱し、勢い良く腕を振った瞬間、手枷を繋いでいた鎖が千切れ飛んだ。――冗談ではない。細目の鎖とは言え百キロ程度の荷重ならば支えるであろうそれを、女の細腕が引き千切ってしまったのである。 「――ぐわうっ! ごるるッ!」 あどけない顔立ちからは想像も出来ない唸り声を上げ、足枷の鎖を掴む。ピアノでも弾いている方が似合う手が鎖を引き伸ばし―― 監禁部屋の扉が開け放たれたのはその時であった。 ぐわうっ! と威嚇の唸りを発する早百合 「――動くな!」 跳ね上がる銃口。ラヴァの身体に絡み付くレーザー・サイトの赤点。しかし、何者だ? 黒い夜間迷彩服やコンバットベルトのSIGはともかく、悪評ひんぷんのフランス製FA―MAS、五・五六ミリNATO弾を使用する自動小銃がメインウェポンだ。そして足元に転がるSM男の死体を認め―― 「貴様!」 仲間を殺された怒りではなく、殺戮の歓喜を込めた殺意が迷彩服の指先に集中し――ラヴァはこの密閉空間では逃げ切れぬのを悟った。――殺 凄絶な吠え声 「〜〜〜ッッ!!」 脳髄 「――ッッ!」 獣の勢いで跳んだワンピースから弧を描く平手が飛ぶ。たかが女の一撃――とはならなかった。崩れた姿勢とは言え最も強固とされる十字受けでそれを受け止めた瞬間、迷彩服は弾き飛ばされ、ラヴァの傍らを吹っ飛んでいった挙句、ベランダの手摺に叩き付けられた。背骨の砕ける音はいっそ爽快に響く。 「クッ! ――死ねェ!」 リビングまで後退しつつ銃口を跳ね上げ、早百合 ラヴァと早百合 それほど奇抜な格好ではなかった。ブラックレザーのライダースーツにモトクロス用のヘルメット。ただしその両手にはSEALSなどで使用されるコンバットナイフが逆手に握られていた。 (こいつは――!?) 先程、路地裏で感じた殺気の主か!? しかしそれ以上に、独特なナイフの構えにどこか見覚えがある…そう考えた途端、不意に頭痛に襲われるラヴァ。最近頻発する、原因不明の頭痛。殺手 「――【奴】だ! 仕留めろ!」 獲物を求めて旋回する銃口。今度こそ、FA―MASが火を噴いた。 「――ッッ!」 速い! 三点射で吐き出される火線はことごとく何もない空間を貫き、宙を飛ぶように突進したライダースーツの手が一閃されると、迷彩服の両腕は銃を握ったまま床に落ちた。迷彩服は血を振り撒きつつ濁った絶叫を放ち、その首も返す刀で振るわれたナイフで宙に舞う。――凄まじい膂力 「――!?」 ラヴァの眉根が寄る。ライダースーツが、首を落とされて絶命必至の迷彩服にナイフを突き立て、心臓と肺をえぐり取って打ち捨てたからである。しかもそのまま数秒待ち、完全に動かぬのを確認すると、壁に磔 そして、ライダースーツが振り返った。 ぐわう! と吠える早百合 このライダースーツは早百合 (――なにっ!) ボクサー並の速度で放たれた鈎手 (象形拳 グルルと喉を鳴らしつつ、身体をたわめる迷彩服。性質 「――伏せろ ぱっと床に身を投げ出すラヴァ。その頭上を、耳を劈 振り返るラヴァ、ライダースーツ、早百合 「――予想外の事態だな。事情を説明してもらおう」 低いが、よく通る声と共に男が振り返り、身構えたラヴァとライダースーツに銃口を向ける。三五七マグナムを片手撃ちしてびくともしない構えには一分の隙もなく、ただでさえ巨大な銃口が大砲に見えるほどの冷えた殺気が迸 (――あの時の!) ラヴァの歯がキリッと鳴る。二ヶ月ほど前、【九頭竜 「――早百合 数十秒遅れて、コートの少年の連れらしい少女がリビングに顔を出すと、早百合 「あり…さ…?」 次の瞬間、ライダースーツの手が早百合 そんな疑問が走った時、第三の登場人物が姿を現した。いや、正確には―― 「――警察だ! 動くな!」 その声が響いた瞬間である。警察だと叫んで突入した男…御厨 ――バシン!! 薄闇に炸裂する閃光! 御厨 次の瞬間、撃ち込まれる弾丸の嵐! 最低三丁以上の銃口が室内に弾丸をばらまき、豪華な家具調度、シャンデリア、テーブル上のグラスや棚を埋め尽くす酒類を容赦なく砕いて若者達に濁った悲鳴を上げさせる。――迷彩服の増援部隊であった。 「…これは一体何事だ?」 コートの少年――新宿・真神 話は数時間前に遡 「…大体の事情は解ったが、俺にどうしろと言うのだ?」 東京都立真神 「そう…だよね。地元だからっていきなりこんな話を振られても、アンタだって迷惑よね…」 ここはラーメン屋【王華 「迷惑とは言わん。お前とて考え抜いた結論だろう。しかし俺も学生の身分だ。過大評価されても困る。――そのモデル仲間…お前の友人が誘拐されたのが事実としても、目的も不明、手がかりもなしでは、俺とて動く指標がない。まして事件の発端が三ヶ月前となると」 「ウン…警察でもそう言われたよ。地方から出てきた若いのが失踪 先の事件の際、ふてぶてしいまで迄の態度で向かってきた時と違い、亜里沙 「ふむ…」 無表情は変わらず、龍麻 亜里沙 しかし、首都圏における行方不明者は年間数百人に及ぶ。そのどれもが理由もなく、ある日突然消滅してしまうものだ。このテの事件に対しては警察も張り紙や家出人捜索の伝言版を提供するくらいしか捜査手段がなく、失踪者が見つかる確率は非常に低い。いくら連絡があってから六時間足らずとは言え、発信場所が特定できなくては、捜索範囲を絞る事も出来ない。 「・・・解った。心当たりを廻ってみよう」 警察がまともに動かないとなれば、一般市民レベルではどうする事も出来ない。マスコミに訴えるにしても、果たしてどれだけ真剣に取り合ってもらえる事か。――と、なると後はアンダーグラウンドの領域である。 「ホントッ!? あ…でもアタシ…大した礼も出来ないけど…」 「――ここの勘定を持て。では、行くぞ」 つい、と席を立ち、コートを纏 「ちょ、ちょっと! ホントにそんなので良いのッ!?」 「人捜しは俺の守備範囲外だ。大した事が出来る訳ではないからな。だが、その道のプロを見付ける事は出来る」 その時龍麻 「た、龍麻 彼の経歴からは想像も付かない所持品に目を白黒させる亜里沙 「【夢】のある作品だと言って京一 「……」 なんで子供向けの漫画にそこまで突っ込んだ考察を…亜里沙 しかし、龍麻 「一度脳内で情景を再構築する活字より、目から得られるビジュアルイメージの方が記憶に残り易い。したがって、情報入力に最適な状態にある子供の脳には、マイナス要素を含む映像は極力見せぬ方が良いのだ。膨大な映像情報は想像力の欠如 亜里沙 彼――緋勇龍麻は無法地帯の究極形〜【戦場】を知っている。【未来】を夢見る事を許されず、明日の命さえも解らぬ者たちの姿を。そして彼自身、自分の意志や感情さえ持たぬ戦闘マシンとして育てられていたのだ。その為、彼には【普通】の子供時代は存在しない。ひたすら生き残る為だけに、否、【任務を果たす】為だけに戦闘技能を叩き込まれた、血と硝煙に塗れた日々があるだけだ。 だからこそ、彼には理解できない。【自由】という言葉を曲解し、規律や理性はおろか、生きる目的すら持たぬ者たちの考え方が。 亜里沙 だが彼は、単に理解できないと切り捨てるのではなく、容認はせずとも理解するべく考察する。世に氾濫するメディア、マスコミ、果ては子供向けの漫画からさえも。 「同じコミックやアニメーションならば、俺は【サザ○さん】を推奨する。あれは日本における平和な家庭の原風景 「う、ウンッ」 そして龍麻 山手線と西武新宿線、地下鉄東西線の連絡駅である高田馬場駅は、本格的な帰宅ラッシュを迎える前から雑多な賑わいを見せていた。西武新宿線で一駅、JR山手線で二駅先に東京一と言っても過言ではない歓楽街、新宿歌舞伎町が控えているので余り目立たないが、BIGBOXを始めとして、デパートやパチンコ屋など、商店街の密度はそれなりに濃い。 「ねえ、切羽詰ってこんなこと頼んじゃったけどさ、どうやって早百合 「無論だ。誘拐事件の多くは、犯行現場から離れた所に監禁場所を置く。まして三ヶ月前ともなると、この高田馬場にいる可能性は限りなく低い。――だが、まずは足跡 高田馬場BIGBOX前には小さな広場があり、鳩の群れが餌をつついている。龍麻 「…ここで何するのさ?」 「足跡を辿るにもコツがある。――待つ事だ」 「?」 足元に群れる鳩を眺めつつ、ただベンチに腰掛けている事五分。何人かの浮浪者が彼らを胡散臭 果たして、変化があったのはベンチに坐ってから十分後の事であった。 「――お兄さん、煙草持ってる?」 いきなりそんな事を言ってきたのは、若い――と言っても龍麻 「ちょっと、なんだよアンタ――」 当然のように絡んだ亜里沙 「――煙草は持っていない。ロッテのチョコレートならばある」 「あらら、チョコなら森永よ。――渋谷のゲンさんの紹介だから気張って来たけど、キミ、まだ高校生じゃないの?」 「――用件は先程伝えた通りだ。マダム・クレオパトラ」 龍麻 「オーケイ、ビジネスライクに行こうってワケね。他ならぬゲンさんの紹介だし、何でもオネーサンに聞いてちょうだい」 龍麻 「再度確認する。――XX短大の学生だ。アルバイトにウェイトレスとファッションモデルをやっている。三ヶ月前になるが、W大学の合同コンパとやらに出席し、帰宅する途中で行方不明になった。コンパ終了後、帰宅する旨を知人に連絡している事から、自発的な失踪の可能性は低い。そして約七時間前、先ほど伝えた携帯に救助を求める連絡が入った。本人確認のみできている」 「うんうん。三ヶ月前ってところがネックだったけどね。う〜ん…そうねえ…」 写真を眺めながら、顎に手をやる女。 「――素材の良い子ね。肌の色艶も良いし、化粧映えもしそう。お酒も煙草もやらないタイプのようね。――どう?」 龍麻 「う、うんッ。酒も煙草も縁がないし、その…色々と節約もしてたから」 「うんうん、わかるわぁ。――でも、それだと嫌な事を教える事になるかも。――W大学の合同コンパって言ってたけど、それって十中八九、あそこの【フリーダム】ってサークルの主催よ。ほんでもって、悪餓鬼どもの巣窟 けだるい感じの抜けなかった女の顔…目元だけがすう、と暗い輝きを帯びる。アンダーグラウンドに生きる者特有の、闇を知る者の目だ。 「その筋じゃ有名な話よ。あちこちの大学や高校に合同コンパやら何やらを持ちかけて、目を付けた女の子を酔い潰れさせてから集団で乱暴するの。――被害に遭った子はまず警察に届けないし、事実上の野放し状態。そのサークルのリーダーは良いトコのお坊ちゃんで、お金にはまったく困ってないから、わざと落第を繰り返して大学に居座り続けているわ。そうやって獲物を探しては、悪さをしているのよ」 「【フリーダム】…どこかで聞いた名だ。しかし、なぜ警察に届けない?」 龍麻 「当然じゃない。乱暴された時に写真やらビデオやらを撮られて脅迫されてるんだから。それ以前に、男に乱暴された女の気持ちは解らないわよ。――そんな話がちょっとでも広がってみなさいな。世間の人間なんて残酷なものよ。人とすれ違う度にあいつは傷物だとか好き者だとか陰口を叩かれるのよ。酷いのになると、もうヤられてんだから俺にもヤらせろなんて事を言う外道もいるわ。――警察も一緒よ。調書 「…納得した」 やや気負い込んだ女の言葉に気圧 厳格な宗教が政治に関わっている国ならばともかく、日本やアメリカなどは男女間の犯罪に対する法整備が進んでいない。そして社会全体のモラルが低下の一途を辿る中、婦女暴行、誘拐監禁、ストーカー犯罪の件数はうなぎ上りになっている。――目の前の犯罪に対処するべく法整備を行おうとすると、やれ自由がどうのプライバシーがどうのと、実質的に無関係な人間達の取って付けたような反論が生じる。その陰でどれほどの人間が泣き寝入りを余儀なくされ、現在も泣かされ続けている事か。 「それで、その女性の居場所は見当が付くだろうか?」 「さすがにそこまでは無理ね。――大抵の子は写真とビデオの脅迫だけで負けちゃうし、抵抗すれば暴力の出番。どっちも行く末は風俗かAVだけど…三ヶ月も連絡がないなんて事は数えるほどしかないわ」 つまり、数えるほどには【ある】という事だ。 「そのようなケースではどうなっている?」 「それは解らないわ。消えてそれっきり。――少し前なら、ろくでもないビデオの犠牲になった可能性もあったけど」 渋谷のスナッフ・ムービーの件は、少なくとも表面上は片付いている。早百合 「ならば、手は一つしかあるまい。――そのサークルのリーダーとやらを締め上げる」 龍麻 「本気でやる気? そいつの父親って結構大物よ。サークル関係者の中にも政治家とか官僚を親に持つ連中が多いわ。むしろそういう連中を積極的に集めているからね」 「――ならばこそだ。権力という幻想の力を嵩 そう龍麻 「…ゲンさんの言った通りね。近頃の若いのは骨なしばかりだと思ってたけど、キミはそんな連中とは全然違うわ。――今ならまだ大学にいる筈よ。そして今日は土曜日。連中が下衆な遊びをやる日よ。名前は――田嶋保良 「了解した。――引き続き、何かあれば頼む」 差し出した田嶋の顔写真の代わりに、板チョコを受け取る女。その下には折り畳んだ数枚の一万円札が挟まれている。 「気風 「…自分は未成年だ」 「野暮なコト言わないの。う〜んとサービスしちゃうから」 「法は守るものだ。無事に卒業してから、寄らせて貰う」 最初から最後まで無表情を崩さなかった龍麻 「ホント、クールよねぇ。――ま、良いわ。これからも贔屓 そう言うと女は一万円札を胸元に差し込み、ボディコン・スーツに包まれた尻を振りながら歩み去って行った。 「ちょっと龍麻 「うむ。この先にあるバーのマダムだ。この界隈で知らぬ事はないという情報屋でもある」 「じょ、情報屋? とてもそんな風には見えなかったけど…」 「人を見かけで判断しない事だ。盛り場には多くの情報が集まる。そして彼ほどの顔役ともなると情報を武器にアンダーグラウンドでも重宝される」 「そ、そうなんだ…」 そこで亜里沙 「ん――!? 今、【彼】って言ったけど…?」 「肯定だ」 「そ、それじゃ今の人…男ォ!?」 愕然と雑踏を見やる亜里沙 「それほど重要な事か? 重ねて言うが、人を見掛けで判断するな。今でこそバーのマダムだが、元は通産省のエリート官僚だ。持ち前の正義感ゆえに不正と不実の波に耐え切れず自殺までしかけたそうだが、【女】として生きる道を見出し、今ではそういう役人どもを手玉に取る毎日だ。――彼に逆らって破滅した者は多い」 「……!」 「行くぞ」 絶句する亜里沙 そして現在。 龍麻 「…これは一体何事だ?」 龍麻 「私には関係ない。ここの住人に拉致されただけだ」 ラヴァはあっさりと事実を語った。別に隠すような事でもないし、悪戯に龍麻 「連中は何者だ?」 「知らん。――あの娘を連れ出しにきたようだが、向こうの男が阻止した」 視線で示した先にいるのは、早百合 「救助者にしては、乱暴な手際だな」 ライダースーツの視線を感じ、龍麻 「――ッッ!」 耳を始めとする五感が静寂に切り替わろうとする瞬間、弾丸並の速度でナイフが飛んできた。首だけ傾けてナイフを回避した龍麻 ――ガシュッ! 「――ッッ!」 最初からそれが狙いだったのか、ライダースーツの二段蹴りがパイソンを弾き飛ばし、左腕をも外向きに弾いて、龍麻 ――ガチン! 「ッッ!」 鋭い音と共にナイフが止まる。ライダースーツの動きがゼロコンマのレベルで停滞し、その瞬間に龍麻 ――ババシュッ! バシュッ! 「――ッッ!」 必殺を期して放った弾丸は、素早く顔を庇ったライダースーツの腕に着弾し、ポロリと床に落ちた。そのまま身を翻して遮蔽物 ――ブブブブッ! ブブブッ! 室内の人間が動いている事を知った襲撃者たちの第二射! 龍麻 (この距離でNATO弾を弾くか) 龍麻 だが、今は考えるべき時ではない。銃撃が止み、くぐもった怒鳴り声が響く。 「【闇の刃 問答無用でアサルトライフルの猛射を浴びせた後で、命は助ける!? ――なんとも悪質な冗談だ。状況も非常にまずい。襲撃者の上げた名はライダースーツの通り名のようだが、どうやら龍麻 「龍麻 「――頭を上げるな」 最初の銃撃以来、龍麻 状況が判らぬまま、それを考えるべき者は、もう一人いた。 「――やめろ! 撃つな! 俺は刑事だ!」 ソファーの陰にへばりついたまま、御厨 少しでも警察という組織を知る者ならば、警官や刑事殺しがどれほど危険な事か解っている。警察機構の大家族的色合いは、時に身内の犯罪を隠蔽 この武装集団はそれを知らないか、知っていてもそれを無視している。いや、それを無視できる環境下にあるのだ。 「――厄介な」 正に前門の虎、後門の狼だ。戦闘慣れしていない亜里沙 しかし―― 「オイオイ、部屋ン中でそんなモンをぶっ放すなよな。ここは俺に任せてくださいよ」 手をひらひらさせて言ったのは安生 「――!?」 安生 そして安生 「グルルッ…グワオゥゥゥゥッッ!!」 突然、室内の空気が一変し、獣のごとき唸りが響き渡った。 髪が逆立ち血管が浮き出し、全身が痙攣し――それでも安生 一体何が起こった? そう考える前に龍麻 ――二二口径じゃ、十発撃ち込んでも反撃されるぜ ある男の言葉が甦る。そう、この現象は記憶に新しい。これは―― 『ゲハッハッハッ! ザイッゴーノギブンダゼェ…!』 喉の鳴る音と混ざって不明瞭になった声が、血と硝煙に満ちた空気を震わせる。――瞬きを三つする間に、安生 以前に見た獣人化現象とは異なる。だが――間違いない。たかが不良大学生の犯罪サークルにまで、こんな怪物が!? しかも―― 「いいぞ安生 「殺し屋なんかぶっ殺せ!」 正に【怪物】と化そうという安生 そして安生 基本形は人間と酷似しつつも、骨格と筋肉の発達が著しく、足よりも長い腕は一振りで人間を叩き潰せそうだ。角張った顎は獲物の骨まで噛み砕くのに適し、手指も獲物を引き裂くのに都合よく爪が角質化して指に溶け込んでいた。そして、ぎょろりと剥いた目は龍麻 その姿に相応しい名は、伝説に曰 『オンナバイガシトイデヤルガ…オドゴバヌッコロシャラァァァッッ!!』 異常発達した足の爪でカーペットを引き裂き、その巨体からは想像も出来ぬ優美な飛翔で【闇の刃 ――ザンッッ! 『ギャオォォォォォォッッ!!』 相手が魔獣ならば、こちらはなんと呼ぶべきか? 消滅現象を起こすほどの速度で移動した【闇の刃 「…ッッ!」 さすがに驚きを隠せない龍麻 だが、【闇の刃 『グガァァァッッ!!』 零れた内臓を無理やり腹の中に押し込み〜出鱈目だ〜咆える食人鬼。その手が例のベルトをまさぐるや、緑のLEDの明滅に合わせてたちまち傷口が塞がり、筋肉はより大きく膨れ、妖気が爆発的に膨れ上がった。 『ゴノデイド…キクガヨォォッ!』 「――ッ!」 ボッ! と空気を唸らせ、ダッシュした食人鬼は、しかしいきなり方向転換し、冷蔵庫の陰で震えている早百合 早百合 思い切り身を捻り、パンチの直撃こそ回避した【闇の刃 『――ジネヤァッ!』 唸り飛ぶ鉤爪。迎え撃とうとする【闇の刃 ――ズドォンッ! 横合いから放たれた轟音が生死の瞬間を切り裂いた。 【羊の足 黄金色の空薬莢 「――グヘェッ!」 耳を劈 『ゴルルルルルッッ!』 「――龍麻 軍用七・六二ミリNATO弾よりも更に強力な三〇―〇六弾の直撃を受けておきながら、何という耐久力! 空中から踊りかかってきた肉弾はぎりぎりで回避したものの、態勢の崩れた龍麻 「クッ!」 叩き付けられようとする鉤爪にランダルを振り向ける龍麻 ――チッ! 突然、食人鬼の頬に小さな痛みが走り、亜里沙 『――ッグエェェェェッッ!』 髪の毛一筋ほどの傷――ラヴァにはそれだけで充分であった。切り傷を中心に顔面がぼこぼこと膨れ上がり、その頂点から糜爛 「――あの女を逃がすな!」 レーザー光がラヴァと亜里沙 「――銃を捨てろ」 「――ナイフを下ろせ」 喉元に触れる、凍り付いた殺気の感触。しかし同時に龍麻 「――お前、何者だ?」 まず口を開いたのは【闇の刃 「――聞きたくば、自分から名乗れ」 続いて龍麻 「――【拳武 「――最近話題のナイフ使いか」 「…今手を引けば見逃してやる」 「…なぜ久保 「…【シグマ】は俺の獲物だ」 「…真の目的は、リボンの少女か?」 殺意に揺ぎ無く、しかし先に口を閉ざしたのは【闇の刃 「相馬有朋 ラヴァは小さく眉を顰 そしてこの三人は、いずれもとある少女と共にスナッフ・ムービーに姿を残していた面々だ。案の定、じわりと【闇の刃 「――見たのか、【あれ】を?」 トーンを落とした声。怒りの発露を抑えているのが良く判る。――この思考パターンは読みやすいが、時に予測を上回る動きを考慮せねばならない。龍麻 「――見た」 次の瞬間、とっさに首を捻った龍麻 (この男――!) (――スペツナズ!?) 束の間、離れる間合い。だが二人の間に、ドアをぶち抜く勢いで飛んできた黒い塊が叩き付けられた。見ればそれは首も手足もねじくれ曲がった迷彩服と、背中に軽傷を負った御厨 弾丸やナイフには耐えられても、毒ともなるとそうは行かなかったらしい。戸口に立ったのは、【毒揚羽】ラヴァの毒におぞましくも確実なダメージを受けた食人鬼のなれの果てであった。たくましく隆起していた筋肉は所々がしなびて黒ずみ、ワイヤーのごとき剛毛も頼りなく抜け落ちている。特にラヴァに傷つけられた左半顔は倍にも膨れ上がり、およそ人間の作り得ない凶相は今にも腐汁 本来ならば目の前の敵に集中せねばならぬ状況で、しかし龍麻 ――ズドオッ! ズドオッ! ズドォォンッッ!! ランダルの名に相応しい、腰だめのクイックシュート! 食人鬼の鼻から上が消し飛び、左腕が付け根からもぎ取られ、脇腹から内臓が吹き零れる。しかし乾いた粘土のごとき変貌を遂げた食人鬼の肉体はたやすく破壊される反面、衝撃で吹き飛ばす事ができなかった。しかも脳を失ってなお絶命せず、運の悪い女子大生に再度齧り付こうとする。 ――これしかない! 正体不明の輩の前で手の内を晒すのは本意ではないが、龍麻 「〜〜〜〜ッ」 胸を貫く巨大な蛮刀〜【闇の刃 しかし龍麻 「――その甘さでよく生きてこられたな。この一件、素人 「――激情に任せて戦う者を玄人 周囲の気温が一気に下がった。 二人から滲み出る殺気が空気を凍り付かせたのである。相手の実力を知ったが故に明確な敵対を避けようとした二人だが、事ここに至って遂に抹殺の意思を固めたのだ。傍目には【闇の刃 「や、やめろお前ら…!」 ぶつかり合う殺気の凄まじさに、叩き上げの刑事である御厨 「――そこまでにしてもらおう」 感情のこもらぬ少女の声が、無視できぬ響きを持って二人の男を打った。そして少女の黒い爪は、【闇の刃 「女…何の真似だ?」 「見ての通りだ。私はそちらの男に付く。――ナイフを下ろせ」 ピク、と動く【闇の刃 「私はここから脱出したいだけだ。お前たちの事情に興味はないが、ここで争われては迷惑だ。お前たちとてあの女性が目的ならば、急がねば見失うぞ」 「…そうだな」 正論である。驚くほどあっさり、【闇の刃 次の瞬間に起こった事は、当事者たちにさえ定かではなかった。 確かにナイフは床に向かって落ちたが、【闇の刃 「――伏せろッ!」 追撃せずその場に立ち止まった【闇の刃 「――!」 あの運動能力を持つが故の、常識外れの行動。【闇の刃 無謀だとは思わない。全て計算づくなのだ。それを証明するかのように、支援攻撃は銃器を持つ龍麻 「…去ったな」 壁に張り付きながら、ラヴァが呟く。眼下の芝生には迷彩服の死体が転がるばかりで、【闇の刃 「奴の方が一枚上手 「――龍麻 「連中の手に落ちた。だが――すぐに取り戻す」 きっぱりと言い切る龍麻 だが、今は脱出が先決だ。リビングの方でヒステリックな怒号が上がり、御厨 「――先に行け。今ならば危険はない」 ベランダに設置された脱出チューブを作動させ、龍麻 「――私は後で構わん。連れを先に行かせろ」 「!?」 「急がねばドアが破られるぞ。素人を庇いながら戦える相手ではない」 「――何が狙いだ?」 龍麻 「亜里沙 「う、ウンッ。――アンタは!?」 「すぐに行く。周辺の警戒を怠るな。――行け」 「了解! って、ちょっとタンマ! ――アンタらが先に行きな!」 亜里沙 「何グズグズしてんのさッ! さっさと逃げないとぶっ殺されるよッ!」 亜里沙 立場その他一切合財含めて言いたい事があるものの、この場はこの少年たちに従う他ない。龍麻 続いて女子大生がチューブの入り口に立ち――しかし亜里沙 「アンタ…亜里沙 「……」 スカーフで顔を隠している程度では、知り合いの目まではごまかせまい。亜里沙 「――さっさと行け。死にたいか?」 酷薄無比なその言葉に、女子大生の顔が一瞬怒りに染まり、しかしラヴァの視線から逃げるようにチューブへと飛び込んだ。 「ちょっとアンタ! そんな言い方はないだろッ!?」 「……」 思わず激昂 「お前も急げ。――来るぞ」 「――ちっ、しょうがないね!」 一刻を争う状況なのだが、亜里沙 「…なんだ?」 「――なんだじゃないだろ! アンタが何者か知らないけど、女がいつまでもそんな格好してんじゃないよ! ――龍麻 ラヴァは気にもしていなかったが、レザー・スーツの裂け目から左胸が完全に覗いてしまっている。同性としてこれは放っておけず、亜里沙 「さッ、これで少しはマシになったよ」 ポン、とラヴァの肩を叩く亜里沙 「…もういいか?」 ドアを見据えつつ、龍麻 「し、下で待ってりゃ良いんだね? ――じゃ、早く来てよっ」 龍麻 ドアは大きく歪んでいるが、まだスラッグ弾の咆哮が続いている。――金属のドアを破るのに、手間がかかり跳弾の危険もある銃撃など論外だ。こういう場合は少量のプラスチック爆弾で鍵や蝶番を破壊するのがセオリーである。――動きそのものは悪くないのに、どうにも素人臭く脅威が感じられないのだ。【獣人化現象】に関わっているにしては、錬度が低すぎる。 「経験不足――権力の飼い犬か」 【国家の飼い犬】とはテロリストや反体制主義者が警察や軍隊を指してよく使う言葉だが、龍麻 この武装集団には、特殊部隊にとって最も必要な信念や誇りが微塵も感じられない。非正規活動も余儀なくされる特殊部隊だからこそ、【命】の大切さを宗教家以上に知らねばならぬのに、それが全くない。――極めて危険だ。そういう連中は自らを【正義の使者】と信じて疑わず、自分の行為全てを【絶対の正義】と誰憚 ――厄介な連中だ。背後関係を洗い出し、必要とあらば殲滅 だが、ものには順序がある。龍麻 早百合 それを見ている目がある。ラヴァだ。 「――なぜ逃げない?」 「もちろん逃げるとも。だが、お前をプロと見込んで提案がある。――私を七二時間、ガードしてもらいたい」 「何?」 この切迫した状況で、何という大胆な提案をするのか? しかしラヴァの口調も視線も、からかう調子はない。 「先程俺に手を貸したのはその為か。だが、割に合わない取引だ」 「お前の立場ならばそうだろう。だが――あの娘の命が惜しければ、この取引を受けろ」 「――ッ!」 あの娘――亜里沙 「お前は仲間意識が強い。卑下 「貴様…!」 「私とてお前を敵に回す危険性は認識している。だから――ただとは言わん。成功報酬もお前とあの娘に円 その問いの間にもスラッグの銃撃が続き、遂に最後の鍵が破壊された。ドアが蹴り開けられ、飛び込んできたのは複数の手榴弾―― 「――良かろう」 龍麻 「――忘れるな。約束を違 「解っている」 地表寸前で得意のワイヤーを射出し、地上に降り立った時、【調教部屋】は大音響と共に爆発した。周辺の住宅から次々に声が上がり、俄かにざわめきが闇を圧する。 「無茶をする」 銃にはサイレンサー、閃光弾は無音響無煙タイプ。――とりあえず隠密作戦のつもりでいたらしいが、最後は手っ取り早い証拠隠滅の為に爆破と来てはもはや悲劇…否、喜劇 「長居は無用だ。移動するぞ」 亜里沙 「――何の真似だ?」 一瞬にして出現した銃口に気圧 「それはこっちの台詞だ。銃を捨てろ」 「――いいだろう」 驚くほどあっさり――先程の【闇の刃 「ッッ!!」 龍麻 「――死にたくなければ、今夜の事は忘れろ。あの連中は国家機関だ」 M60を五メートルほど先に投げ捨て、龍麻 塀の高さは三メートルを越える。追跡は不可能だ。 「――舐められたもんだな。殺す価値もないって事かよ」 吐き捨てるように言うや、御厨 第五話閑話 闇に駆けろ1 目次に戻る 次に進む コンテンツに戻る |